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転生者なのだから定石通り、この世界のこと事前に知っているのでしょう?とよく聞かれる。運命を知る転生者は豪商たちと商いをするからものすっごくいい生活ができたらしい。あくまでらしいなのは今では登録してその知識を共有する「保護局」が出来たためだ。一部の特権階級が情報を牛耳る事を阻止して国益を守るた為と言われている。昔は転生者狩りやら拉致監禁が当たり前だったから今の世は転生者とって天国だ。
そして私の記憶。運命を知るのかとして答えはYESだ。この世界は私の知っている乙女ゲームに酷似している。してないのでよくわからないが、あくまで酷似。私の友達がやっていて教えてくれた世界に瓜二つのはず。…でも決定的に違うことがある。悪役令嬢が断罪されず、キャラクターは幸せに暮らしたという点だ。誰も死なず断罪すらされず幸せなのだから良い事だろう。それに昔の友達曰く「ゲームの話だからいいけど現実なら主人公なんてあっちこっちに粉ふって、一番条件の良い男を落とすハンター型の肉食女だからねぇ。ゆるふわ系ほど嘘くさいものはないって証明してるよね!あんな女近くにいたら絶対友達になりたくない。」と言わしめる逆ハーぶりで「一番割り食ったのが悪役令嬢だよね。努力家で一途なのに寝取られるとか…本当に男は見る目ない。あれだけ尽くしてくれる女と結婚せずになんとする!教養もあるし…美形だし天然入って可愛いじゃん!ツンデレ最高!捨てるとか意味わからん。趣味悪い。釣った魚がえげつないことに気がついて死ねば良いのに」とかなり私情混じりに呟いてたから…平和に済んでよかった。言いつつ、全体的に見れば完全にそうとも言いにくい結末だったのは確かな話だ。
それとお気づきかと思います。そう、あくまでも過去形の話なのだ。未来形でも現在進行形でもなく過去形。「全て過去のこと」なのだ。そして終始一貫して微妙に似ていてほぼ違う経緯を辿ったのも興味深い。ゲームの主人公の名前もそれを取り巻く人たちの名前も一致しているが…今ではいい父親であり母親でもある。何を隠そう主人公と落とされた見る目のない男は両陛下の事だ。取り巻きは高位役職についているし、悪役令嬢もおしどり夫婦で有名になっている…私の生物学上の母親である。父は取り巻きの一人だったはず。
事件やら色々あって今に至るその色々を私は知っているけど微妙に異なるし今となっては意味がない。だって時政は刻一刻と変わる。何より差異が酷くなってきている。ライバル関係にあった主人公と悪役令嬢は友人となったし陛下も宰相様もそれなりに仲が良い。本当に私の転生者としての記憶は正確性のかけた意味のない情報なのだ。なのでYESなのだけど皆様にはNOとお答えしている。保護局には全て言ったし、後の事は何も知りません。
「アグノア。アンは?」
「今、リネン室に行っております」
「そう。お茶菓子をいただいたので休憩するように言おうかと思ったのだけど」
「お茶菓子ですか?」
「ええ。殿下が皆が頑張っているからと」
「そう、ですか」
「アグノア?」
「いえ。アンたちを呼んで参りますわ」
「ええ。ではアグノアよろしくお願いしますね」
「リリアーナ様は?」
「私は執務室で仕事がありますから。みんな私がいては羽を伸ばせられないでしょ?ふふふ。ゆっくり休憩しなさいね」
「ありがとうございます。あ、と」
「?」
「これを。孤児院のシスターが」
「まぁ」
「子供たちが待っていると。ふふふ。リリアーナ様は人気者ですから」
「次の休みにはいかないと。」
「お伴します」
「いいえ。アグノアがいるから安心して席を外せられるのです。」
「ですが」
「とはいえ、なかなか行けませんね。そうだ。ちょうどバザーに売るように作ったリボンや刺繍があるから…本と一緒に送りましょう。皆勉強は?」
「読み書き滞りなく。リリアーナ様のおかげです」
「いいえ。殿下が許可してくださったおかげよ。炊き出しだけでは何もならないと気を揉んでいらしたから。今年は実りが多ければ良いのだけども」
「そうですね。皆手伝いの合間に読み書きは勿論計算や手習いをしておりますから…孤児院を出たとしても良いとこに勤めております。」
「そう。」
「これはアンナの手紙です」
「まぁ。もう文字が?物覚えが早くて羨ましいわ」
「リリアーナ様に手紙を書きたい一心で…本当にありがとうございます」
「ふふふ。少しでも殿下の治世が安らかでありましたら幸いですもの。其れに」
「それに?」
「私、お城を辞したら孤児院のお手伝いに行こうと思っていますので…少し私情混じりなのですよ」
「…え?」
「あら、ごめんなさいね。どうぞ休憩してちょうだい。アンたちのことよろしくね」
「は、い」
一礼して自室に向かう。アンナにも返事を書かないとなぁと思いつつも机の上の書類を見てげんなりする。半分は苦情処理だからやる気が削がれる。篩に落ちた家の当主からの苦情にいちいち答えるのは大変だけど仕方がない。篩が侍女選考のものと勘違いされている方々が多いからなぁ。一応婚約者用の篩です。この国の地理や歴史に始まって公用語始め同盟国の文化、公用語のテスト。マナーテスト諸々。筆記テストを送ったら大体の家は黙るけど初めから勉強不足を突きつけるのもどうかと思ったり…一応手紙でやりとりしてダメなら面接時にテストを見せることにしている。2回目の苦情の手紙の山を見てため息をつく。なんと野望を持つものの多いことか。ベイリー様にも一応伝えておこう。国土が広がるのは良い事だけどと思案して手紙の封を切る。罵詈雑言は慣れているけど泣き落としの文章は苦手だなぁ。反論するのが辛くなる。が、ベイリー様曰く「こう言う人こそ黒い腹をしている」そうなので出来るだけ手心を加えないようにはしているけども。
「リリアーナ様」
「あ、はい」
「お茶をお持ちしました」
「ありがとう、アグノア。」
「お手伝いいたします」
「表は?」
「ベイリー様が良いと。早く済ませて夕食の給餌を頼みたいそうです」
「そう。」
「では私がお返事を書きますので、リリアーナ様は会計の書類をお願いしますね」
「逆の方がいいわ」
「私の方が得意ですので」
「…ごめんなさいね」
「いえ。早く済ませてしまいましょう」
「私、良い部下がいて幸せです」
「ーーーーんんんん」
「アグノア?」
「私もリリアーナ様のお側にいられて幸せです」
そういうと可愛らしく笑ってくれる。アグノアを王太子妃にする推薦しようと思いながら私は書類を済ませていくのだった。