10
「王妃陛下!陛下がお待ちです」
「ちょっとだけよ」
「ですが」
「だってリリアーナが困っているはずよ!」
「え?!」
「もう!気きかない子ね。リリアーナはずっと社交から遠ざかっていたのよ!それにあのベルの娘ですもの人に好かれるはずないわ」
「…そうでございましょうか?」
「ロルフも!戦に強いのは良いけど紳士じゃないし口下手でしょ?やっぱり夜会には私が必要よ」
「王妃陛下」
「きっと料理もデザートも貧相よ。花もちゃんと飾れているのかしら?…笑ってはダメよ。あの子たちも……え?」
「…」
「如何して?!あの侯爵家は夜会に来たことないわ!あの伯爵家も…それにこんな豪勢な料理…デザートもどれも新作だわ!」
「王、妃陛下」
「どうして?!私の時に頼んでも新作なんて」
「太后殿下がお手伝いをなされたそうです」
「な?!」
「厨房も使用人達も…その、自主的に」
「自主的?!どう言うこと?」
「…王妃陛下?」
「…さない」
「ひっ!」
「みんな私をバカにして!リリアーナね!あの子のせいよ!」
「落ち着いて…痛っ!」
「本当にベルとそっくり。ふふふ」
「痛っ!王妃陛下」
「ねぇ、あなたもそうでしょう?いいわよ。まずあなたからね」
「申し訳ございません!お許し下さい!!」
「私をバカにした報いを受けてもらうわ。ふふふふふ」
リリアーナに言った。プロポーズした、はずなのに
「殿下。今日はアリスが給仕いたします」
「申し訳ございません…殿下」
まだ他の女性に給仕させる「見合い」を続けようとしている。「ああ、プロポーズの前に決めていたのだな」といえばかなり言いにくそうに「いえ、気がつかれての第一声でございます」と言われて愕然とする。無垢なリリアーナには刺激が強すぎたプロポーズだったとは思う。だが目覚めたら「ああ、殿下にどんな顔をして会えばいいの?!」と可愛く恥じらうはずだろう?どうしてそうなる?目覚めて一番が「殿下の今日の見合い相手云々」になる???どういうことだ?!と叫べばアグノア が悲愴気に「夢と思われているようです」と告げる。まさかの夢オチと後ろから聞こえるが…今は無視しよう。無視だ無視!
「それと」
「なんだ」
「ハワード公爵夫人が」
「…」
「私見てない!どう言うこと?!!と息巻いているとかいないとか」
「し、仕方ないと伝えてくれ」
「…申し訳ございません。私も命が惜しいですから。無理です」
「はぁ。昨日が極楽過ぎたせいか?今日は酷い」
「まぁ、そういうものですよ」
そう言ってブレアが慰めてくれるが…公爵夫人まで出てきたとなると話は変わる。あの人、全然話を聞かないからな。
「リリアーナは?」
「今日は午後からです。流石にお疲れでしょうから」
「…」
「気がついたとはいえそのままお休みになられているのですね」
「はい。朝出てこようとされていましたから皆で止めました。」
「何より珍しくウトウトされておいでですよ。」
「何?!」
「あのような姿野獣の群れにうさぎを放り込むようなものですわ。ね、アグノア様」
「ええ。それはもう…愛らしいの一言に尽きますわ」
「ブレア!」
「ダメですよ。部屋に乗り込んだら間違えなく嫌われますよ」
「くっ!」
「殿下も女性なればよろしかったのに」
「そうすれば私たちのようにリリアーナ様を愛でれますわ」
「そうか…女になれば」
「ちょっと!?落ち着いてください!何トチ狂ったことを?!」
「もう八方塞がりな気がして…」
「安心してください。まだ手はあるはずですよ」
「本当か?!」
「…多分」
「はぁ」
椅子に深く体を沈めてため息を吐く。本当に昨日は天国だったのにと思っているとノックの音が聞こえる。ブレアが対応しているとなんとも言えない顔をして私を見る。ああ、今日は受難の日らしい。
「どうした?」
「…ご愁傷様です」
「いいから早く言ってくれ」
「…」
「手を合わせるな!」
「ハワード公爵夫人が面会に来ておられます」
「…」
「と言うか」
「王太子殿下」
ひゅっと喉が鳴る。目の前には未だに絶世の美女と言われても差し支えないほどの悪役じみた美貌を保持したグラマラスな美女がにこやかに立っている。但し、目が笑っていない。
私が。魔王とか破壊神とか散々な二つ名を持つ私が唯一無二物理的にも精神的にも勝てない相手がいる。それがこの美淑女である。
ベル ハワード公爵夫人
リリアーナとウォルターの実母であり、ある物語においては悪役を一身に受けたこの夫人は私とも縁浅からぬ「災厄」なのだ。