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東京QUEST Ⅰ  作者: N
18/18

《風呂》

 有希にとって初めてのサークル活動めいたものが終わった夜。

 私達は演舞した仲間どうし、打ち上げに繰り出した。

 まずは風呂屋に汗を流しに向かった。茴香宿は学生が多いので、学生をターゲットにした店には、夕方から店を開け、明け方まで営業している所もちらほらある。

 大通り沿いにある、とある古着屋を冷やかした時、色とりどりの服がアコーディオンの蛇腹のように密集して吊り下げられた中、有希は一着を引き出し、熱心に眺めていた。みんなが先に店を出ても、気付きもしない。

 チョコレートとバニラの層を連ねたアイスクリームのような、マーブル柄のドレスを、何か思い入れでもあるように有希は観ていた。私は迷わず勧めた。

「買ったらどうかしら?」

「……え」

 有希は呻き声で振り向いた。顔には演舞が終わった開放感が表れているが、悪事を見付かったような、引きつった部分もある。

 遠慮することはない。有希といえば、現れた頃はキャメルのコート、春からは白一色のシャツにグレーのチェックのパンツと、およそ飾り気のない服が特徴だった。前世にて勇者だった美貌は最大の装飾だが、着飾れば更に美しくなる。

「……え……かわいい服だけど、自分は男だから着れない……」

 有希は錯乱したことを言う。内心、そのドレスを余程気に入ったようだ。

「度忘れしたの? あなたはこちらでは『女の子』でしょう?」

「……あ……そう……うん……」

 ますます、顔を赤らめる。今生の性別を忘れるほど、素に戻り夢中で観ていたらしい。赤面は間もなく、自分がこれを着られるんだという「発見」の喜びに変わった。

 私はサークルの一員になったお祝いに、有希にドレスを買ってあげた。遠慮はさせない。きょうは打ち上げなのだ。

「さあ、三人とも先に行っちゃったから、私達も行きましょう」

 私達はふたたび大通りに出た。


 この街は、夜毎「建て換え」を行っている。

 といっても人間が物理的に行うわけではなく、街が自律的に行っている。茴香宿という街は、夜になると別物のかおを出す。その密かな劇的さは、ライチのあの地味な渋皮からみずみずしい実が現れる様子にも似ている。けれど昼に街に居る大半の人々は夜には去ってしまうから、この街の真の昏い輝きを目のあたりにはしない。

 大通りは、車通りも人通りもぱたりとやんでいる。学生の少人数グループが時折歩く以外は鎮かだった。古くからのやしろの提灯や酒場の明かりが控え目に打ち沈んでいるだけである。此処が東京の都心の片隅だと言っても、此処に来た事がない東京人の誰もが信じられないだろう。精霊アマミキョーが根を張ることのできるこの街は、人間界の中でも確かに例外的な局所なのだ。

 そこで私はアマミキョーと結託して「悪だくみ」をしている――。人間としての私・・・・・・・は、伽藍堂大学のマスコットの一人でもある。微力ながら、大学や街に人々を呼び込む一助となる。

 その代わり、アマミキョーには精霊の働きを躍如してもらっている。つまり茴香宿を普通の時空から少しだけずらさせているのだ。とは言っても、街の大部分は普通のずれていない時空に属する。そうでなければ大半の人間は締め出されてしまう。

 もちろん通常の場合、人間は街の位相がずらされていることには気付かない。アマミキョー達、精霊は、ずれた位相の時空間にしか棲むことができない。精霊が街をずらし、ずれた街が精霊を棲まわせる。幻妙な均衡が崩れると、精霊は死滅する。東京のほとんどの街では、精霊は滅びてしまった。

 精霊が居て、時空をずらすことで、良い作用はたくさんある。

 その二つ目のものが、避難所の作用だろう。たとえば、東京の他の街が災害や動乱で消滅した場合、普通の時空からずれているおかげで茴香宿は滅びを回避できる。多少の破壊は受けるが、軽微にとどまるだろう。そんな効果も精霊の加護の一つなのだ。

 私は、精霊の作用の一つ目については割愛する。理由は、その作用こそ言うまでもなく明白に私が精霊に求めるもので、自明であるからだ。つまり魔術的なものである……。

 さて、私達は大通りを漂うように、茴香宿の浮遊感ある空気の中を歩いているが、君達はこの独白が聴こえているだろうか。聴こえているならば、ここでは私達の為だけに、独白をしてみようと思う。

 ひょっとすると時間が前後した感覚を持たれる諸兄も居るかもしれない。だがその感覚は錯覚、本質的なものではない。気にされることのないよう。

 いま歩きながら、ふと閃いた事がある。つまり、私は「エンディング」を確保しておかなければならないと思い出した。

 というのも、物語には「終わる」展開が必須だと錯覚している連中が居て、彼等・・に対処する事は、私の仕事の一つなのだ。「終わり」とやらなど必要ない。なぜなら物語が「終わる」場合はただ一つ、単なる物理的都合による。「尺が決まっている」という錯覚が、歪んだ強迫観念を呼ぶ。

 実際のところ、決まった「尺」などは無い。生きているうちは死なないのと同じように、本来、物語はいつまでも続くものなのだ。なぜなら物語は永遠の世界の物・・・・・・・であるのだから。

「終わる物語」なんて物は笑止で、歴然としたまやかしである。「一時間という永遠」と言うようなものだ。ところが彼等・・は「終わり」を必要とし、断乎として譲らない……。

 物語は、彼等の世界に引っ張り出されると歪んだ物となり、真の意味を抜き取られる。

 彼等の喜ぶあんな置物・・・・・が物語だとするなら、物語の良い見本とは、抜き取った臓物のような、ブツ切り感が物凄い代物となるしかない。それが「尺を決める」事なのだ。

贋の光の教団・・・・・・』と言われる者達が居る。

 彼等・・の活動は、《魔術》への敵対や、レコニングマン狩りや、世界のさまざまの物の破壊。

 自分達が信じる歪んだ光によって世界を導かんと欲する、強大な勢力だ。

 彼等自身は最良のことをしていると思っている。彼らの教義における最高の光輝く・・・世界へ、人々を導いていると確信している。術士・・と同じように、彼等もまた、表に出ることはない。しかし術士達のように裏で活動するわけでもない。

 彼等は世界の表側に有機的に・・・・・・・・・・分散して隠れている・・・・・・・・・

 彼等は彼等の信ずるところを為す。しかし彼らの教義は不可避に歪む。彼等は勇者などが生まれつき持つ真なる光など望むべくもないからだ。彼らは時折それと気付かず、《魔術師》や勇者、レコニングマンの領域に迷い込んで来て、教義に従って世界を撹乱して去って行く。

 彼らにしてみれば、世界のカオスに勇敢にも分け入り、世界を綺麗に整形して「地上の楽園」でも創造したつもりなのだろう。だが実際のところは、彼らの事業は手を入れる必要のない森に猫の額ほどの花壇を造ったような事に過ぎない。

 だからもしも私の周囲で彼等の介入があったら、私は彼等が弄った部分を元に戻す手間を払うことにしている。

 彼等の蛇足で歪曲された箇所を復原し、元の美しい状態に戻したくなるのだ。

 もちろん私は忙しい。世界中を復原して回る趣味はない。この手間は紫羅爛花の周囲だけで行うサービスである。しかし、人間の中には稀に居るものだ、贋物の光の奥に真の光を観じ取る者が。この東京に勇者の役目を観付けた、有希のような者が。紫羅爛花の周囲だけでも世界を美しく保てば、光に気付きやすくなるだろう。手間は払うが悪くない。 

 あの者共は、なにしろ、いつ物語を「終わり」にするか分からない。それは、私達には知ったことではないし、私達に届かないあの者達の仕打ちに備えるというマゾヒスティックな苦労をする必要もない。だが私の《魔術師》の姿勢が、近所に起きた介入を見過ごさせない。私は、美しいものを好む。物語も同様だ。整っていなければいけない。こうして私は「エンディング」を確保しておく。私達に全く触れることのない、それを。

 私は今の状況を、物語の平坦な一場面であるのは勿論だが、同時にエンディング的な場面効果もあると自然に感じた。そこで私は、この場面を《保存》しておき、《エンディングの箇所》へと回すことにした。今、場面を経験していると同時に、《その措置》も施した。この場面は、《然る場所》へ回る事になるだろう。

 おそらく彼等はセンスも無い地点で「物語」を打ち切り、エンドロールを流し、汚い字で「完」や「了」と書いたりするだろう。私はそれらを、見ようと思えば見れるが見たいとは思わない。一種の地獄である彼等の世界への通路を開くことはできるが、開く意味がない。開き方もそろそろ忘れそうなのだけど……。前に行ったのはどのくらい前だったかなあ。

《魔術師》の感覚上、私達の世界に「彼等が今、介入しているな」ということは、どうしても判ってしまう。彼等の蠢きは全部私には観える。当然、彼等がこの世界を切り取り「終わり」にさせても、われわれとしては全く痛くも痒くもない。私達の生活は続く。注文したデザートもテ・・・・・・・・・・ーブルに載る・・・・・・だろう。……おっと。

 いっぽう、彼等は私達の世界を知らないし、来ることもできない。厳密に言えば、一面では知っている。あの者達の世界は、私達の世界と接点・・を持っている。前者の全体・・が、後者の一点・・に該当する。「その世界しか無い」と、あの者達は思っている……。

 まあ、彼等の話はこのあたりで幕にしよう。私は淡々と近所の《体裁を整える》だけのこと。いつものように。

 私と有希は通り沿いにある店を何軒か覗いた。東洋とポリネシアの雑貨を扱っている店では、有希が匂いを気に入ったお香を買った。

 大通りから細い路地に斜め方向へ切れ込むと、奥まった所に、風呂屋がある。

 煙突は葉巻のような形で突っ立ち、寺院ふうの年季の入った瓦屋根が入口である。ここは私のお気に入りなのだ。靴を脱いで、女湯へと入って行く。

「ア――――イァ――――オ―――ォォォゥッ! この精霊容赦しないなぁー、もー!」

「きょうはハンドボールのスコアくらい点を取ってあげるね?」

 脱衣場を兼ねる談話室では成人女性と精霊が騒いでいた。

 側面が赤い[ブラウン管]式テレビには、菱澤も知らないだろう古いゲーム機が繋がれ、画面にはサッカーゲームが映っていた。

 こうした画面を使うゲームは「ボードゲーム」と呼ばれ、所謂アナログなゲームに分類される。ちなみに、精霊の力でゲームを映している。

 据わりの良くない円卓にはコーラとビールのグラスが置かれ、ミックスナッツの皿がある。うちのサークルの《シアンちゃん》とアマミキョーが籐椅子に座り、コントローラーを握っていた。

 有希は、私の後ろで呆然としている。入りたてなので、《シアンちゃん》のことも、他のメンバーの名前も、覚えているかどうか。だがまあ有希が衝撃を受けたのは、シアンちゃんが半裸で椅子に座っていることだろう。頭に巻いた手ぬぐいからハミ出す青髪はインパクトがあったし、何といっても彼女くらいの巨乳かつ美乳・・・・・・というのは東京でも稀だ。また、サークルで一、二を争う美形でもある。彼女の前では紫羅爛花が寸詰まりに見えるくらいなのだ。私は内心で宇宙人と呼ぶこともある……。

「すっかり寛いでいるわね。私達が道草を食った間に一風呂浴びたのね」

「おー、爛花ぁ。あと何回も入るよー? サウナとビールの往復はやめらんないなぁ。美の秘訣よねー。来ないから先に始めさせてもらってたよー。爛花も入って来なよ。いつものように裸の親交を深めようぜぃ」

 シアンちゃんは空いた籐椅子を示す。意味深長な物言いではないか。まるで私が彼女と特別な関係にあるように誤解されかねない。まあ、シアンちゃんと此処に来ると毎回、サウナに入っては半裸で飲んだくれているのは本当だけれど。私は誰とでも特別な関・・・・・・・・・・であるだけだ。

 あとの二人は……と浴場を覗くと、突き当たりの泡風呂から並んで顔を出している。

 浴場のタイルは黄ばんで、一面に松の木の壁画。じつに古典的な風呂屋である。それでは私達も入ろうか。

 すると、有希は何かに気付いたように、天井を凝視していた。

「……すごい。このお風呂屋さんは、[江戸時代]からありそう……」

 たしかに、この風呂屋は古い。天井は思ったよりもずっと上にあって木材のみで組まれている。壁も漆喰と木だけで造られている。だが、古いだけではない。

「ねえ、場所を変えましょうか。いい処に連れて行ってあげるわ」

 私は有希の手を握り、いったん女湯を出た。

 誰も居ない番台を横目に、階段のある部屋へ行き、木造の急角度の階段を上がって「二階」に――。

 そこは、天井の裏側だ。

 広いスペースには、幼い女の子がぽつんと立っていた。普段は番台にて応対している子。彼女は、アマミキョーの親類のようなものだ。私達が二階に来るのを分かっていたのだろう。

「『隠れ湯』に、行かせてくれる?」

 私が言うと、女の子は頷き、背後の引き戸を開けた。奥へとまっすぐ延びた細長い廊下が現れた。私は有希を連れて、廊下を歩きだす。ぱたぱたと、下に空間のある床を踏むリズムが気持ちいい。このまっすぐの廊下を、いつまでも歩いていたくなる。途中、何回か右に折れてはふたたび直線に伸び、細長い廊下は私達を風呂屋の別棟へと導く。

 濃い浅葱色の暖簾が提がった浴場が現れた。

 脱衣場は小さく、浴場も小さい。ただし、ここは露天風呂だ。浴場には継ぎ目のないタイルがクリームのように塗られ、内湯のようでもあるが、はっきりと外にある。

 脱衣場のカゴには誰の服もなかった。丸時計が大きな音で一秒を繰り返している。着衣を脱ぎ落とす音はストンと響く。

 私はガラスの扉を開け、有希と露天風呂に繰り出した。洗い場で身体を流し――有希が不自然に距離を取って座っているけれど、苛めないでおこう――湯船へ。髪の長さ的に、先に洗い終えた有希はいそいそと湯船に向かい、長方形の湯桶の奥に、背を向けて浸かっているのが可愛い。

 魂が男というだけの話ではないか。すぐに女の容れ物にも慣れ、風呂上りに半裸で踊り回るようになるのに。……それは有希に対して失礼な物言いかな。私はクスッと笑みを漏らした。風呂が表情を緩めさせないわけがあろうか。魂がどうであろうと。

 さて、私は有希の背後からそうっと浸かり、いきなり抱きしめて胸を始めあらゆる箇所に手を回そうかというオーソドックスな入り方を考えたが、初回だし、やめておいた。せっかくの「隠れ湯」であるし、ここの露天の泉質はとっておきなのだ。風呂そのものを愉しもう。

 私は髪をたくし上げると、頭に手ぬぐいを巻いた。湯船に入り、有希の背中に私の背を預けて座った。こころもち頭を後ろに傾けると、有希のふんわりした髪の感触が伝わる。

「お湯かげんはどう?」

「……とても、いい」

 背中越しに有希は言う。

「……ぬるめだけど、包み込むような感触。えもいわれぬとろみ。お湯の粒、一つ一つの熱さがしっかりとある。絶妙」

「そうでしょう。内装も外装も変わり映えしないけれど、とっておきのお湯だからね」

「……変哲がないようで、どこか変。狭いはずなのに、実際以上に……果てしなく広く感じる」

「まあ、そのくらいはね。仕様のようなものだから。窮屈なよりはマシでしょ?」

「……ずっと、いい……」

 しばらく黙ってお湯を愉しむ。

 明るい時に来れば解るが、此処には周りを囲うものが無い。

 草原と林に囲まれ、小川が流れているような長閑な処なのだ。

 夜の今は星だけが周囲にある。宇宙に浮かぶ露天風呂。それも乙だけれど――いつも私が一人で入りに来る処に、きょうは友達を案内できたことが、私をうきうきさせる。それにちょうどよく、頃合が来たらしい。

「うん……。きょうは観えるようね」

 正面の遥か彼方に、あるもの・・・・が浮かび上がった。私は脱衣場を向いている有希を、こちらに向かせ、隣に座らせる。有希は眉間に皺を寄せ、私の顔を見据えて来る。たぶん必死に下を見ないようにしているのだろう。だが、私がその・・方向を示すと、有希は瞬時に目を奪われた。

「……すごい」

「運がいいわ。観えない時もあるのよ」

 遠目にも分かる、それは巨大な雪山である。

 標高はいま日本にあるどの山も上回るだろう。目で観るかぎり、アルプスくらいだろうか。分厚い雪を戴いた高山には、満遍なく明かりがちりばめられ、山中の街の存在を示している。あの山には、ひとびとの大規模な営みがある。温もりある光を滲ませる雪の山塊は、厳かだが柔らかい。

 山中の街は、《□□□》の一角。あの山は更に奥にある聖山への、密かなベースキャンプでもあるのだ。いずれサークルで行く機会があるだろう……。そういえば、有希が東京に現れたのは、雪が積もっている夜のこと。冬の最中だった。今は東京は春。雪はあんなにも遠い山にまで引いて行った。そしてやがてすぐ、満ちる。

「……ねえ。改めてどうかしら? この世界のこと」

 私は有希に訊いてみた。

「……最初は、戸惑った。向こうと異なる構成や習俗の世界であるのは事実……。でも」

 有希は星空を観て、当時を振り返るように言う。

「……今は、気にならない」

 それから有希は訥々と話しだした。

 それは、トンネルでの一件の帰りに、私が有希と魔王を《創舎》のサークル室に連れて行った時の話だった。

 有希によれば、サークル室に居た三人――それは先程一緒に演舞した面々でもある――と出会った時、今までにない神秘的な経験をした。

 有希いわく、三人ともそれぞれに、一個の世界をまとめて詰め込んだような魅力を、一個のカラダに秘めているのを感じた。こういう、一個の人間に納まらないような特殊な人間には、私と魔王以外、会ったことがなかった。三人の近くに座っていると、懐かしい仲間であることと、今も変わらずに仲間であることを感じた。

 思えば自分は――と、有希は言った――私や魔王という、特殊な縁を感じるひとびとと、トーキョーで出会ってきた。それは、この事を示していた気がする。つまり、今、此処に集まったひとびとは、トーキョーヘイムの出身である……。いや、ちがう・・・、そんな詮索はどうでもよくなるほど、共通している「もの」がある。トーキョーヘイムであろうと、トーキョーであろうと、他の異世界出身であろうと、些事に違いないと気付いた。自分達は、同じ魂を持っているのだ。――それだけが真実の「もの」であって、それ以外は「世界」であろうと「時空間」であろうと、幻影のような些事……。問題ではない……。自分は「トーキョーで魔法に打たれたように」判ったのだ――と。

 ともかく、私や魔王とは言うまでもなく、部屋に居た三人とも有希は打ち解け合い、自己紹介するまでもなく、お互いを知り合った。不思議なことに、既にお互いの事を過不足なく知っていた。いや、《創舎》の空気には、外には無い妙な力があった。《創舎》に居るときは、一枚の《絵画》のような視界が観えるときがあった。その特別な《絵画》には、全てが描かれていた。自分が三人への興味を感じると、《絵画》は知りたい部分を開示してくれた。三人の個性・好きなもの・特技・今までの人生経験、そうしたものが詳細に描かれてあって、一瞬で理解できた。

「永遠なる親友」――と有希は言った――の三人と出会えた事は、不思議ではなかった。サークル室でみんなに祝福された、あの時、時空間の向こうを漂っていたトーキョーヘイムが完全にトーキョーに接着された気がした。自分は、勇者としての幸福を、完全に想い出した気がした。ちなみに、魔王は一言も祝ってくれなかった。

「……自分がやることは、こっちでも変わらない。勇者は、トーキョーに来ても勇者。でも、勇者でいられるのは、アーツリンのおかげ。他のみんなのおかげ」

「……それはよかった。東京を案内した甲斐があった」

 途中から前半身をお湯に浮かべていた私の横で、勇者は少女の器を遣って言葉を並べ、話し終えた時には真っ赤にのぼせていた。まったく、あたりまえの事を長々と喋ってくれる。私達のサークルはそういうものだ。誰もが自分の使命を全うしないわけがない、そんな集団である。

 だが、私はしみじみと思う。トーキョーヘイムからの迷い人であった有希をこの世界にしっかりと繋ぎ止めることができて、心からよかった。私は迷い人の気持ちを知っている。「あの人」もそうであったし、私も時にはそうだから……。

 さて、充分に暖まった。出るとするか。私はざばーと立ち上がり、脱衣場の方へ……。するとがらりと戸が開き、何者かの影が立ち塞がるではないか。細身にして筋骨の充ちた、あの男は魔王……アントンとか言ったか。

「ウホッ、よき身体ではないかペルセポネ。貴様とは夜に一戦交えたいものだな」

 左手のタオルで股間を隠した魔王は、右手をオトガイに当て、きらきらした眼で吟味するように観てくる。私は頭にタオルを巻いており、全裸である。しかしこうした場面では隠すなど無風流。だいたい私は自分の肢体がなかなかに美しいと思っている。隠す理由は無い。そもそもこの湯は混浴である。暖簾が赤色でも藍色でもないのはその意味だ。

「一戦で終わる虚弱体質には惹かれぬよ、アントン殿。満足に満足してしまう男にはね」

「フッ、我の『一戦』の濃密さを知らぬな。饗宴と聞き、せっかく飲み喰いに来てやったのだが、我を満たせぬ吝嗇にすぎぬか。このサークルとやらは」

「私達の打ち上げに耐え切れた時に同じ事を言えるかな?」

 私は敬意を込めた微笑を魔王と交わし合う。浴場での和やかな挨拶としては悪くない。私は悠然と魔王の横を去り、魔王もまた湯船へ向かう。遅れて有希が上がった。有希にしてみれば男の裸は見慣れているだろうが……。

「ウホッ、勇者よ、こんなに貧しくなってしまって……。一部の需要を慰めるがいいわ」

「……うるさいの」

 背後で木の桶がに当たる音が炸裂した。

 

 浴場から出て、廊下に沿ってある襖を開けると、休憩場を兼ねた広い大広間が広がる。この部屋は、いっけん通常の演芸場のような造りだが、本当に広く感じる。有希がまた「大きく観える」と言っているが正しい。そういう完璧な造られ・・・・・・・・・・をしているのだ。壁や天井や明かりの配置、障子や欄間や襖の選定、畳や柱の材質や色、全ての要素の根が美的な一点で噛み合っているのだ。誇張なしに言って、この部屋ではどんな写真を撮っても完全な作品になる。

 有希はこうした事には勇者らしく滑らかに順応する。座布団を引っ張り出して来て、寝そべって寛いでいた。私も寝そべって寛いだ。やがて他のサークルメンバーも集まって来て、食事の時間になった。テーブルに料理が所狭しと置かれ、その彩りは夥しい。

 離れの厨房から、女児とアマミキョーが料理を持って来てくれる。私達もぱたぱたと往復し、饗宴の準備を急ぐ。

 料理は余らない。このメンバーなら、何を好み、何をどれほど喰うか、あるいは酒を飲むか、厨房が知り尽くしてくれている。ただし今日は魔王が参加するので、そのぶん多めに作ってある。そして魔王はどうせ遅れて登場するだろうから、私達は先に饗宴を始めた。

 此処の料理はまた格別なのである。有希は彼女に回ってきた麺料理をすすり、一口目で驚いていた。その麺料理は女児が作ったもので、粘度の高いゴマの濃密なコクと、七色のしょっぱさが清冽に血液に染み渡る塩味と、ナンプラーを思わせる醤油の風味と、酸っぱみの強いフルーツの香味が特徴で、どことなくラーメンに似ている。「自分の世界に伝わる料理」であると女児は言う。有希は女児の頭を撫でている。女児は《大した事じゃないよ》とか、《作るのは楽しいから》とか、《ほとんどアマミキョーが作ってくれるから》とか、解説する。ところで女児の声は、非物質の宝石を繰り出すような声の美しさの極みであり、有希は思わず聴き入るあまり、せっかくの料理を食べる手を止めたほどだった。

 もちろん私は女児とは顔馴染みだ。彼女の事は良く知っている。たとえば、菱澤のアイドルゲームのキャラが喋っていた声の全ての成分が、女児の声の片隅には・・・・含まれている。もちろん比較になどならないが……。まあ、菱澤は愛していたアイドルゲームの先に、こんな声を聴く日が来ることを夢見ていたのだろうな。私は風呂屋製のどぶろくを一献傾けた。角の取れた奥深い甘味。そしてほのかな酸味。アミノ酸が肉体に充填され、この酒ならではの丸みをおびたアルコールが気持ちを叙情的にさせる。魔王が遅れてやって来た。

「貴様、よき身体ではないか。――ウム? 貴様、昔、我と魔界にて会っておらぬか?」

「冗談はよしてよ。あんた、魔王だっけ? 首を狩って地獄に放り込んじゃうぞ★」

「フハハ! 地獄は我が保養地。貴様はリゾートランドの門番か。面白いではないか」

「そいつはどういたしましてっ。飲みなよ★」

 魔王は、酒が入って目が据わったシアンちゃんから、ウォッカを注がれる。二人とも分かりやすいものが好きだし、好みは合いそうだな。

 魔王の隣の席には、わがサークルの癒し手である金髪女子・《アマネ》が居て、その向かいには彼女の旧友にして親友の《ナツミ》が座る。

 二人はレコニングマンではなく、人間の出自の《創生》だ。聖山の向こうの土地の出身と聞いたことがある。

《アマネ》はサークル第二の巨乳でもあるが、私が第一どころか第二ですらないというのは本当に驚くべき事なのだ! しかもアマネはその特性として、肉体年齢わずか十六にして誰もが甘えたくなり彼女の肉体へ溶け込んでしまいたいと思わせる広大な母性を持っている。《ナツミ》は《ナツミ》で、彼女の特有の天与の特性を持っている……。

 もちろん、《創舎》のサークルは、私達だけではない。行きつ戻りつの昇り螺旋を刻むような時の流れを酒とともに味わっていると、いまや広間には他のサークルの面々もびっしりと蝟集していて私をいっそう酔わせるざわめきを湧き起こらせてくれる。広間を貫くように繋げられた三つのテーブルはもれなく満席で、サークル同士の交流もあらゆる所で起こっている。この広間の饗宴ではいつもの風景である。

 色彩と声と物音と空間が溶けて独つの魔術的な力の奔流となり私の脳へ直接流れ込む。この空間の《味》こそを、私は何より好む……。

 アマミキョーの友人の精霊達も、各人、持ち場から駆り出されて来て、饗応に大わらわだ。それにしても私は、精霊達ほど饗応に向いた人々を知らない。精霊の性質を熟知して・・・・・・・・・・いる・・活気あるひとびとの空間に居る時、精霊は枷を外したように、本来のパフォーマンスを魅せてくれる。精霊の饗応は、踊りだ。テーブル拭きも、皿の片付けも、襖を開けて瓶ビールやジュースの束を運び込むさまも、それぞれの美意識で着飾った衣装も、聴こえない曲の表拍や裏拍や変拍子に合わせて刻むかのようなステップや身体動作も、縦横無尽で融通無碍。饗宴の場は精霊の演舞場でもあるのだ。

 広間にはたくさんの《創生》が居る。パッと観ただけでも、《アイドル》、《研究者》、《闇噩家》、《料理人》、《乙女》、《紅一点》、《悪童》、《自然児》、《先生》、《調整役》、《侍》、《魔王》、《勇者》、《霊媒》、《幽界探検者》……。 

 アマミキョーは古典的なメイド服姿で嬉々として立ち働き、彼女の妹分のような女児は、まだ衣装は無く、私服で働いている。アマミキョーを見習ったポニーテールとノースリーブとホットパンツ。耳には女児の「故郷の国」の、独特なピアス。

 女児はアマミキョーに可愛がられているが、精霊ではない・・・・・・

 風呂屋ここにも、アマミキョーの喫茶店にも、たくさんの先輩達が集まる。だから私は彼女をアマ・・・・・・・・・・ミキョーのもとに預け・・・・・・・・・・。女児は先輩達を観て学ぶだろう。彼女は特別だ・・・・・・――。外見はいっけん幼児のようでも、正しく観れば幼くしてすでに年齢を持たない場処・・に彼女の肢体が暮らしていることを知るだろう。

「……感じる。この子が繰り広げる未来の宇宙的冒険を」

 早くも有希は、仲間を観付けたかのような親近感を女児に覚えたようだ。さすがの直感の持ち主だ。風呂屋に来てからずっと顔が赤いのが心配だが、妙なものを飲まされていないだろうな。

 引き汐のように《創生》は帰って行く。饗宴の終わりであった。……だが今夜、私達はこの広間に留まる。此処に泊まれるよう、アマミキョーを通じて風呂屋に頼んでおいた。こぢんまりとしたお泊り会。

 私達は広間を片付け、全員の頭が中心に向く配置で、円形に布団を敷いて寝そべった。アマミキョーと女児も、もちろん輪の中に居る。広間の明かりは消して、障子窓だけがぼんやり光る中、とりとめもない会話を浮かべては沈めた。

 ……ところで、菱澤は予告しているのだ。もちろん本人は知らなかった。しかし、菱澤がプレイしていたアイドルゲームは、遠い世界の断片を確かに含んでいたのだ。 

 女児は、アマミキョーの隣で寝息を立て始めた。人間で言えばまだ七歳で、《創生》という言葉も知らない。今はかいがいしくアマミキョーを手伝い、料理をし、番台に座り、先輩達と遊んだりしているこの子は、彼等の・・・次の物語・・・・のヒロインをつとめる・・・・・・・・・・事に決まっている人物・・・・・・・・・・

 彼等は、この東京での十年後から、「彼女の物語」を始める気でいる。

 彼等には今の東京・・・・今の彼女・・・・も見えてはいない。彼等は融通が利かず、観測の目は粗い。十年後のその時、行き当たりばったりに介入して来るわけだ。

 しかし私は彼等を出し抜いて、いまただちに彼女の物語を語り始めよう。

 なぜなら彼女の物語は私の物語でもあるから・・・・・・・・・・

《魔術師》である私の物語には、彼等の力では一切介入できない。《魔術師》の存在すら、遠い未来にならなければ、彼等には知られない。私の物語は一度も「終わり」はしない。美の使徒である私の世界は、恒に物語だからだ。

「次の物語」で彼女が演じさせられるキャラクターは、「アイドル」。「世界最高のアイドル」という型枠のもと、十七歳になった彼女を中心に、彼等は物語を切り取るつもりで居る。一人のスターの成長物語を拵える目算であるようだ。矮小な視野にもほどがある。「世界最高のアイドル」なんていう小さな不自由なキャラクターに彼女を嵌め込み、満足するなんて。

 私の観立てでは彼女は凄まじい資質の持ち主だ。精霊とレコニングマン・・・・・・・・・・の愛の子・・・・であり、七歳にして既に無自覚にあの人・・・の魂にまでアクセスした経験すら持っている。

 この子の特質は《夢色無蝕ムショクムショク》――音楽が快い転調を決めるように今の宇宙を突き破る可能性を、この子こそ、秘めている。私や有希やアマネやシ・・・・・・・・・・アンやナツミのように・・・・・・・・・・

「世界最高のアイドル」になんてさせておかない。彼女の魂が望むままに、私は彼女を伸ばしてやる。十年後のこの子は、その面差しの裏に不可説不可説転の至高の顔を有する《宇宙最強》の《超越的万能演舞者》になっているだろう――。《宇宙の頂点の魅惑》に君臨する者に。

「……世界が世界なら、この子は……」

 隣で、有希が呟いた。有希はうつぶせで、向かいの彼女を見詰めている。

 場処柄、私の思考が漏れていたようだ。

「……勇者になっていたかしら?」

 そう訊くと、有希は私を観て、ゆっくり頷いた。

「世界が世界ならと言ったわね。その世界は、これから来る」

 それは、十年後・・・

 あなたが駅に降って来たのと同じ日が、この子にやって来る。

 彼等が物語にできないような、遥かに大きなキャラクターを完成させて。

「……その時……。自分達は?」

「それは、言わないほうが面白いのではなくて?」 

「……そう、かも」

 有希はぼんやりと考え込む。十年後の自分達に思いを馳せているのか。

「でも私達には十年先より、今から十年後までのほうが何より大切よ。自分が冒険した世界よりも、もっと面白い世界を後継者にプレゼントするのが、勇者というものの役目なのではなくて? 理想的なRPGがそうであるように、ね」

「……アーツリンも、勇者の、仲間だから」

「そうね。一緒に役目を果たしましょう。みんなでね」

 私は素直に同意した。私にはたくさんの《魔術師の野望》がある。それらの数々の野望は年月など受け付けない。もちろん十年世界ごときはかすりもしない。私は恒に美しいものにまみれるために、《魔術》を世界の裏から手繰る。精霊と協力して茴香宿の位相を人知れずずらし、《夢色無蝕》の秘蔵っ子を育成してきたのも、私の野望の為だ。十年後は今から待ち遠しいし、同様に十年後までの営みも、また愛おしい。

「……ありがとう、アーツリン」

「おやすみ、ヴィヴィアン」

「貴様達を甘くみていたな。この我が宴の料理を喰い切れなかったとはな」


 *


 翌朝、私達は思い思いにポーズを決めて、風呂屋の前で、写真を撮った。

 写真機はアマミキョーの古道具コレクションから借りた。

 煙突の先まで入るようにアオリで撮った結果、世界の頂上を切り取ったような完璧な一枚が撮れた。

物語の扉絵(キービジュアル)]は、初めにありきであろう。

 では次の物語・・・・を始めようか。自分達の物語の一瞬である、その景観を――。


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