表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東京QUEST Ⅰ  作者: N
16/18

魔術師の部屋――「深い処」にて

 空気と夜がへばり着くかのような、静かな一夜である。

 そう感じるのは、ここが館内で、空気の動きが無いからか。此処は年がら年中、昏く深く鎮かなのだ。だがその前に、時間が無意味になる場処・・でもある。暗さとか闇とかを越えて何も無いほどに、《創舎》の中でも深い処・・・だという……。

 そんな処に来て、還れるのか分からないが、何とかなるだろう。トーキョーヘイムの修行時代、古代の多階層洞窟にも幾度も潜ったが、迷った事は無い――ちなみに、閉所恐怖症が酷い人間は勇者職には絶対に向かないと言っておこう。もしも突然、勇者職のある世界で目覚めたとしたならば。

 この場処・・は入り口も内部も、大学図書館に似ていた。魔王が根を張っているあの場所だ。蔵書に埋め尽くされた地下の雰囲気も似ていた。しかし、書架も蔵書も[日本]のそれではなかった。といって[海外]でもなく、一層が多層的で上下左右へとフロアや書架が展開しているのだ。階層の概念が無いのかもしれない。

 だが自分は、指示を受けて下へと歩いているのは確かだ。自分は目印も方向もとっくに放棄した。道中、適当な書物を手に取ると、ずしりと重く、頁に書かれた見知らぬ印字はやたらに格好いい。今の地球上の言語ではない。しかし《創生》には習得は難しくなく、《創舎》の教授に講義を受ければなお早いという。

 しばらく下へ降りると、書物の場所は終わり、廊下のような一本道になった。廊下には窓があった。まるで地上十階かのように、夜の街の景色が外には敷かれてあった。家の明かりと森のバランスが半々ぐらいで、トーキョーヘイムの夜景に近い。郷愁を誘われる眺めである。――とまあ、こんなふうに地下が地上と混濁してしまうような処なので、あまり深く考えても仕方がない。地図は、勘だ。勘なら自分は大得意である。

 静謐な廊下に沿って、[ホテル]のように個室が並んでいた。

 その突き当たりの部屋が、自分が目指している場所。《四創聖》が居るという場所であった。

《創舎》の中でも屈指の実力を持つ《創生》は《創聖》と呼ばれ、一目置かれるらしい。《創舎》に疎い自分は詳しく知らないが、要するにトーキョーヘイムで言う勇者もしくは魔王といったところだろう。ただし《四創聖》という名称から、どうやら四人居るらしい。魔王がニクラウスだけではなくペルセポネも居たのと同じような事情か。

 ――もしかして勇者も、自分以外にも相応しい者がたくさん居て、トーキョーヘイムで現在活躍中なのかもしれない、な。

「《四創聖》は物凄い力を持った奴ら鋼鉄。ただの《創生》では相手にならない鋼鉄。人間とゴキブリみたいなもん鋼鉄」

 マスケの声が、通路にやかましく響いている。

「目撃談によれば、《四創生》は八一〇人居るとされる鋼鉄。これは極秘情報だ鋼鉄」

「……それは、多くはない?」

「四天王みたいな位置付けの奴ら鋼鉄。《創舎》がそれだけ広く、《創生》が化け物揃いということ鋼鉄。あるいは、《創舎》広しといえども、《四創聖》が揃うことはまずないし、見られることもまれ鋼鉄。だから数が膨らんだのかもしれない鋼鉄」

 マスケは声に自慢を漂わせ、ぐるぐる飛び回る。

 自分はこれから、マスケの言う化け物の一人と会うわけだ。こうなったのも、マスケの「指南」による。

 部屋の扉には鍵は付いていない。此処に来る者はそもそも少ないし、来るとしても来るべき部屋に来るべき者しか来ないからだ。鍵を付ける必要がない。自分は、ドアを開けた。

 部屋の構造は、単純この上なかった。黒い壁、黒い床。その黒は不思議だ。黒い色だから黒いのか、暗いから黒に観えるのか判別できない。部屋は全体に曲線的であり、天井は高い。中にある物は、大きめの机一つだけ。ほかの物は無い。

 入口に背を向けて座っている爛花の姿がある。

 原理の解らない、間接照明ではないがもちろん電灯でもない、銀粉を撒いたような明かりが、ぼんやりとだが充分に、手元を照らしている。何も無いのに部屋の空気は、充分な何か・・で満たされている感じがする……。

 爛花は書き物の手を止めて、椅子ごとクルリと振り返る。その目は爛花のものだが、いっそう鋭く、豊かで深い……。あの《光景》で遭った女性の目そのものだった。

「やあ。また遭ったね・・・・・・。君」

「……アーツリン。あなたに、伝言がある」

「ほう。『しっかりやれ』かな?」

「……そう」

 予想は着いていた。当然、爛花もだろう。飛び回っていたマスケが、引き寄せられるように爛花の方へ飛び、くるくる旋回した。


 少しだけ時間を遡る。

 トンネルで爛花を見付けた後、自分はよく知らない繁華街に連れて行かれ、そこを歩いているうち、《創舎》に着いていた。その時いろいろあって、自分はサークルに入ることになった。

 爛花の知り合いの《創生》たちが所属するサークルだった。

 その時、マスケがこんな事を言い出した。

「君に指南する鋼鉄。サークルに入れ鋼鉄」

 そう言われても、既にサークルに入った。自分はマスケがバグったのだと思った。このところマスケはほとんど喋ることが無かった。壊れてしまったのかもしれない。だが、続きがあった。

「――と言って終わりにするつもりだった鋼鉄よ……君への指南はね。事情が変わってしまった鋼鉄。あの爛花のせい鋼鉄。最初から思ってたけど、あいつが入ってくるとわたしの針路が揺らされて変わっちまう鋼鉄。予定になかった指南をすることになる鋼鉄。これってマスコット的には気持ち悪いことだぞ鋼鉄」

「……どういうこと?」

 何かに苛立っているマスケだが、自分はマスコットの世界観や情報についてはほとんど知らない。マスケ自身への疑問は[NG]だと最初に自身が言っていたし、その代わりに指南ができると言われていたからだ。だがどうやらマスケの苛立ちの原因は爛花のようだ。マスコットの仕事に支障が出ているらしい。

「……アーツリンが、あなたを妨害してるの?」

「いやー、そうじゃない鋼鉄。もっと『メタ的』な……君に言っても分かんない鋼鉄。というか勇者には、分かるわけないんだよな鋼鉄ゥ。爛花は悪くない鋼鉄よ。もっとも戯れで故意にわたしを飛べなくさせた事があった鋼鉄けれどね。あの時に、気付いとくべきだった鋼鉄。あいつの存在自体が、予定を超えて来ちまう鋼鉄……。マスコットが予定外に振り回され、予定の見世物が起きないなんて、つまらなすぎる鋼鉄」

「……いったい何を言っているの?」 

「いいかい君、鋼鉄。爛花はマスコットにとっては強烈なバグ鋼鉄。本当はとっくにマスコットは一区切りのはずだった鋼鉄。具体的に言えば、君が大学生活をどうするかと迷うイベントが起こり、そこで大学の・・・適当なサークルに入る指南を君に与えて、マスケの仕事は終わるはずだった鋼鉄よ。なのに君ときたら鋼鉄、あのバグ爛花と関係を持ちすぎて、大学のものともつかない、マスコットにも未知のサークルにすんなり入っちまって、迷いもしなかった。しかもそれによって新しい選択肢が無尽蔵に増えて来やがった鋼鉄。整然たる無機質の世界から生肉が生まれるような不気味さを、君は解るか鋼鉄? もうねえ鋼鉄、マスコットとしては本当に気持ち悪いんですよォ! もう我慢できない鋼鉄……マスケの精神的外傷が広がらんうちに、幕引きさせてもらう鋼鉄……」

 マスケはひとりごちる。何に悩んでいるのかさっぱりだ。むしろマスケがバグに冒されたように見える。自分の行動によって、マスケの「予定」が狂ったらしいが、自分はマスケの世界観には関与しない。だから知った事じゃないのだ。

「おい、君……。マスコットの威信を懸けて君に提案するぞ鋼鉄。トーキョーヘイムに帰・・・・・・・・・・りたくないか鋼鉄・・・・・・・・?」

 一気に注意が向いた。

「……帰れると言うの?」

「ああ、ブラザー、鋼鉄、今までわたしも知らなかったんだが、帰れる可能性が急浮上してきたのさ。指南すればわたしはストレスから逃れられる。お前は帰れるかもしれない。悪くない取引だろう? 指南を受けるか? 受けると言え。さあ受けろ! わたしはもう耐えられないのさ。予定外の世界が現れるおぞましさには……」

 どうやらマスケは現状が相当つらいのだろう。喋り方が滅茶苦茶になるくらいに。もし本当なら耳を傾ける価値はある。すぐ帰るかどうかは別としても、二つの世界の通路が確保されるかどうかは興味がある。世界を一つに絞らない考えは、魔王から教わった。

 だがマスケが自分を騙している可能性がある。苦しむ自身の演技も含めて予定通りに楽しんでいるとすれば? 遷移できるとしてもまた別の、トーキョーよりも劣悪な世界に行かせるのかもしれない。爛花のせいでマスケにとって世界が予定外の変な形へ狂ってしまったのなら、まっさらな世界でやり直させることも考えられる。マスケはそこまでの力を持っているのか。マスコットとは何者なのか。自分の直感が頼りに、判断を導く。

 ここは賭けだ。しかし、冒険が進むかもしれない賭けがあるならば、勇者の選択は決まっている。自分はマスケの三度目の指南を受けることにした。

「よし、なら指南するぞ鋼鉄。君は《四創生》に会いに行け鋼鉄。《四創生》の一人は、この世界最高の魔術師だ鋼鉄。彼女なら再びトーキョーヘイムへの通路を開いてくれるに違いない鋼鉄」


「よくここに来られたわね」

「……そんなの、簡単」

 マスケの言う魔術師・・・彼女・・という手掛かりで充分だった。受験票を書き換えたトンネルでの儀式。《□□□》に連れて行ってくれた案内人。普段からの謎めいた言動。破滅の《光景》の中で観た超人的な女性との、部分的な一致。ヒントは有り余っている。ドアを開ける前に予想できないほうがおかしい。噂に高い《四創生》が爛花だと。

「いえ、ゲームのラスボス的な意味で言ったのではないわ。言葉の通り、あなたがこの部屋に居ることが奇跡的だと私は言っているのよ。一応《四創生》のランクを賜っているのでね。《創舎》のこの階層に来るには《創生》の中でも魂の器量が必要なの。――並外れた素質と体力が必要。自我を保ったまま神秘の宇宙に沈むにはね。あなたは私が見込んだ以上の魂の持ち主だった。もしかしたら来てくれるかもと期待する度に、あなたは応えてくれる――。さすが勇者だわ。とても嬉しいことだわ」

 そうか。ここに居るのは、凄いことなのか。言われても、驚きはしない。勇者としての力に自負はある。世界が変わっても変わらない。自分は勇者だし、爛花は《四創生》だ。それだけの事実だ。それよりも自分は爛花に訊きたいことがある。繁華街で爛花と握手した時に観た《光景》。あの、スミレ色の髪の超人的な女性のこと。自分の予想が正しければ、爛花は一段と恐るべき者……。いや、直接的に脅威・・と呼んでもいい。それはマスケの《魔術師》という言葉を裏付ける予想だ。

「……アーツリン。あなたは世界を滅ぼしかけたわ・・・・・・・・・・

「……あなたは言葉や概念でなく、映像で一挙に世界を把握する特性があるようね。それが恐らく勇者としての直感力の源になっている。莫大な情報の映像認識に耐えられる器が無ければできないわ。褒めてあげるわ」

「……アーツリン」

「隠しはしないわ。私は興奮しているだけなのよ。ヴィヴィアンが大きな魂の器量であることにね。ええ、その通りよ。マスコット君が明らかにしたように、私は《魔術師》でもある。《魔術師》の力は莫大なもの。自分で制御できない場合には、地球を百億回くらい滅・・・・・・・・・・ぼす力がある・・・・・・

「……その一回が、今回、起き掛けた」

 握手の時に観えた《光景》から、判ったのだ。爛花は間違いなく、あの女性の力を引き継いでいる。女性の力がどういうものかは、《光景》からは知れなかった。しかし女性の眼光を観た自分には解った。女性の力はトーキョーヘイムでの・・・・・・・・・・魔王や勇者・・・・・すら超越するものだ。あれは一人のヒトガタに入っていていい力ではない。その力を、爛花が一部にせよ受け継いでいるならば、地球を滅ぼすくらい、紙でもめくるようにできてしまうと思える。そして爛花の力は、恐らく《魔術師》の力。それが制御を失えばどうなる……? それが起き掛けていた・・・・・・・・・・

 今頃、あの女性の文明のように、地球が大洪水に浸かって静まり返っても、何も不思議じゃなかった。

「あなたは、あの光景を観たのね。握手した時、私の記憶があなたに流れ込んでしまったのを感じたわ。……そう、あの時・・・のように、文明崩壊はいつでも起き得るわ。人間は環境を痛めつけているからね。物質を有限に・・・してしまっている。その上で準備万端、有限・・な物質を削り合っているのよ。世界の正しい姿への通路さえ観付ければ、悲観的な世界像は避けられる。それはちょっとしたコツのような術なのだけどね。人間達がもしも、正しい姿の世界に到達することができたならば、九〇〇〇億人だろうと幸福に暮らせるでしょう。だが、行き方を知らなければ、一〇〇億人ですら危うい。今すぐ津波や、核戦争や、巨大火山の噴火や、凶悪な人災の連鎖によって、世界が泥水球や焦げた岩球になっても何らおかしくない情況ね。人類の総意の中で、正の地球と、負の地球、両方が均衡をとっているのよ。でもそこで《魔術師》の存在は[チート]なの。一人で全人類分を超える影響を地球に与えることができるのよ。と言うより与えてしまう・・・・・・。平常の状態なら決して影響はないわ。魔力が外に漏れないように制御しているからね。けれど《魔術師》が闇に囚われると、制御を失って魔力が漏出してしまう。これは《魔術師》自身では避けられない。不可避な展開。それが闇というものなの。莫大な闇の魔力は簡単に破滅へと舵を切らせてしまうわ。均衡を破壊し、大洪水を呼ぶくらいは、ごくごく自然な事ね。でも私は有能な《魔術師》だから、闇に囚われても闇を制御する術を身に付けていたわ。だから簡単には地球を破滅させはしないのよ。ただし、今回に限っては、私にとっても久々、大きな闇だった……。制御できてはいたけど、制御を続けられる確率は五分だった。けれどその時、あなたが来てくれたのよ。トンネルで暮らしてる私を見付けてくれた。それで確率はゼロになった。地球は救われました。パチパチパチ」

 爛花は椅子に埋もれ、余裕綽々、手を叩く。

「でもね……。いちばん嬉しかったのは、たぶん私。『昔』も破滅を経験しているのに、『現代』でも破滅を経験するとしたら……。それも自分が最後の一押しになって破滅させるとしたら、私は憤怒の極みになるわ。だって、滅亡なんて大した事じゃないと知っていても、友達がいなくなってしまうのは本当に嫌だもの」

 爛花は立ち上がり、自分に密着し、ギュッと温かく抱き締める。自分の顔の横で、爛花は穏やかに、静かに泣いているようだった。爛花がスリルを愉しんでいた可能性を、自分は捨て切れない。自分なら爛花を見付け出すだろうという結末に賭け、地球の破滅をレイズし・・・・・・・・・・……。

「……うん。自分も、いやだ」 

 真相は分からないし、どうでもいい。爛花の賭けた行動自体が、自分を信頼してくれた事だと思うからだ。会った時から爛花は変わらない。身体を通して、真心が伝わって来る。自分は――勇者は信頼を裏切らないのだ。

「それに、滅亡なんかさせたら、あの人の遺志にも背いてしまうもの」

「……あの、人」

 当然、あの女性だろう。爛花と何らかの繋がりを持つ、おそらくは古代の文明の人間。もちろん、この世界の人類と同じ組成の生物種かは謎である。レコニングマンのように、人類と見掛けが同じでも、内側は違う人種かもしれない。

「あの人は、遠い、遠い、文明の人よ。名前も仕事も特質も、全てが失われているわ。しかし遠く離れたこの時空で、私はあの人のことを憶えている。生命の中で最も偉大で、私が先生と呼ぶ人のひとりよ。あの人は、宇宙も越えた生まれつきの認識力によって、世界の真理を掴み尽くした。そういう星のもとに生まれて生きた。――そんな、異様なほどに不用な力が与えられる理由がある? だってそうじゃなくて? 人間からすれば・・・・・・・、宇宙のことを全て判る事が何の役に立つのかと思うに違いないわ。普通は考えられない。だからこそあの人の存在は、なおさら真実味がある――。派手な異能を与えられたわけではない。《創生》がよく持っている精霊対話や物体破壊の力すら与えられていない。ひたすら《認識力》だけの一点突破タイプ。開闢爾来最強の認識力。それだけの認識力が一点に集まればどういう事が起きるのか、誰も知らない。あの人を生きたことがあるのは、あの人だけだから。あの人には、世界の意味は一瞬で判った。なぜなら宇宙を越える認識力を生まれ持ったから。しかし、世界をも越える視野と・・・・・・・・・・視界を得てしまった自・・・・・・・・・・身の意味だけは理解で・・・・・・・・・・きなかった・・・・・。それを解明する為にだけ、あの人は生きる必要があった……。けれど世界は、それをさせなかった。あの人は真理を把握していたけど、他の人々は誰も真理を観ていなかった。観ようと発想さえしなかった。全人間の中ではあの人に近い所まで真理を把握したひとびとも何人か地球上に出たけれど、数が少なすぎた。真理の声を聴いたひとびとが居るからといって、地球が滅びないというわけではない。真理は個人や種族が地球を滅ぼすことを許す。なぜなら真理が個人や種族を創造したから。それゆえ、無自覚な人間達が傲慢や強欲を尽くして地球を壊そうと、それは最終的には真理の責めに帰することができる。もっとも、個人や種族が自分の中の悪に目を瞑り続けられるならね……。あの人の時空――「前の前」では、人類は私益と強欲に走ったわ。真理の声を聴ける者の数は、あまりに少なかった。彼ら人類にとっての自然な活動が必然的に地球の活動を揺らした。地球は少しだけ身震いした。もちろんそれだけで、いともたやすく、彼らは滅びた。しかし宇宙は、真理から湧き出るある種の磁界。ゆえに宇宙では意欲も知恵も無尽蔵。私達《魔術師》も、その形容しがたい処から、魔術の源を借りて来ているわ。同じ処から、宇宙は物質と自然とを造り出し、繰り返し創造するわ。宇宙は何度でも人間を造り出す。この星で難しければ、他のやりやすい星でやるでしょう。時には星雲から造りもするでしょう。私達が心配しなくとも、宇宙はさすがになかなか滅びはしないわ。もしも気まぐれに滅びても、また宇宙が生まれることでしょう。宇宙が星々や物質や生命を造り出したのと同じ力によって、何度だって、幾つだって、宇宙が造り出されるでしょう。私達が何億度滅びようと、淡々と何億度と、宇宙は私達を復活させるでしょう。それこそがこの宇宙の慈愛・・よ。どんな冷血な傲慢な人間の背後にだって、彼らが想像だにしないし遭遇も決してしない、慈愛・・がある」

 爛花は鎮かだが、酔っていた。みずからあの人・・・に成り代わったように、宇宙に成ったように、生成と存在の秘密を吹聴した。難しい言葉は全く分からなかった――しかし、確実にその「事実」は起こったのだ。その実感。爛花の喋りはトーキョーヘイムの高僧の心地よい読経のようであった。脳天から臓腑へとすんなり入って来る。音声ではなく、秘密そのものが、空気を吸うように簡単に入るのだ。自分も、鎮かに酔った。時間を失った、濃密な一瞬を、延々と咀嚼した……。

「どこまで話したかしら。――そうそう、あの人は途方もない認識力の代わり、いろいろなものを持たなかった。たとえば、緩やかで穏やかな生活。全面的な観察力からの束の間の解放……。これらをあの人が持っていたら、神をも凌駕したあの認識力も持ってはいなかったでしょう。あまりに特異・・自身・・への驚異・・怒り・・厳格さ・・・。いかなる激しさの中でも徹底的な観察・・・・・・のみを冷厳に完遂・・・・・せずにいたことはない異常な客観性・・・・・・。普通の人間ならば一度で脳が爆発する――比喩じゃないわ――精細かつ茫大な世界認・・・・・・・・・・。あの人は存在の全エネルギーが、醒めて観る・・・・・ことに仕向けられていた。あの人のせいではなく、生まれついてね。だからこそ、当時の世界じゅうの誰も持たないものを、あの人だけが持った。世界と宇宙の構造を完璧に解き明かした。あの人が記した書物は、あなたも観たように大洪水で失われた。しかしあの人はそれでもいいと諦めた。自分の書物を理解できる人は同じ時代には居なかった。次の時代を待つには遅すぎた。人類が文明を破滅させる事は判っていたから……。だから、あの人は自分の遺志を、時空を越えた処に漂わ・・・・・・・・・・せる・・ことにした。あの人にとって、一個の心身なんて、巨大合体ロボットの額の紋章的なパーツくらいの物。あの人の本体は見えない処に広がっていた。心身は消えても、遺志は消えない。ましてあの人ほどの強力なエネルギーにもなれば、宇宙が消えても次の宇宙に渡せるくらいの茫大さになって、時空の地平を覆って広がっている。あの人は確かに文明の破滅に巻き込まれて死んだわ。しかしあの人の遺志を継ぐ者が現れた時、その魂は新しい容れ物の魂と同調して励起する。その役割が今の文明で・・・・・・・・・・は私なの・・・・。同化は時間も空間も不要。一瞬で[ダウンロード]される。私は私であって・・・・・・・あの人でもある・・・・・・・

 なるほど。爛花の記憶が女性の記憶と繋がっていたのは、そういう事か。名前も存在も物質界から消え去った、遥かな時空の巨大な魂。しかしその魂を爛花は観付けだし、同調した。そして名を失った彼女が生前にやり足りなかった課題を、爛花自身の器を使って、やろうとしているのだ。魂は、繋がって行く。いや、繋がっている・・のだ。巨大な魂は遍在し、同調すればひとつになる。

「ただし、難点もあるわ。今のようにあの人の魂と共振できる局面は、私にとっても限られる事なの。というのも、あの人のエネルギーは《魔術師》にとってさえ常軌を逸しているから、二十四時間ずうっと接続なんてわけにはいかないのよ。そんな事をしたら私の心身が潰れてしまうわ。不出来な憑り代ですみませんと言いたいところだけれど、正味な話、あの人の魂が巨大すぎるのが悪いわけ」

 爛花は頬をぷうっと膨らます。《創舎》の中でも深い階層であると言った、この部屋に居る時だけ、おそらく爛花は完全に彼女と共振するのだろう。今の爛花の心身からは優しさやユーモアがとめどなく溢れて来る。いつまでも部屋に居たいと、自分も思ってしまう。

「ヴィヴィアン。あの人が持たなかったものを、あと一つ言ってないの。何か分かる?」

 爛花は近くから問う。空間が開いているのに、一体になっている気がする。

「それは、友人・・よ。たぶんあの人も最も愉しみにしているもの。なぜかって? あなた達と過ごすと、私が愉しいからよ。私はあの人と一体だもの」 

「……納得した」

 爛花が、あの人の遺志に背いてしまうと恐れたのは、その意味でもあるのだ。滅亡したら、友達も居なくなってしまう。遥かな時空の彼女が生きた文明では、誰も彼女の景色を共有できなかった。だが、時空をいくつも隔てて、このトーキョーでなら共有できる。

 爛花は極め付きの[物語フリーク]だ。そこでは友人がたくさん登場しないわけがない。彼女とは性質が違う爛花の憑り代を遣って、友達と目一杯、交流できる。その中には勇者さえも居る。自分から言えば、勇者の仲間に魔術師が居る事は、とてもありふれた事だ!

「あの人は認識力を生まれ持った代わり、友愛からは隔たっていた。それは、に託した。あの人は生前に認識していた・・・・・・・・・わ。自身がやり残した事を行うには非常に適した器が――私が、遠い時空で現れることをね。ところで、あの人は生前の観察に基づいて、この宇宙内で起こるあらゆる事象を体系化した。いわば、この宇宙を完璧に腑分けし尽くした。この行跡が、魔術・・の体系の元になっているの。ところが、この体系を理解するには、極めて特殊な条件がある。だから《魔術師》という特殊な地位が存在しているの。その条件は、あの人と共振すること・・・・・・・・・・・・。宇宙の取扱説明は、私達の言語では記述できないので、時空を越えた処に《光景》として保存されているの。だからあの人と共振した者だけが、同じ《光景》を受け取れる。あの人の体系を『読む』ことができる」

 話は、宇宙から魔術へ。女性から爛花へ。ひとつの魂の上で展開する、時間と空間の絵巻物。魔術の講釈は専門的だし、自分も知っているトーキョーヘイムの魔術とは、説明の仕方も違う。だが世界が違うから当然だろう。本質的なところは変わっていないと感じる。

「……《魔術師》とは、何者なの?」

「私はあの人のような禍々しいほど非論理的な存在ではないわ。ただ、魔術的素養・・・・・はどの人類よりも優れている。《魔術師》は、あの人が遺した宇宙で起こる事象の体系を物質界に落とし込む実践家ラボラトリストなのよ。あの人の慧知えいちに潜って閲覧した真理ものを、物質界こちらに持ってくる事が、私の特技なの。一種の翻訳・・の才能ね。万有性のある慧知界の言語を、物質界の記法の鋳型に嵌める事で、慧知は顕現できる。その為の鋳型を作る事が《魔術師わたし》の仕事よ。もっとも、ほとんどの術者には、既成の鋳型を幾つ集めるかという事が仕事になるのだけれど」

 なるほど。「あの人」と爛花は、物質界において、うまいこと住み分けている。いわば頭脳と肉体なのだ。「あの人」が観通した・・・・世界を、爛花が行動・・する。その肉体は、《魔術師》の肉体だ。人間から見れば超常の範囲を行動する。それにしても、「どの人類より優れている」と言われても、「そのくらいは些事なのだろう」と、今は思えてしまう。

「この世界の魔術の全ての鋳型を作ったのは、ここに居る紫羅爛花だ鋼鉄。爛花は『魔法を終わらせた者』鋼鉄。あらゆる魔法は彼女から編み出される鋼鉄。魔法の本質を体得している唯一の天才鋼鉄」

 マスケが解説を挟む。

「世界の魔法界・魔術界・呪術界・神霊界・修験界・巫術界……もろもろの『術界』の大半では、常に『術』の優劣が争われてきた鋼鉄。ある時は宗教戦争の影で、ある時は政争や大戦の裏で、ある時は文明や科学の支配に隠れて、この競争があった鋼鉄。『科学』なんかは、正直言って、社会的に認可された『術』のせいぜい一部か、ほとんど一行・・に過ぎない鋼鉄。どの『国』も『勢力』も『派閥』も、自分達の『術』こそが最強最高だと誇示して譲らなかった鋼鉄。殲滅戦が起きた鋼鉄。馬鹿鋼鉄ねえ。最強なんてあるわけない鋼鉄よ。どの派閥の『術』も断片的で、体系・・ではなかった鋼鉄。未熟にもほどがあった鋼鉄。あの錬金術に顕著なように、いきあたりばったりに生まれた『術』なんて、全体の一部でしかない鋼鉄。もちろん『術』の本質も把握しちゃいない鋼鉄。本質が判れば全体も判る鋼鉄。しかし、本質から物質界へと・・・・・・・・・を展開できる・・・・・・才能は、史上一人も現れなかった鋼鉄。紫羅爛花が現れるまでは鋼鉄」 

「些末な事項の説明ありがとう。面倒だから省略するつもりだったけれど、良かったわ」

 爛花は空中のマスケを掴み、机に置いた。

「というわけで、慧知界に潜れる《魔術師わたし》は、あらゆる魔法を編み出すことができ、使うことができる。この世界の一般的な魔法使い・・・・魔術士・・・は、誰でも私が作った魔術の鋳型を使用しているのよ。魔法は私から始まり私で終わる。なぜなら私は魔法の全範囲を渉猟したのだから。私が知らない魔法はない。知らない魔法すらも私は知っている。魔法の範囲にあるものなら、着想すれば即座に編み・・・・・・・・・・出すことができる・・・・・・・・。では魔法とは何なのか? それを明かしては魔法らしくないと思わない?」

 爛花は、秘密めかす。《魔術師》の笑みは人間はもちろん、魔術士・・・魔法使い・・・・にさえ、深遠に見えるだろう。

「でも魔法にも限界はあるわ。むしろ魔法力の及ばない領域のほうがとてつもなく広いのよ。魔法が世界に対してできることはごくごくわずか。球体に対して数度の角度の干渉が可能である程度のものなのよ。将来私は大魔女・・・極限の魔導士・・・・・・魔法の始源にして終局・・・・・・・・・・魔聖・・、そんな厳つい二つ名で呼ばれるでしょう。このようにピカ一の千里眼を使えても、あの人の認識力の足元にも及んではいないわ。予知や再生の魔法を使えても、それも同じ。《魔術師》の力は物質界にしか及ばない。いくら秀でた魔法が使えても、『現在の怖さ』すら、超越できるわけではない。トンネルで萎れていた時の私のようにね。この身は魔法でできているわけではない。物質法則から逃れない一個の身体なのだからね……。もちろん、この身に起こるさまざまな不都合を、一時的に消したり忘却する魔法はある。身体を変質強化させる魔法もある。でも、自分には使わないわね。甲斐がないもの。要はドラッグと同じなのだから、魔法を使うくらいなら薬物を買う方が合理的よね」

 自分は、吹き出しそうになった。魔法とドラッグ。その取り合わせが珍妙だと思ったのだ。だが、爛花の表明には、ある種の清涼感を覚える。最強の《魔術師》であり、どんな大魔法でも使うことができる。その体系もある。しかし本人は、自身が構築した魔法の体系の大樹を観上げ、ただ佇んでいるかのようであった。

「生身があるから、不可避的に人間の悲喜こもごもがある。それが面白いんじゃないか」

「……うん」

「私はそんな綺麗ごとを言うつもりはないわ。そんな事を言う手合いは悲劇の重みを単に文字を読むことくらいにしか思っていない鈍重な人間族だけと決まっているのだから。レコニングマンとしては、そうではないのよ」

「……え」

 爛花は否定した。いい考えだと思ったが、爛花は違うようだ。レコニングマンというより、勇者と《魔術師》の違いから来るのだろう。爛花は自分より格別に闇と仲がいい……。

「人生の悲しみや落胆や辛苦からは、逃れられるならば逃れたいものよ。でも、それを可能にする魔法は無いの。人生の悲喜こもごもからは逃れられぬと、呪いつつも肚を決めるしかないんじゃないのかな。――と、魔聖・・とやらの私は思うわね」

 つまり、冒険の最中の苦難は消せない――いや、消したら冒険ではなく・・・・・・・・・・なる・・と、おそらく爛花は言っている。なぜだか自分には、そう受け取れた。どうしてもという時には、緊急避難として、一時的に魔法で消せる。でも面倒なので、トーキョーではドラッグでも[キメて]くれ……。そういうわけだった。

「……でも、アーツリンに、一つ訊きたい」

 爛花の言う通り、人生の最中の苦痛は拭えないとしても……。それでも有用な魔法はあるのではないか。たとえば「再生」の魔法。死んでも生き返れる魔法だ。それを使えば、生身にとっての死の恐怖は拭い去れる。予知だって、千里眼だって、瞬間移動だって、その他もろもろ、冒険には有効だ。絶対に楽しい。

「……あなたは、再生の魔法を、死後の自分に使う?」

「あら、とても面白い疑問ね。でも、秘密よ。秘密にする方が魔法め・・・・・・・・・・・・いているでしょう・・・・・・・・? ただ、そうね……。私は生まれ付いて魔法に祝福された無二の者ではあるわ。だから魔法の・・・限界を髄知ずいちしている。けれど魔法を適用する・・・・・・・展開は無限だわ。実践の限界にいどむ試みは、《魔術師》冥利に尽きるわ」

 爛花は《魔術師》めかして笑った。

 まったく、根っからの魔法好きなのだな!

 さて、《魔術師》の予想外の[バックグラウンド]が披露されて圧倒されたが、そろそろ肝心の質問に移るとしよう。

「……《魔術師》が、トーキョーヘイムへの通路を開けるというのは、本当?」

「もちろんできるわよ。物質界で私ができない事は無いわ。……でも、ヴィヴィアンは本当に戻りたいのかしら? 私にはそうは観えないのだけど」

 爛花は宇宙のように鎮かな揺るがぬ目で観てくる。本心を的確に言い当ててくる。

 たしかに自分は今すぐ戻りたいわけではない。二つの世界を結ぶ通路――魔王は「遷異乖廊」と言ったか――を確保できるかを知りたいのだ。

 世界の交流があるのは良いことだ。なぜって、どちらか一方に制限するよりも良いに決まっている。それは文字通り「世界が広がる」ことで、ゲームに表面と裏面があるようなもので、広がるだけで自分は心地いい。

「あら? これはもしや……。ウォーターシェッド現象?」

 と、自分とのあいだの中空を凝視する爛花が、こころもち眉を顰める。

「ヴィヴィアン。私、発言を撤回するわ。あなたは戻れるかを迷う必要は無い。観てみたのだけれど、こちらからトーキョーヘイムの存在を感知しない」

「……え?」

 それは、どういう意味か。

 ……もしかすると。

強力で象徴的な者達・・・・・・・・・――。勇者と魔王、あなた達をこちらに遷移させる事と引き換えに、トーキョーヘイムは消失したと思われる。勇者、魔王、ことによるとペルセポネ……。あるいは他にも東京に来ている強力者・・・が居るかもしれないわね。いわば、あなた達がトーキョー・・・・・・・・・・・・ヘイム・・・だと言えるわ。少なくともトーキョーヘイムと等価の魔力を……こちらの言葉ではエネルギーを……有しているのを観測できる。けれど、悲観はしないで。トーキョーヘイムは消滅したわけではない。こちらから見れば世界上から消失しているけれども、それは世界配置上の錯視にすぎない。そもそも時間と空間があるのは世界の中・・・・・だけの事で、世界というもの・・・・・・・には時間も空間も無い。『世界そのもの』は、時間や空間のもとになった或る根源的な単位で配置され、動作しているわ。そこで言えば、トーキョーヘイムはトーキョーヘイム人には今も揺るぎなく存在する。逆に向こうではあなた達だけが消失しているのよ」

「……これはさすがにややこしい」

 誰しも自身の専門分野では饒舌になるもので、《魔術師》も例外ではなく、滔々と解説される。しかしトーキョーヘイムが消失したと聞いては平静で居られない。今も存在しているとも言われるし、謎だぞ。

「あはっ、ご免なさいね~。けれどやはり、あなたの真顔ツッコミ芸は、たまに切れ味が素晴らしいわ! 一言でいうとね、勇者や魔王たちは、東京に遷移したことによって、向こうに縁遠くなってしまったの。こちらから見れば、今はトーキョーヘイムへの通路を開くことは非常にきわどい状況よ。このことを世界が『遠い』と表現する。この『遠さ』は物理的な距離ではないわ。世界間の絶対的配置が離れているの。無理をして魔法で貫通させれば……できなくはないけれど……向こうへ着いた瞬間、心身が断裂するかも。ガードする魔法はあるけど……魔法をかけてまで行くかどうか。または、遠世門番ロードパゴスたちに賄賂の喰い物でも贈るか……。どちらにしても、面倒な上、実入りは少ないわ。でも安心して。きっとそのうち縁はあるから、その時が来たら、魔法で連れて行ってあげる。世界の絶対的配置は相対的なの。いずれ縁が来るのは保証するわ」

 どうやら、自分や魔王は、しばらくの間、トーキョーヘイムへは行けなくなったらしい。

 まあ、いいか。爛花が保証するなら、必ず行く機会はある。それまでトーキョーの事を勉強しておこう。

「……マスケの指南は、外れたのね」

 マスコットとして、まがりなりにも、マスケの指南は的中してきたし、的確だった。しかし今回は外れた。マスコットの超越的な力とやらは、この世界をカバーできなくなってきている。

「安心する鋼鉄。マスコットはそろそろ動作が停止する鋼鉄。もう指南は終わった鋼鉄。やることは残っていない鋼鉄よ」

 マスケは先程から机の上での重石のように動かなかった。翼の動きは弱い。声も小さい。本当に停止するというのか。そもそも何者なのだろうか。「マスコット」に対して「主役」と言える自分は、深く考えてこなかった。奇妙なキャラクターではある。自分と同時にこの世界に居て、超越的なことを知っている。時が経つにつれて情報が更新されているふしさえある。初対面でトーキョーヘイムに戻れるのか訊いた時、マスケは「分からない」と言ったが、今では「《四創聖》に会えば戻れる」と発言が変わっている。

「マスコットは東京でのあなたの一部よ。いえ、一部だったと言うべきかな。私や魔王のような単体型と、ヴィヴィアンのような分離型。レコニングマンには二つのタイプがある。個性に応じてどちらかに属するわ。世界の探索が支障なく行える方にね。ヴィヴィアンは勇者なので分離型。仲間との冒険によって進む個性が勇者。仲間のいない勇者は勇者ではないとさえ言えるわ。マスコットとは便宜的仲間・・・・・だったのよ」

 そういう事か――。自分は納得した。超越的なマスケにも最初から驚かなかった理由。マスコットは、勇者という個性から、必然的に生まれた。勇者には仲間が居なければならない。対話相手が居なければならない。だから・・・マスケが、自分と一緒にトーキョーに送り込まれた。そしてマスコットはあくまでも、便宜的仲間――冒険の補助輪だった。今、役割を終えようとしている。

「だけど、ヴィヴィアン。この子を停止させるのは勿体ないわ。元々マスコットは物質界の外側とも繋がっているから、魔術的なダウンロード機能が期待できるの。要は使い魔にできそうという事ね。よければ私に頂戴」

「……うん」

 自分はマスケを爛花に譲った。お世話になった対話相手には、感謝していた。でも、もういらない。爛花や、サークルの人達、条件付きだが魔王……。今の自分には、仲間が居る。これから本格的な冒険が、始まるのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ