007話 ゴブリンシャーマンと引かないニーナ
「俺は、この右側の細い道から探索すべきだと思う」
探索を再開して直ぐ、はじめての分かれ道にでた。真っ直ぐ奥に進む広目の道と、左右に枝分かれしたような小道がある。
「私はどっちでもいいよ」
ニーナは、悩んでも仕方がないというようにスカイに同意する。
そのまま細い道を進むと、ゴブリンたちの会話らしい鳴き声が聞こえてきた。左腰に差している剣を抜き、注意深く道の先を覗う。
「ゴブリンが六匹。全員武装しているな……これは当たりかもしれない」
古びた木でできた扉を守るように、錆びたり一部欠けているように見えるが全員が剣を持っており、革の鎧を身に着けている。きっと、扉の奥に宝でも貯め込んでいるのだろう。
「宝箱っ、宝箱っ」
ニーナは早くも戦闘後のお宝に意識がいっているようだ。
あるといいな。だかアイツらを倒した後だ。
「そう焦るなって。そこでものは相談だが、ここは俺に任せてくれないか? 試しにドラゴンフォームを使ってみたいんだ」
「私は全然いいよ。でも危なくなったら援護するからね」
「当然だ。万が一打ち漏らしたソルジャーがいたら、そいつを狙ってくれ」
ここまで何度も戦闘を繰り返していたが、なとなく使うタイミングを逃していた。いよいよドラゴンフォームの性能を確認できると思い、スカイはワクワクしている。
「わかった。気を付けてね」
「ああ。でも、武装しているとはいえ、能力はG+でウルフよりも弱いから大丈夫だよ」
はじめての武装したモンスターであり少し心配していたが、そう言ってスカイは自分を奮い立たせた。
スカイは、ドラゴンフォームを唱え左腕を意識してみる。そうすると左腕がドラゴンのような青い鱗で覆われ、左手に鋭い爪が生えてくる。これはかっこいいぞと思う反面、プレイヤーの前では目立ちすぎて使い辛いとも思う。
スカイは既に抜いていた剣を強く握り直し、左腕を盾を構えるように前に構える。そのままゴブリンソルジャーの方へ走り出し接近する。薄暗いせいかヤツらは、俺の接近に気付くのが遅れる。
一番手前のゴブリンソルジャーは、スカイを目の前にしてようやく剣を構えようとして叶わず、右上から振り下ろされた剣に切り捨てられる。スカイは振り下ろしたそのままの態勢から手首を反し、剣を上段に振り上げ胴ががら空きになっている右側のゴブリンソルジャーに、そのまま剣を横薙ぎにする。これまた呆気なく倒すことに成功する。
そして、剣を構えた四匹が迫って来るが、倒れたゴブリンソルジャー二匹が邪魔でうまく接近できないようだ。そのすきにスカイはファイアを唱え二匹を火だるまにする。
なんとかスカイの左側へ迂回することに成功したもう二匹が同時に攻撃してくる。ゴブリンが振るうよりも早く剣を振り抜き一匹を仕留め、その一方を左腕で受けると金属を思い切り叩いたような甲高い音が鳴り、ゴブリンの剣が折れた。剣が折れ怯んだところにすかさず横っ腹を叩くように左腕を振るってみると、革の鎧ごと爪がゴブリンソルジャーを引き裂き絶命させる。
「わー、スカイくん、かっこよかったよ。本物の剣士みたいだった! 今度は、私が必要なかったね」
「はは、ありがとう。剣や魔法については他のVRMMOで慣れていたからね。それにしてもこのドラゴンフォームは、半端ないな」
ドラゴンのような左腕を前に出しニーナに感想を伝える。
「剣折っちゃったもんね。もう盾とかいらないんじゃないかな」
「確かにそうなんだけど、他のプレイヤーがいる前では使えないと思うから、お金に余裕ができたら盾は用意しようと思ってるよ」
強い反面、目立ち過ぎるというデメリットをニーナに説明する。
「そっか、そうだよね。それじゃ今のうちにランク上げのためにバンバン使おう」
考えるような仕草をしてから今のうちだね、とニーナは提案してくる。
「俺もそのつもりだよ。よしそれじゃあ、お待ちかねのお宝確認といこうか」
古びて建付けが悪いのか、やっとのことで扉を開けて、戦利品を物色する。そこは宝物庫というよりは物置といった感じで、棚も何もない二〇畳くらいの岩をそのままくり抜いた部屋に、色々なものが押し込まれている。
モンスターの死骸が一番多く、食料の袋やランクの低い武具が無秩序に置かれている。一番衝撃的だったのは、NPCだろう人間の亡骸も数体あり、女性なのか苗床にされて死亡したのだろう。当然ゲームのため見た目は眠っているようで、ステータス上死亡となっている。
ニーナと相談し、モンスターの死骸、食料関係とゴールドだけ持ち帰ることにした。現実世界なら人間の亡骸を優先して弔うのだろうが、ここはきっぱりと割り切り探索を続ける。
――――――
「もう一方は、残念だったね」
心の底から残念がっているような声色で、ニーナがスカイにそう声をかけてくる。
奥に続いていそうな道以外の残りの一方を探索したのだが、そこは行き止まりで特に何もなかったのだ。
「そうだな。今のところ成果と言えるのは、ゴールドくらいか……」
「でも、二〇〇〇ゴールドだけだよ……」
ニーナよ、それは言わないでくれ。言い出したのは俺なんだがな。それに、NPCの亡骸とはいえゴブリンの洞窟というシチュエーションから死亡した理由が容易に想像つくため、その件でも気分が重くなっているのだから、とスカイはニーナを見やる。
「あとはエリアボスのスキルに期待しよう」
「まだ覚えていない魔法だといいな。水魔法や電撃魔法に爆裂魔法とかかっこよくていいと思うのよね。それに爆撃魔法があれば一面吹き飛ばせて楽しそう!」
モチベーションアップのために、スカイがエリアボスの討伐報酬の話をあげると、ニーナが覚えたい魔法を色々言って、さらっと最後に怖いことを満面の笑みで言ってくる。
それにしても魔法も細分化されているんだな。俺としては、火魔法と土魔法の上位複合魔法のメテオストライクを覚えたい、とスカイも覚えたい魔法を思い浮かべる。
お互い使ってみたい魔法の話をしながら進んでいると、大きな広間らしき場所が少し先に見えてきた。
「これはさすがに多すぎないか……」
スカイが気付かれないよに忍び寄り広間を覗き見ると、確認できるだけで五〇匹以上のゴブリンがいる。
「でも、ほとんどがふつうのゴブリンだよ。遠距離のゴブリンアーチャーは確認できないから、気を付けるのは武器を持っているゴブリンソルジャー一〇匹だけだと思う。適当に魔法を撃っても当たりそうだしいけるんじゃないかな」
ニーナがそう敵戦力を分析するが、ニーナはまだ気付いていないようだ。
「ニーナ、あそこの奥を注意深く調べてくれ」
スカイが岩でできた背もたれのある椅子に座っている、杖を持ち豪華なアクセサリーを首に下げたゴブリンを指さす。
「なっ!」
良かった、気付いてくれたか。俺は詳しく知らないが、あれはそういう意味だと思う。
スカイは同じ思いを共有できたと安心する。
「まだ覚えていない魔法だ、それにあの付与魔法は絶対欲しい!」
そっちかいっ! 心の中で盛大に突っ込みを入れるスカイ。
待ってくれニーナよ。そこじゃないぞ!
「ニーナ先生……」
今度はスカイが呆れる番が来たようだ。
「えっ、何? 私変なこと言ってないよね」
スカイのジト目に気が付いたのか、そう反してくる。
「ステータスの数値は確認したのか?」
「あっ……。これはヤバいね」
スカイの指摘にニーナもようやく気が付いたのか表情がかたまる。
【名前】オイル―川洞窟のゴブリンシャーマン
【種族】ゴブリンシャーマン 【称号】中級ゴブリン
【レベル】25
【体力】100/100(D)
【魔力】???/???(?)+50
【能力】総合 D
腕力:50(E)
知力:???(?)+50
素早さ:50(E)
器用さ:45(E)
物理耐性:40(E)
魔法耐性:???(?)+20
幸運:30(F+)
【スキル】
電撃魔法(C)、土魔法(F)、付与魔法(F)
統率(F)、悪食(G)、繁殖(G)
【魔法】
サンダー、サンダーボルト、サンダーレイン
ストーン、ストーンウォール、エンチャント
「この数値が見れないのは、俺より高いってことで良いんだよな?」
「うん、本人より高い能力は表示されないから、挑むか逃げるか判断する指標の一つになってるの」
「くっ、ここまできて諦めないといけないのか」
悔しいが、まさかの強敵相手に無駄死にしてデスペナルティ―は受けたくない。
「えっ、何言ってるの?」
「……え?」
スカイはニーナの反応に言葉に詰まらせる。
「だって、私電撃魔法と付与魔法欲しいもん」
「ニーナだってヤバいって言ったんじゃんか」
「だって、私電撃魔法と付与魔法欲しいもん」
同じこと二回言ったぞこの娘。俺だって土魔法欲しいけどゴブリンシャーマンだけじゃないんだぞ、と続けて説得する……が無理だった。
この状態のニーナに対してスカイは成す術もない。
「行ってくれるよね?」
「でも……」
「行ってくれるよね?」
「ゴブリンの数が……」
「行ってくれるよね?」
ずっとこの調子でスカイの話を聞いてくれる様子は見られない。しかも、これから楽しい遊園地に遊びに行く前の子供のような笑みを浮かべて言っている。
身長差があるはずなのに、はるか頭上から睨まれていると錯覚するような威圧感をスカイは受けた。
「ちなみに私より能力が高いのは、魔法耐性だけだよ。それでも私の魔法でもダメージ入ると思うし。それにビッグウルフのとき両方使ったじゃん。それで次は私を優先してくれるとも言ってくれたのに……」
ニーナより低いといっても俺よりも高いのは間違いないのだが……。それに、最後の極めつけがこれである。遠慮するなとは言ったが優先して危険を犯すとは言っていない。ズルいと思いながらも、それを口に出せるはずもなくスカイは渋々了承する。
「わかったよ。その代わりちゃんと作戦を立てよう」
「ありがとう、スカイくんならそう言ってくれると信じてた」
くっ、何がそう言ってくれると信じてた、だよ。言わせたんじゃないか。それにしてもどうしたものかな…………とスカイは作戦を考える。
「とにかく、あの有象無象を倒してシャーマンに集中できるようにしたいな。いくらなんでも同時には対処できない」
「それだったら私がマッジクアローで牽制するよ」
「それだと残りを俺が相手するはめになるじゃないか」
「私の威力ならゴブリンくらい貫通しながら届くと思うから大丈夫だよ。それにその方が効率良いと思うし」
うむ、確かに一理あるとスカイも思う。でも、ニーナの護衛をどうしようかな、と考えながら作戦を組み立てる。
「よし、先ずは俺が手前の方で暴れるから、ニーナは自分で言ったようにマジックアローで牽制してほしい。ただし、入口で身を隠しながら、シャーマンの魔法が当たらないように気を付けてくれ」
「うん、ちょっと遠いけど大丈夫だと思う」
ニーナは目測だが距離を確認してそう判断する。
「俺は一暴れしたらこっちに戻って来るから、それにつられてゴブリンが近付いてきたら一緒に来た道を戻ろう。そのまま調子に乗って一本道の狭い場所まで追ってくれば、一度に相手しなきゃいけない数が減るから、あとは一匹ずつ倒すだけでいいはずだ」
「うんうん、良い作戦だと思う。万が一のために私もヒールの準備しておくね」
「助かる。それじゃあ行ってくる」
作戦が決まり、それだけ言ってスカイはゴブリンの群れに飛び込んでいく。
スカイはウィンドの魔法を撃ち、手前のゴブリンたちをまとめて五匹ほど吹き飛ばす。そのまま絶命するゴブリンもいれば、当たり具合が浅かったのか起き上がろうとしてくるゴブリンもいた。今はそいつらを無視し、スカイの存在に気付き群がってきたゴブリンたちへ集中して、ファイアやウィンドをぶっ放していく。
ニーナがマジックアローでシャーマンを抑えてくれているのだろう、ゴブリンシャーマンは、ニーナの魔法を鬱陶しそうに回避するのに忙しく、スカイを攻撃する余裕はみられない。
頃合いかなとスカイは思ったが、既に二〇匹以上のゴブリンが息絶えている。このまま殲滅するかと考えたそのとき、ゴブリンシャーマンの後ろの扉から剣や革の鎧を装備したゴブリンソルジャーが五〇匹ほど増援として現れた。
おいおい勘弁してくれ。目に見える相手だけで計算していたことをスカイは後悔したが、今更言っても仕方がない。作戦通り引き返すために広間の入口の方へ踵を返す。
「スカイくん!」
隠れているはずのニーナがスカイを呼びながら出てきた。
「何があった」
異変に気付いたスカイは、急ぎニーナの元へと駆け寄る。
「戻ってきたの。外のゴブリンが戻ってきたの!」
「このタイミングかよ……数はわかるか」
「わからないわ。ゴブリンの鳴き声がしたから伝えようと思って出てきたの……きゃっ!」
ゴブリンシャーマンがサンダーボルトをスカイたちに撃ってきた。痛みは無いが、ステータス上の体力が二人ともがっつり減った。ただし、魔法耐性の低いスカイの方がより減っている。
「このままじゃ狙い撃ちされる。一先ず、道を戻ろう。俺が先行して一本道のゴブリンを相手するから、シャーマンの方へマジックアローを撃って牽制しながら後退してきてくれ。厳しかったら走って俺のところまで来るように」
「うん、任せて。マジックアロー!」
魔法名を唱える必要はないのだがやる気の表れだろう。ニーナの魔法攻撃がゴブリンどもを巻き添えにしながらゴブリンシャーマンに襲いかかる。スカイも負けてられないと思いながら一本道へ駆け出していく。
来た道を戻ると、ほんの直ぐそこまでゴブリンたちが迫っていた。悪い状況であるのに変わりはないが、危なく広間の入口を塞がれるところで、最悪の状況になるのだけは防げたと安堵する。
その数は二〇匹ほどだろう、ゴブリンアーチャーがいるのが厄介だが、ここはさっさと殲滅するに限る。
「うりゃあああ!」
そう吠えながら一気に突っ込んで剣を無我夢中で振り回す。ゴブリンアーチャーが弓を撃ってくるが、狭い一本道のため狙い辛いのだろう、ほとんどが天井や壁に当たって俺には届かない。稀にスカイ目がけて飛んでくるがドラゴンフォームをした左腕で弾き飛ばす。
「燃え爆ぜろ!」
気分が高まったのか、ふつうのファイアを撃ちながらそんなことをスカイは叫び最後のゴブリンを燃やす。
人に見られたら恥ずかしいぜまったく。広間のゴブリンたちを食い止めるため、早くニーナのもとへ戻ろうと振り返ると、にやにやしたニーナが立っていた。
見られた……あの表情は絶対そうだ。恥ずかしさでスカイは顔が熱くなるのを感じる。
「良いものが見られた。ふふ」
「な、何がだ……」
「燃え爆ぜろ!ぼっ、うふふ」
スカイの口真似なのか、動作と効果音付きで再現している。
「スカイくんも爆裂魔法覚えたいんだね」
未だ笑いながらニーナはスカイの願望を予想する。
「いや、あれはつい気分が高まりすぎたというか」
「そういうことにしておいてあげよう」
そう言いながらも、もう一度スカイの真似をしてニシシとニーナは笑っている。しばらくこのネタで弄られることになるのだろう。
どうしてあんな恥ずかしいことをやってしまったのだろうと、悔やんでも悔やみきれないスカイであった。
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