005話 エリアボス討伐と報酬
「スカイくん見てください! 魔法のスクロールとスキル本の両方ドロップしてますよ」
息絶えたビッグウルフの近くに、羊皮紙でできたような巻物と古ぼけた灰色の本が落ちている。
「あの程度のモンスターでも落とすとなると、魔法は簡単に覚えられそうですね」
大きな町まで行かないと買えないと思っていたスカイは、嬉しい発見に喜びニーナにそう伝える。
「それがですね……、そう簡単ではないと思いますよ。マジックショップで魔法のスクロールが買えるのは知っていますよね?」
「ええ、それくらいは発表記事で読んだことがあります。モンスターが稀にドロップするというのもその記事に書かれていたと記憶しています」
スカイだってそれくらいは知っている。自ら情報を集めるということはしていなかったが、運営からの発表記事は欠かさずチェックしていた。その程度の浅い知識だがそうスカイは答える。当然ニーナも知ってるようだがスカイのある言葉に食いついてきた。
「そう、それです! その稀っていうのを確立でいうと〇.一%とか〇.二%といった世界なんですよ」
「えっ! そんな低確率なんですか?」
思ったよりも低いな。でもそれを考えると今回はかならりラッキーだったということだろうか。
スカイは、驚きつつもその幸運に感謝する。
「つまり、今回は運が良かったということですか?」
スカイは思ったままをニーナに聞いてみると、別の可能性を指摘してきた。
「どちらか一つだけなら私もそう思うのですが、今回は二つドロップしています。この結果を幸運以外の可能性で考えると一つしかありません……。それは……」
「それは?」
だいぶもったいぶるな。話を聞いているうちにその可能性とやらに気付いたスカイであったが、あえてここは調子をあわせることにした。
「それは……エリアボスの討伐報酬です!」
どうだ驚いたか、というように無い胸を反って仁王立ちするニーナ。
うん、予想通りだ、とスカイとは思いニーナを見る。ニーナのその態度は、お世辞にも様になっているとは言えない。だって、一五〇センチ程度の身長で偉ぶられても、その恰好を見下ろすようになるスカイにとっては子供が大人ぶっているようにしみえない。どちらかというとかわいいけれど……とスカイは頬を染める。
「む、どうしたんですかスカイくん? 驚きすぎて声が出ない感じですか?」
「そ、そうですね。驚き過ぎて驚き過ぎました。はは、いやーそうか、エリアボス報酬かー。凄いなー」
咄嗟に誤魔化すも、これは誤魔化しきれないだろう。何だよ驚き過ぎて驚き過ぎましたって! いや、でも純粋そうだからいけるかもしれない……とスカイは一縷の望みに賭ける。
「なんだ、知ってるんじゃないですか」
ああ、やっぱ無理だよね、とスカイは冷めた思いをする。
「はは、ごめんなさい。話を聞いているうちにそんな気がしただけですよ。はじめは全然気付かなったですよ」
「まあ、良いです。スカイくんがどんな人か段々わかってきましたから」
ニーナがジト目でスカイを見つめる。
やめて、その目は痛いからやめてほしい。
それにしてもさっきのビッグウルフがエリアボスだったのか、と先程の戦闘をスカイは思い出す。
――スカイがビッグウルフのもとに駆け出したとき、ウィンドの魔法を放ってきたが、ニーナがウィンドで消し飛ばしてくれた。ニーナの風魔法はGランクだが知力が高いため、ビッグウルフのウィンドを消し飛ばしてそのままの勢いでビッグウルフをも吹き飛ばしたのだ。
直ぐに起き上がってこちらに襲いかかってくるも、マジックアローを避けるのに必死なビッグウルフは、すきだらけだった。そのすきを突いた俺が簡単に斬り伏せ、呆気なく戦闘は終了した。
あれでエリアボスとなると、ユニーク種族の能力がどれだけ高いか理解できた。勧誘で大変なことになるというニーナの忠告も頷けるというものだ。ユニーク種族の優位性と今後どうやってユニーク種族であることを気付かれずに済むかとスカイが考えていると、ニーナが何やらスカイに問いかけているようだ。
「――すか? スカイくん聞いていますか?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていました」
「え、考え事ですか?」
ニーナはキョトンとして聞いてくる。
「ええ、さっきのがエリアボスということは、もうインクの森には俺たちの相手をできるモンスターがいないということですよね。また、そのエリアボスをサービス開始当日に倒したことが周りに知られると、俺たちがユニーク種族とばれてしまうかもしれません。いやー困りましたね。ユニーク種族だと気付かれないようにするにはどうしたら良いかなと思いまして……」
勧誘されるのが面倒だとスカイは思っていたが、周りからもてはやされるのも悪くないかもと思い直す。スカイは口では困ったと言うものの、嬉しそうに頬が緩んでしる。そんな表情で言っても説得力はないだろう。
口とは裏腹なスカイの感情を理解したのか、ニーナは再びジト目でスカイのことを見ている。
「スカイくん、そう口では言うものの嬉しそうなんですけど……。あとエリアボスといってもインクの森のボスではないですよ」
スカイの言動に呆れたように息を吐き説明してくれる。
「私が知っている情報だと、モンスターの行動範囲に制限はありません。ただ、モンスターのエネルギー源といわれる魔素が濃い場所に、モンスターは集まり易いといわれています。また、その中心に近づくほどモンスターが強くなる傾向にあるということです」
「それでは、奥に行けば行くほど強いモンスターが出るという他のゲームの常識は、このフロリバでも同じということですね」
スカイは魔素が何かわからなかったが、説明の途中だしあとで聞いてみよう、とその疑問を一先ず脇に置くことにした。
「魔素の位置によると思いますが、概ねその推測で問題ないですね。それで肝心のエリアボスは、他のモンスターよりも多くの魔素を吸収して強くなった上位個体がそれにあたります。それにエリアボスは、下位個体を従えてある程度の範囲を縄張りにしてるといわれています。」
「その縄張りがエリアってことですか?」
エリアボスはそう意味らしい。スカイの知識の無さにニーナが呆れ顔をするのも納得だろう。
「そうですね。だからインクの森のボスともなるとこの森の主ということになりますから、有名なモンスターを挙げると、ゴブリンキングやオークキングが妥当だと思いますよ。ここだったら森なので地竜の可能性だってあるんですよ」
その可能性は低いですが、と補足してその可能性は無いとニーナは説明する。
「さすがはしっかりと調べていますね。俺だったらそういうんものか、と済ませていたかもしれませんよ」
本当に先生だなとスカイは思い感心する。
「いえ、スカイくんが知らなさ過ぎなだけですよ」
「ぐっ、それは……」
笑顔でさらっと刺してくる。ログアウトしたらちゃんと調べよう、とスカイは決意する。それに、そろそろいい時間だろうしなと思いスカイは時間を確認する。
「そうだ、ニーナさん。この後どうしますか? もうそろそろ十時になりそうですが」
「私ですか? 私は平日勤務の仕事なので、明日から三連休だからまだまだ大丈夫ですよ。もともとフロリバをやるために予定も空けてあるくらいですから」
おお、普通にリアル情報言ってきて焦るよ。やっぱり慣れていないんだろう。これでニーナさんが社会人だということがわかった。子供っぽい反応に年下かと思っていたが年上の可能性がでてきた、とニーナの発言からそう予想する。
「それならお言葉に甘えてゴブリン討伐まで付き合ってもらっても大丈夫ですか?」
まだ大丈夫ならきりよくクエスト達成までいきたいと思ったスカイは、クエスト達成まで付き合ってもらうようお願いしてみる。
「大丈夫ですよ。あと、ゴブリンのことすっかり忘れていました」
はっとした感じで言ってきたニーナの様子をみて完全に忘れていたんだろうなと思った。
スカイは忘れずに大事なことを教えてあげることにした。
「あと、リアルを判断できる情報は、易々と言わない方が良いですよ。平日勤務っていうことは社会人ですよね?」
「え、ダメなんですか? たいした情報ではないと思うのですが」
「俺は気にしないのですが、現実に関する話が嫌いな人も中にはいますからね。だから、他所でパーティーを組んだりするときは、その手の話を控えた方が無難ですね。特に雰囲気を大事にしている人なんかには要注意ですよ。一般的には、用事があると言えば十分なんですよ。当然長い間プレイして気心しれた相手なら問題ないと思いますが、それもやっぱり相手次第ですね」
そうスカイが教えてあげると、ニーナは思い出したように声をあげた。
「あっ、そうだ! それを言おうとしていたんですよ!」
近い近い! 何かを思い出したように凄い勢いで詰め寄ってくる。
「え、ちょっ、ちょっとどうしたんですか、いきなり!」
あまりの勢いにスカイもたじろいでしまう。
「だって、さっき人の話を聞いてくれなかったんですもん!」
「えっと何の話ですか?」
「さっき、エリアボスを倒すとその報酬として、魔法のスクロールやスキルの本が五〇%でドロップする話をしたのは覚えていますよね? いや、反応がなかったしそこから……」
ニーナはいきなり小声になり、いやそんなはずは、だとか、最低、といった内容がスカイの耳に聞こえてくる。
「いや、あれは、……ごめんなさい。聞いていませんでした」
言い訳をしようとしてやめた。すぐさま両手を合わせ、合せた両手はそのままに頭を下げる。こういう時は素直に謝るのが間違いないだろう。スカイはすかさず謝罪する。
「うー、別にいいですよーだ。ただ、エリアボスを倒すとドロップ率が五〇%に跳ね上がるということだけは覚えておいてくださいね!」
「はい、覚えました」
睨まれ、今後はちゃんと話を聞こうとスカイは心に決める。
「私が言いたかったのはですね。敬語はやめてふつうに話しませんか、ということです」
「ふつう? タメ口で話すってことなら俺は全然構わないですが……でも初日ですよ」
なんだそんなことかとスカイは思ったが、お互い数時間前に会ったばかりの他人である。確かにパーティーを組んで戦闘もしたがさすがにまだ早いのでは? とも思わなくはない。
「私は初日が肝心だと思うのですが、どうでしょう? 私も社会人ですから敬語の必要性はわかります。でも大抵の場合、最初の呼び方がずっと続くとも知っています。呼び方を変えるのって勇気がいるんですよ」
「あー、それはわからなくもないですね」
スカイにもその経験はある。いきなり呼び方を変えたら、どうしたって気まずくなることもあるもんな、とその経験を思い返す。
「でしょー! だから今後パーティーを組んでやっていくなら、最初からタメ口の方がお互いやり易いと思うのです。戦闘だったら指示とか連携するときに敬語は邪魔になってくると思いますし。それとも……今後私とは組んでくれないのですか?」
ズルい……そんな上目遣いで見ないでくれよ。
「わかった、わかった。これからは敬語はやめるよ。ユニーク種族の優位性は嫌でも実感したし、何よりニーナの魔法のサポートは心強いと思う。だからそんな目で見ないでくれ」
根負けしたスカイは、見本としてタメ口で話す。
「ん、どうしたんだ? ごめん、いきなり呼び捨ては馴れ馴れしいか」
ニーナがキョトンとした目で見てくる。名前まで呼び捨ては行き過ぎたか、とスカイは考えたが全然違った。
「ううん、イイ! 凄くイイ! 何かやっと仲間って感じがする!」
どうどう、興奮するなって。ニーナは、嬉しそうに花が咲いたような笑顔になって、うんうんと何度も頷いている。どうやらニーナは難儀な性格をしているようだ。
何でこんなに懐かれたのだろう、と思い当たる節が無いスカイは首を捻るのだった。
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