022話 誤算と勘違い
パレルモたちと打ち合わせして作戦を決めたあと、トモエの元へ戻ってきたスカイたちは、トモエにその作戦を伝える。
「それじゃあ、俺が合図を出したら頼むな」
「わかった、兄さん。ツバサ、準備はいいね」
「大丈夫じゃよ」
しばらくして、トモエたちとパレルモたちが配置に就くのを確認してから俺は、シルとリッキに向かって手を上げ、敵の方へ振り下ろす。
シルとリッキが盗賊たちに次々と矢を撃ち放つ。
「敵襲だ!」
「ど、どこから撃ってきてる!」
完全なる奇襲攻撃に盗賊たちは錯乱している。
「させるかっ」
盗賊たちは、矢が飛んできたスカイたちと反対の方向へ逃げようとするので、スカイはすかさずストーンウォールを発生させて退路を断った。
それを合図に、両脇からトモエたちとパレルモたちが盗賊を攻め立て中央に追いやる。激しい攻撃に盗賊たちは成すすべもなく中央に集められる。
「トモエっ、パレルモっ」
スカイの叫びに呼応して、トモエたちとパレルモたちが盗賊たちから距離をとる。
「団長っ、お願いします」
「ニーナっ、今だ、撃て!」
盗賊たちをニーナとローザのウィンドが襲い、その激しい風に盗賊たちは立っていられずその場に全員倒れた。
「いてて……」
倒れた盗賊が頭を抑えながら立ち上がろうとするところへ、スカイはすかさず剣をその首筋に当て動きを封じる。
「動くなっ。動くと首が飛ぶぞ」
「ひっ、魔剣!」
真っ赤な魔力の波動で、盗賊の首筋に傷ができ血がにじむ。
トモエ渾身のマッジクソード、俺の愛剣ブロッディーを首筋に当てられた盗賊が声にならない声を出し怯えている。
「パレルモ捕縛しろ」
「はっ、お前たち急げ」
スカイがそう指示を出すと、パレルモがその部下たちにも指示を出し、次々と縄で盗賊たちの自由を奪っていく。初撃の矢により数人負傷させたが、十五人全員の捕縛に成功した。
「団長、素晴らしい指揮でした」
「ふん、これくらい当然だよ。こちらに怪我人はでていないな?」
「はい、僕たちは大丈夫です」
初戦闘を無事終えたスカイたちは、少し浮かれていたのかもしれない。そのせいで警戒を怠ってしまった。
「ぐっ……」
「がっ」
「キャー」
「どうした!」
誰かのうめき声のあと、ニーナが叫ぶ、どこからか矢が撃ち込まれてくる。
「ローザとリッキが!」
「みんな防御態勢っ、敵襲だ」
後方から奇襲をされたことにより、後衛のローザとリッキが敵の弓矢を受けてしまった。スカイは急ぎニーナの元へ駆け寄り、飛んでくる弓を叩き切る。スカイはニーナを狙われたことに怒り、とっさに爆裂ブレスを撃ち放つ。
怒りに任せて全力で撃ち放った爆裂ブレスは、スカイの想像をも超えた威力で周辺の木々を薙ぎ払い大地を揺らし地面を抉った。
何人いたかはわからないが、これでは誰一人生き残っていないだろう。砂埃が治まるころ、スカイも冷静さを取り戻す。
「ローザとリッキは!」
「大丈夫、息はあるわっ。エリアハイヒール」
ニーナが上級広域回復魔法を唱える。
「ニーナ様、ありがとうございます」
「申し訳ないっす。助かったっす」
「はあー良かった。痛いところはない?」
「大丈夫です」
「ええ、むしろ以前より好調な気がするっす」
リッキは、少しお道化て言ってみせた。
「その調子なら大丈夫そうだな。それにしても油断した。すまない」
スカイは、自分の気の緩みに負い目を感じ頭を下げて、ローザとリッキに謝った。
「団長止めて下さい」
「ローザさんの言う通りっすよ。団長のせいじゃないっす」
「団長!」
そんなやり取りの中、今度はパレルモから大声で呼ばれる。
なんだ、今度はどうしたんだ? とスカイは新手が現れたのかと思い焦る。
「どうした、なにがあった? これは……」
パレルモに呼ばれスカイがそちらへ行くと、先程捕らえたはずの盗賊三人が血の海の中に倒れていた。
「申し訳ありません、団長。さっきの襲撃の混乱に便乗して逃げ出そうとしたので、つい殺してしまいました」
パレルモは、状況を説明し謝ってくるが、それは仕方がないことだとスカイは言ってやる。
「そっか、わかった。お前たちの身の安全が優先だから気にするな」
「ありがとうございます、団長」
さっきは自分が謝り、許され。今度は謝られ許し、なんだか変な気分になったスカイであった。
「兄さん、とりあえずここは急ぎメルの村に戻ろう」
「ああ、そうだな」
まだ伏兵がいるかもしれないので、考え事をしている場合ではなかった。
「みんなすぐに戻るぞ。周囲の警戒を怠らず四方防御陣形で帰還するぞ。悪いがニーナ、捕虜を頼む」
「うん、任せて」
「パレルモたちは中央を、ヴィルは先行して前方の安全の確認を。殿は俺が務める」
「承知しました」
「承知……」
そのあとは新たな襲撃もなく、無事森を抜けることができた。平原に出たためそれぞれ馬を召喚し、捕虜を縄で引いていく。捕虜たちは、スカイたちの召喚を見てえらく驚いている様子だった。あの女神様曰くこの世界の魔法が衰退していると言っていたが、召喚も珍しいのだろうか……スカイは、魔法が今後の強みになるかもしれないと思い、その有効活用の方法を考えることした。
それを前提にするとさっきスカイが撃ち放った爆裂ブレスは、凶悪な魔法だろう。捕虜があれから大人しく従っているのは、それに恐怖しているのかもしれない、とスカイは思った。あれは、明らかにオバーキルだった。大地が抉れ矢を放ってきた盗賊の死体すら発見できなかったからだ。
ミルの村にスカイたちが戻ると、住民たちが集まりだし歓声をあげた。結果をガンダー村長に報告すると大層喜び、今夜は村を上げて宴を開催することになった。
捕虜とした盗賊たちの監禁場所を決めてその準備をしたり、今回の報酬をどうするかなど話し合っていたらあっという間に時間が過ぎて宴の時間となった。
スカイはあまり祝う気になれず、宴会の輪から離れ、民家の壁にもたれながら考え事をしていたら、ニーナが近寄ってきて声を掛けてくるのだった。
「こんなところで一人何しているのかな?」
「ん? ああ、ニーナか」
「もしかして……今朝のことを考えていたの?」
ニーナは、スカイの考え事の内容を予想してそう聞いてきた。
「ああ、油断したせいでリッキとローザに怪我をさせてしまったからね」
「戦闘なんだから無傷で済む方が難しいんじゃない?」
「それはわかっているつもりだよ。だけど、そうじゃないんだ……」
あのとき、スカイは自分の都合の良いように考えて作戦を立てた。
「ガンダー村長からは数十の傭兵と聞いていたのに、十五人で全てだと勘違いしてしまったんだよ。ちゃんと考えれば、別の場所にもいることを視野に入れて、奇襲に備えた作戦だって考えられたはずだ」
ニーナは、何も言わずスカイの話に真剣な表情をしながら耳をかたむけている。
「それに怪我をしたのがニーナだったらと考えたら、俺は……」
「大丈夫」
ニーナは、それ以上言わなくていい、というように人差し指をスカイの口に押し当てた。
「その気持ちは嬉しいけど。そんなに私たちって頼りないの?」
ニーナは、悲しそうな、でもはっきりとした声色でスカイに聞いた。
「そんなことはないよ。頼りにしている。俺一人じゃあの数を捕縛することはできなかった」
ニーナの悲しそうな表情はそれでも晴れない。どうやらスカイは、返す言葉を間違えたようだ。
「確かに、私たちは全てスカイくんに任せたよ。でも、それはスカイくんの作戦通りで良いと思ったからなの。トモちゃんだってそうだと思う。パレルモ君たちもきっと同じだと思う」
「そうなのかな」
「私が言いたいのは、スカイくんの提案に乗った私たちにも責任があるってことだよ。一人で思い込まずに相談してほしいの……だって、仲間なんだから」
ニーナの言葉にスカイは、心にかかっていた雲がどこかへ飛んで行った気がした。スカイは勝手に自分を追い込み、周りから非難されているのではないかと勘違いしてしまっていた。
「団長、そんなところで何やってるすか? もしかして、お邪魔だったっすか」
リッキがスカイとニーナを見つけて声を掛けてきて、何を勘違いしているのか下品な笑みをしている。
「それより、みんながあっちで待ってるっす。今回の主役がいないんじゃ盛り上がらないって騒いでるっすから」
強引に腕を掴まれたスカイは、宴会場に引っ張り戻されてしまった。
「おお、スカイ殿。待っておったぞ」
ガンダー村長は、スカイが貴族だとずって疑っていたが、高価な装備品を得られるだけの凄腕の傭兵であると納得してもらい、敬語を止めてもらった。お調子者のリッキがスカイの肩をバンバン叩きながら「団長が貴族とかうけるっす」と言いったのがかなり効いたようだった。それほどこの国の貴族は、軽々しく接することができない存在なのだという。
「申し訳ない。色々と考え事をしていて」
「そうじゃった。明日はラムールにいくんじゃったな」
「ええ、元とはいえ敵国側の兵士だった訳なんで、その報奨金が欲しくてね」
金持ちのスカイたちにとって捕虜の報奨金などに興味はない。それは建前で、ラムールへ行く口実である。セラムルシオーナ神皇国へ行くことを諦めたスカイ俺たちは、拠点が欲しい。メルの村は人口が二〇〇人程度と小さく、店もあまりないため拠点には向かない。それならば、人口が一万を超えるラムールの町へ行って拠点にできるか試しに行ってみることにしたのだ。
「この村の恩人に十分な報酬を支払えないわしを許してくれ」
「それは言わない約束じゃないか。この宴で十分だよ」
宴は、夜更けまで続いた。
――――――
「あー、頭が痛い……」
スカイとトモエたちが宿屋の食堂で遅めの朝食をとっていると、こめかみの辺りを押さえながらニーナが二階から降りてきた。
「飲みすぎなんだよ」
スカイは、席をニーナに譲り水を渡す。
「ありがとう」
「普段からあんなに飲むのか?」
「ううん、飲み会のときくらいしか飲まないわ。昨日はちょっと、ね」
「それならいいんだが」
実際、スカイにはわからないが、戦闘のストレスでもあったのかもしれない。あのトモエでさえ酒を飲んでいた。
「トモちゃんも沢山飲んでいたのになんで大丈夫なのよー。それとも前も結構飲んでいたとか?」
「いえ、未成年でしたのではじめてですよ」
「種族的なアレかもな」
やはり、ドワーフ系は酒に強いのだろう。
スカイは、ドワーフが酒に強い特性を持っているためそれを言ってみた。
「えー、トモちゃんズルいよぉ」
「そう言われても……体質」
「それよりシルはどうした?」
降りてきたのは、ニーナだけでシルの姿が見えない。
「頭痛が酷いらしく、まだ寝てるわ」
「キュア……」
「あ゛!」
ニーナは、自分で大声を出したくせに、頭を押さえてうずくまる。
「ヴィル、どういうことだ?」
「キュアを使えば宜しいかと……解毒効果……」
ヴィーヴルのこの一言で全てが解決した。
「ヴィルちゃんありがとなのです。回復したのでーす」
「うん、ヴィルちゃんありがとね」
「いえ……私はなにも……」
シルはいつものように元気な様子に回復して、ニーナと共に朝食をかき込んでいる。
朝食を済ませたあと、装備を整えたスカイたちは、馬を召喚してからガンダー村長に出立の挨拶をすべく、村長宅へ向かった。
「どうしたんだろう」
「村長が気を利かせてくれたのかもよ」
納屋に監禁していたはずの捕虜たちが、村長宅の前に座って並ばされているのが見える。ニーナが村長の指示だろうと言うが、それを監視するように兵士のような恰好をした男たちの姿も見える。数は二〇人かそこいらだろうか。
「いや、称号がラムール辺境伯兵士となっているし、あの数だから村の要請に応えてきたのかもしれない」
スカイは、透視スキルによりその男たちの正体を見破る。
「本当だ。いまさら来ても遅いって」
「そう言ってやるなよ、ニーナ。話は俺がするからみんなは、ここで待っていてくれ」
みんなの方を振り返りスカイは指示を出し、そのまま兵士のところへ行き声を掛ける。
「みなさんごきげんよう」
「何者だっ」
「おー怖い怖い。そんなピリピリするなよ。そこの盗賊たちを捕まえた傭兵だよ。それから後ろにいるのは俺の仲間だ」
「なんだと。それは本当か?」
「嘘をつく必要はないと思うが?」
「そこで待っておれ」
うーん、ちょっと偉そうにしすぎたかな。勝手なイメージだが、なめられないようにスカイは、傭兵っぽく演じてみたのだった。
一応、信じてもらえたとスカイは思う。話しかけた隊長の称号持ちの兵士が、他の兵士に向かって頷くと、兵士の一人が村長の家の中に入って行った。
「入れ。後ろの仲間たちもだっ」
数分後、家の中から戻ってきた兵士がそう言ってくる。スカイは、ニーナたちに手招きをして全員で中に入る。
家の中に入ってみると、村長の他にプレートアーマー姿の男が八人いた。いや、その中に一人だけ女性がいた。「ナターシャ・ラムール」名前を確認して厄介ごとにならなければ良いな、とスカイは自分たちとは関係が無いようにと願うのだった。
「ガンダー村長、こちらの方たちは?」
視線がスカイに集まるが、彼が知っている顔はガンダー村長だけなので、状況を説明してもらうべくスカイはガンダー村長に声を掛けた。
「スカイ殿、よく来てくれた。ラムール辺境伯様が要請に応えてくれてこの騎士様たちを派遣なさってくれたんじゃ」
やはり騎士だよな。でもマントを羽織っているのが二人しかいない。平民でも騎士になれるのか、とスカイは自分の心のノートにメモをつけるのを忘れない。
「村長、そこからは私が引き継ごう」
そう言ってナターシャ・ラムールがスカイたちの方へ一歩前へ出てきた。黒髪に栗色の瞳をしており、ぱっと見日本人っぽく見えるが、彫りが深く目鼻立ちがはっきりしており黒髪洋風美人だな、とスカイは思った。
「私は、ナターシャ=ラムール。ラムール辺境伯軍の第七騎士団の団長を務めている」
「どうも。俺は、竜風装傭兵団団長のスカイだ」
ナターシャの自己紹介を真似る感じで、スカイも自己紹介をする。本当は、竜風装騎士団なのだが、傭兵で騎士団は、話がややこしくなるため傭兵団と名乗っておくことにした。
「貴様無礼であるぞっ」
「何がだ」
「なっ、貴様! ラムルー辺境伯の御息女であられるナターシャ様になんたる無礼っ」
「よいっ」
若い騎士が一人、スカイに突っかかって来たが、ナターシャが手を上げて静止をしたのでスカイは続ける。
「俺たちは傭兵だ。べつにあんたらに忠誠を誓っていないんでな」
この前説明してもらったことは、こういうことで良いんだよな?
ガンダー村長の方を見るが、なんだか冷や汗をかいているのは気のせいだろうか。
「まだ言うかっ」
「ベイツっ、私がよいと言っているのだ」
「ナターシャ様、しかし……」
「くどい」
「はっ、失礼しました」
なんだろこの感じ……もしかして、俺やらかしたか……スカイは冷汗をかく。
ベイツと呼ばれていた若い騎士意外の五人もスカイのことを睨み付けている。マントを羽織った貴族と思われる壮年の騎士だけが、探るような目つきをしている。気になったスカイは、透視スキルでその壮年の男を確認して驚いた。
【名前】ジェイク = ヘイルウッド 【年齢】四十五歳
【称号】騎士爵 ラムール辺境伯軍、第七騎士団副団長
【レベル】51
【能力】総合 B
なんだこのおっさん、フロリバでいったら、騎士隊長クラスの能力だぞ。なんでこんな辺境の盗賊狩りに来てるんだよ。
「スカイといったか……」
ジェイクのステータスに気をとられていたら、気付かないうちにスカイは、ジェイクを凝視しているかっこうになってしまい、そのジェイクがスカイに声を掛けてきた。
「ああ、あんたは?」
既に知っているが、透視スキルのことは言えないので、そうたずねる。
「ワシは、ジェイク・ヘイルウッド。第七騎士団の副団長を仰せつかっている。それよりもワシの顔に何か着いておるのか?」
なるほど、俺に見られていると思って声を掛けてきたのか。
「この中であんたが一番強そうだなと思ってな」
「ほお、スカイとやら。お主にはわかるのか」
「まあな」
今度は、ナターシャがにやりと笑い、話に割って入ってきた。そのナターシャ自身もレベル三〇でそれなりに強い。役職と能力が逆なのは、貴族の階級差のせいだろうか。それとも護衛かな、とスカイは勝手な想像をする。
「ナターシャ様、このスカイとやらは相当ですぞ。下手したらワシでも勝てないかもしれない」
「なっ、そんなにか! そうかそうか」
今度は、嬉しそうな笑みを浮かべる。
総合Aランクのスカイは、ジェイクと倍のステータス差がある。そのため、スカイが下手してもジェイクが勝てることは絶対にないのだが、それを言えるわけもなく事の成り行きを見守る。
するといきなり、ナターシャがとんでもないことを言い出した。
「よし決めた。お前には私の婿になってもらう」