020話 生きるために
うっそうと茂るメルクの森を東に向かうこと一時間、途中野生のシカやイノシシがいたが、モンスターの類は現れなかった。
「こういう時の俺たちってダメダメだよね」
「それは仕方がないわよ。現代社会に生きていたら野生動物を狩ることなんてないんだから」
ニーナの従者、シルが仕留めたシカをパレルモたち槍兵が血抜き処理を行い、スカイたちの前で解体をしている。
フロリバでモンスターの魔石を取るための解体は、もっぱらスカイの仕事であったが、ゲームなので血が出るどころか体温を感じることさえなかったのだ。
試しに、見よう見真似でスカイは手伝おうとしたが、生暖かい生物の感触に腰が引けてしまい、かえって解体の邪魔をしてしまった。そのため、潔くそれをパレルモたちに任せている。
「それにしても、食料のことも考える必要があるのか」
「いまさらそれを言ってもしょうがないよ、兄さん。食べ物だけじゃなくて水も確保しないと」
「そうよっ、私は、もう喉がからからで干からびちゃうよおー」
生きることは食べること、とはよくいったものだ。スカイは、自分の考えの甘さに歯噛みする。
ニーナのことを守ると言ったばかりなのに、モンスターに殺される前に喉の渇きで死んでしまう。
「ニューゴッド様、それであればこちらを」
クララが革袋を持って来て、それを丁寧にニーナに差し出す。
「なにこれ?」
「血抜きの際に集めましたシカの血に御座います」
「ひっ……え、遠慮するわ」
ニーナに断られ、クララがシュンとしてしまう。それをみて居た堪れなくなったスカイは、思い切ってシカの血を飲んでみることにした。
「か、閣下!」
「う……」
奪うようにとってしまったため、クララが驚いている。それにしてもこれは……。
「スカイくん大丈夫?」
「うまいぞこれっ」
生暖かいが、血生臭い感じはせず意外に飲みやすい、とスカイはもう一度口をつける。
「閣下それ位にした方が……」
「ん、どうしてだ?」
あまりの勢いでスカイが飲むものだから驚いているのだろうか。
「あまり大量に飲まれると悪い虫に呪われます」
それを聞いてスカイは盛大に噴き出した。
「うわっ、スカイくん、汚いよおー」
「兄さんサイテー」
近くにいたニーナは、自分にその血が吹きかかってないか確認するようにしながら後ずさる。
トモエは、スカイをジト目でみた。
「そ、そういうことは早く言ってくれよっ」
「も、申し訳ございません、閣下っ」
クララは慌てて頭を下げてスカイに謝罪する。
「閣下、どうしましたか」
騒ぎを聞きつけ、解体作業中のパレルモがスカイたちの元へ駆け寄ってきた。一連の話を聞きパレルモもスカイに謝ったが、話を聞かなかったのが悪いと、スカイは下げた頭を上げさせる。
それから詳しく話を聞いてみると、クララは、脱水症状の防止を優先し、応急処置として少量だけ飲ませるつもりだったらしい。
悪い虫に呪われるというのは、恐らく寄生虫のことだろう。少量であれば問題ないということで、嫌々ながらもニーナやトモエも少しずつ飲み、喉の渇きを潤した。
そうして、スカイがアレを思い出したのは、そのあとであった。
「あっ…………」
「どうしたのスカイくん?」
「いいか、これから俺が言うことを聞いても怒るなよ」
「なによ、その意味深な言い方」
何事かとニーナは構える。
「ウォーターの魔法使えば解決じゃないか?」
「「あああー」」
スカイの発言にそう叫んだのは、ニーナとトモエである。
「なんでそれは先に言ってくれなかったのよおー」
だから怒らないでくれとスカイが念押しして言ったのだが、ニーナは凄い剣幕でスカイを責める。ニーナも気付いていなかったのだが、ここはいつも通りスカイが謝ることになった。
子爵であるスカイが騎士爵のニーナに為す術もなく平謝りしている姿は、パレルモたちにはどういうように見えるのだろうか、とスカイは考えながら、ニーナの怒りが治まるのを待った。
「ぷはー、ああ生き返るわ」
「うん、おいしい」
「あの、僕たちまで良かったのでしょうか」
「なぜ、遠慮する。気にせず飲みなよ」
ウォーターで出した水は意外に美味しく、売っているミネラルウォーターより甘みがあった。
パレルモたちが遠慮してきたので、気にせず飲んでもらった。
フロリバでは、戦闘以外の手段として魔法を使用したことが無かったため、気付くのが遅れた。これなら、ファイアは、焚火や料理の火としても活用できるだろう、とスカイは今後の運用を考えるのだった。
スカイたちは、早速腐らないようにファイアでシカ肉を焼いてみた。まだ、お腹は空いていなかったので、焼いたシカ肉をアイテムボックスに収納してある実験をすることにした。
焼きたてのシカ肉を収納して十分ほど待ってから取り出してみると、シカ肉がアツアツだったので、アイテムボック内は、時間が停止していることも確認できた。
「なあ、シル」
「はい、なんでしょうか。スカイ様」
「また野生動物を見つけたら狩るようにしてくれ」
「あ、はい、了解なのです」
確実に食料を確保できるまでは、食料を集めようと思いシルにそうお願いをする。
「あまりシルちゃんに無理させないでよ」
「ああ、でも弓使いはシルしかいないからね」
「それなら弓兵召喚しちゃえば?」
自分の従者を可愛がっているニーナが眉をひそめてスカイに言ったが、スカイとしては現在の人材で適材適所のつもりでシルにお願いしたのだった。
それを説明したスカイに対して、ニーナは軽々しくそう言ったのだった。
「食料の問題もあるし……それなら、マジックアローでニーナも手伝ってくれよ」
「私のだと消し飛んじゃうけどいいの?」
そうだった、いくら出力を絞ってもニーナの魔法は強力なため、狩には向かないだろう、とスカイはまた考え始めるのだった。
結局みんなと話し合い、傭兵としてやっていくならバランス良く編成しようということになった。
今回召喚するのは、パレルモと同じくはじめて雇用したNPC傭兵、Fランク弓兵のリッキとEランク魔法士のローザに決めた。
「説明はこれで十分かな?」
「「はっ」」
リッキとローザにも状況と目的を説明し、そのあとは、小隊分けをすることにした。
「それじゃあ、編成を発表する」
第一小隊を中衛の俺とその従者、ヴィーヴル、前衛のトモエとその従者、ツバサ。
第二小隊を後衛のニーナ、シル、リッキとローザ。
第三小隊を遊撃としてパレルモたち四人。
「戦闘は、このフォーマンセルを基本として行動してくれ。当然だが第二小隊は、ニーナが隊長。パレルモたちは、後衛の第二小隊の護衛を基本とし適宜対応してくれ。できるな」
「はっ」
「それから、ここでも竜風装騎士団としてやっていこうと思うが、どうだろうか?」
スカイは、みなの沈黙を肯定として受け取り、話を進める。
「うん、それじゃあ、これから俺のことは、団長と呼ぶように。まだ貴族の影響力がわからないのと、家名が貴族特有の可能性もあるから、名前で呼ぶようにしよう」
これは、NPC傭兵たちに向けて念押ししておく。
――――――
そこから、メルクの森をさらに東に向かうこと一時間、ようやく木々がまばらになり森を抜けた。
転生したのが十六時位であったため、感覚的にはもう夕方なのだが、太陽は頭上の位置にある。
今は、お昼頃なのだろうか。異世界に来たのだから地球と時間帯が違っていてもおかしくはないが、時差ぼけには注意したいな、とスカイは体調管理にも注意すべきだと思った。
「うーん、見渡す限り何もないね。どうするスカイくん?」
「未開の地なのかもしれないな。とりあえずこのまま進もうか」
あの女神様もえらい場所をスタート地点にしてくれたよな。町の近くにしてくれるとか気遣いしてくれてもいいもんだ、とスカイは内心悪態をつく。
見渡しても辺り一面草しか生えておらず、建物も見えない。人間の生活圏外なのか、モンゴルの草原と言われても頷ける。
「スカイ様……馬で周辺を調べる許可を……」
「馬か……」
フロリバでの馬は、召喚獣扱いであったが、ここではどうだろう。
「そうだな。一度召喚して返還できるか試してくれないか」
NPC傭兵みたいに戻せないとなると世話が大変だ。
「承知しました……」
召喚を意味する紫色の魔法陣が出現し、ヴィーヴルの透き通った肌を際立たせる漆黒の馬が召喚される。そして、返還できるか確認した。
「よし、馬は問題ないね。それならヴィルだけではなく、シルとツバサも一緒について行ってくれ」
「わーい、了解なのです」
「それでなにかを見つけた場合は、どうすればいいんじゃ?」
シルは、なにがそんなに楽しいのか嬉しそうにしていた。一方、ツバサは、どう対応すべきかとスカイに聞いてきた。
「ニーナ、どうしよっか」
「え、私に聞くの? そういうのは、スカイくんに任せるよ」
まさか話を振られると思っていなかったニーナは、一瞬声が裏返っていた。
「俺ばかりが決めている気がするからさ。トモエはどうだ?」
「兄さんが団長なんだから、それでいいじゃない」
ふむ。全て俺に決めろと言うが、俺だって判断を間違えることくらいあるんだがな……スカイは、信頼されている証拠だろうと考え、どう対応するか考えることにした。
「うーん」
スカイはひとしきり唸りながら考える。モンスターの類であれば、戻って来てもらった方が良いだろう。人に会っても言葉が通じるか不明な以上、戻って来てもらうしかない。そうなると結論は……。
「色々考えたが、なにかを見つけたら戻って来てくれないか? その方が安全だしね。俺たちはこのまま東に向かって歩いているからそのつもりで」
「了解じゃ」
「じゃー行ってくるのです」
「シルちゃん気を付けてね」
「はーい」
「それではスカイ様……行って参ります……」
「うん、宜しく頼んだよ」
ヴィーヴルは、馬に跨ったあと無言で頷き、そのままシルとツバサを引き連れて平原の彼方へ駆けて行った。
「なあ、パレルモ」
「はっ、なんで御座いましょうか」
スカイは、声を掛けただけなのだが、パレルモは駆け寄ってきて、これから突撃を命じられる兵士のように片膝をつきかしずいてくる。
「ただの傭兵にかしずくやつがどこにいる。固すぎだっ。ついさっきも言ったじゃないか、もっと楽にしろ」
「そう言われましても、長い間扱えしている身としては急に態度を変えることはできません」
「逆の発想をしろ。長い間一緒に戦ってきた仲じゃないか。そう考えると友達みたいなもんだろ」
「閣下……団長と友達なんて」
「それとも俺と友達は嫌か?」
「い、いえ、そのようなことは……わかりました。僕と団長は友達です」
パレルモは、少し考えるような素振りを見せながらも、最後はスカイの提案を受け入れてくれてはにかんだ。
スカイは、今まで気にしたことが無かったが、こうやって笑っているのを見るとパレルモの表情にあどけなさがみてとれた。
「それでパレルモは、いくつなんだ?」
「僕は今年で十六です」
うーん、若いな、とスカイは唸る。
設定では、スカイも十五と若いのだが中身は二十六でパレルモとは十も違う。
他のNPCにも聞くと、だいたい同じような年齢で、Eランク魔法士のローザだけ二十歳だった。
偶然かもしれないが、歳を重ねた分経験があるからランクが高いのかな。確かBランク騎士の中に渋いおっちゃんがいたからそうかもしれない、とスカイは勝手に結論付けた。
そのあとも、他愛もない話をしているとヴィーヴルたち三人が戻ってきた。
「無事に戻ったな。どうだ、なにか見つかったかい?」
スカイがそう確認すると、ヴィーヴルの口角が上がったので、良い報告が聞けそうだと期待する。
「真っ直ぐ進んだ丘の向こうに……木製の壁で囲われた村を発見しました」
「おお、よくやった。それで、ここからは近いのか?」
そろそろ歩くのも疲れたので、近いと嬉しい。
「馬で十五分くらいじゃ」
馬で十五分だとすると、歩くと一時間はかかるな。パレルモたちに騎乗スキルは無いが、念のため聞いてみる。
「パレルモたちは馬に乗れるか?」
「恐らくみんな乗れると思いますよ、団長」
パレルモが他のNPC傭兵たちに確認をしてくれて、問題なくみんな乗れることがわかった。
フロリバでは、騎士階級しか馬に乗っていなかったが、それだけだったのかな。よくよく考えてみれば、移動手段が馬や馬車しか無い世界で徒歩だけでは辛いものがある。
収集癖のあるスカイは、馬も余分に持っていたため、パレルモたちの分を召喚し、みんなそろって村のある方角へ向かうことにした。
「ああー、気持ちいねー」
「ん? なにか言ったか」
馬上からニーナがなにかスカイに言ってきたが、風の音でスカイは聞き取れなかった。
「気持ちがいいって言ったのー。風を切るってこう言うことなのかしら」
「ああ、そうだなっ。馬でこれなら空を飛べたらもっと気持ち良さそうだっ」
「そうよね! 落ち着いたら早く実験を再開したいなっ」
「スカイ様……そろそろです……」
スカイとニーナがそれぞれの感想を言い合っていると、ヴィーヴルが馬を寄せてきて、目的地が近いことを知らせてくる。
「おお、あれだな」
小高い丘を越えた向こうに、川が流れており、それを囲うように数十の家らしき建物が見える。そのまた周りを木製の防壁が囲っている。その周辺には、農地のような耕された土地が見える。
「門のところに人集りができているが、なにかあったのか」
まだ、距離があるためよく分からないが、スカイたちの方を見ている気がした。何人かがスカイたちを指すような動作をしていることから気のせいではない、とスカイは理解した。
「僕が先行して様子を見てきます。マウリ行くぞっ」
「はい」
「身の危険を感じたらすぐに引き返してこいよっ」
「わかりましたっ」
パレルモがマウリと二人先行して人集りができている門のところへ駆けて行く。
残ったスカイたちは、用心のために馬の速度を落とし近付く。
パレルモたちの様子を見ている限り、危険は無さそうだった。村人らしき人たちとなにやら話し、数分後スカイたちの元に戻ってきた。
「どうだ、言葉は通じたか?」
「はい、言葉は通じたのですが、なにやら要領を得なくてですね……どうやら僕たちを待っていたとかなんとか……」
言葉が通じたことは、嬉しい知らせだが、待っていたとはどう言うことだろう。パレルモもよくわからないと言うことで歯切れが悪い。
「とりあえず、みんなで一緒に行ってみよう」
近付いて行くとガヤガヤ騒いでいた人たちが静かになり、道を開けるように人集りが割れ、村人たちはかしずいていく。
誰かと勘違いしているのだろうか。スカイが訳もわからずどうしようかと悩んでいると、奥の方から周りより少し身なりの良い立派な顎髭をした老人が近づいてきて、スカイたちの目の前で立ち止まりそこままかしずく。
「騎士様、お待ち申しておりました。こんな辺鄙な村のためお越しいただき感謝の言葉しか御座いません」
ん? 騎士……やはり誤解があるようだ。ここで訂正するのも面倒なので、スカイはとりあえず話を聞くことにした。幸い貴族の真似事が最近だいぶ板についてきている。
「うむ、良かろう。先ずは詳しい話を聞きたいのだが」
「ありがとう御座います。それでは、私の家でご説明いたします」
やはり、村長なのだろう、見た限りでは、一番大きな家の中へと案内される。
「挨拶が遅れました。私は、このメルの村で村長をしております、ガンダーと申します」
「俺は、スカイだ。こいつらの団長をやっている」
「なんとっ」
どうしたんだろう? ガンダー村長は、顎が外れたかのように大きく口を開け固まってしまった。
そして理由はすぐに判明した。
「まさか騎士団長様直々にお越しいただけるとは……」
ああ、そういうことか、さっきも騎士がどうのと言っていたっけか?
「ガンダー村長。申し訳ないが、あなたはなにか勘違いをしているようだ。団長と言ったが、単なる傭兵団の長なだけだ」
早く誤解を解くべく、スカイは決めていた設定を話す。
「傭兵団ですと? そんなバカな……その立派な鎧に騎士の証であるマントを羽織っていては信じられません」
そう指摘されて、スカイたちは自分たちの装備を見下ろした。
ミスリル製のプレートアーマーで、マジックアイテム化した際に留め具にマナタイトを使用しているため宝石のように輝いている。そして、俺のイメージカラーである青いマントには、金の刺繍で俺の旗印にしている悠然と大空を飛んでいるドラゴンが描かれている。
ちなみに、ニーナとシルは、緑色のマントに空を舞うシルフ、トモエとツバサは、水色のマントに金槌を持ったゴーレムが描かれている。
NPC傭兵のパレルモたちでさえ、鉄鋼のプレートアーマーに俺と同じマントを羽織っている。
ゲームの世界では、ビジュアルも大事であったため結構豪奢なデザインの装備が当たり前で、その辺りの配慮が欠けていたことにいまさらながら気付いたスカイたちであった。
呼び方がどうのという前に、周りからどう見られるかも気をつけないといけない、とスカイは反省する。
先ずは、ガンダー村長の誤解を解かなくては……。