002話 冒険の始まり
2018/7/17ステータスの数値とランクの相関に誤りがあったため修正しました。内容に変更は御座いません。
夕日が辺りを真っ赤に染める頃、帰宅ラッシュの満員電車から揉みくちゃにされながら、やっとのことで駅のホームに一人の男が降り立つ。
「いやー。この時間はやたらと混むな」
その男の名は、青木翼、零細企業といっても過言ではない小規模商社の営業マンで、普段はこんなにも早く帰路につくことはない。人手が足りず仕事量が多いために、いつも終電間近まで残業しており帰宅ラッシュには慣れていない。
翼は、決して顔立ちが悪いわけではないが、ぱっとしないどこにでもいるような青年で、年齢は二十六と若いのだが、毎日残業で食生活が乱れているせいでお腹がどんどん重くなり身長も一六〇センチと男性にしては低いため、いずれボールになってしまうのではないかと心配になる体型をしている。
では、そんな翼が早く帰った理由とは何だろうか。それは、『フロンティア・オブ・リバティ』(通称フロリバ)という、今日からサービスを開始するフルダイブ型VRMMORPGをプレーするためである。
キャッチコピーは、『君の意志で自由を掴め!』で、プレイヤーの意志次第で色々なことがでる世界初メインクエストが無いタイプのMMORPG。
ただし、ある程度の行動指針的なものが運営から発表されている。例えば、傭兵として己を鍛え、好きな国に士官をして立身出世を目指したり、商人プレーで大富豪を目指したり、またはそんな彼らを標的とした盗賊プレーのような悪役になることもできる。
それに、この手のゲームで定番といえるモンスターや魔法が存在し、中世ヨーロッパのようなファンタジー世界が舞台であるため、より自由度が高く非現実的な世界を楽しめる。日々のストレスを発散させるのに持って来いのタイトルで、発表当時から楽しみにしていた。
コンビニでパンでも買って帰るかな、少しでも早くフロリバをプレーしたい翼は、簡単に夕食を済ませるためにコンビニへと立ち寄る。
やっぱり無難に傭兵プレーから始めて、色々と試してみるかな……さすがに盗賊とかは柄じゃ無いしな、とプレースタイルのことを考えながら、翼はカゴにお茶と菓子パンを適当に放り込む。
「あれ? 翼くんだよね?」
翼が会計のために列に並んでいると、見知った顔が入口から近付いて来て彼の名を呼んだ。
新渡戸奈々、彼女は、お互いの家が隣どうしという理由で小さい頃から翼とはよく遊んでいた仲だ。世間一般的にいう幼馴染である。ただ、社会人になってからは顔を合わせる機会が減り、今日会ったのだって一年振りだろうか。
うむ……、昔から可愛いかったが、綺麗になったというべきだろうか、と翼はそんな評価をしてみる。
肌は透き通るように白く、肩先で切りそろえられた清潔感のある黒髪ストレート。きれいな鼻筋に小さな口、黒目の部分がやや大き目な瞳をしており、全体的に整った顔立ちをしている。仕事帰りなのだろう、翼と同じ黒を基調としたスーツ姿だが、彼とは大分違った印象だ。彼の体型と奈々のそれは対照的で、一七五センチでメリハリのある身体はまるでモデルのようである。
翼は、当然見上げるようにして目を合わせ挨拶をする。
「おー、久しぶりだね。奈々も仕事帰り?」
「そうだよ。それにしても本当に久しぶりだね。仕事が忙しいとは聞いていたけどこの時間ってことは落ち着いたの?」
「いや、今日は待ちに待った新作ゲームのサービス開始日だから特別かな」
「相変わらずゲーム好きなんだね。……もしかしてそのゲームだけど「お次のお待ちのお客様」――」
奈々が何か言いかけていたが、会計の順番が回ってきたようで、奈々には悪いと思いながらも久しぶりの再会よりも、フロリバを優先し翼は会話を切り上げる。
「呼ばれたから悪いけどまた今度」
「えっ、あ、そうだね。また今度ね」
翼の素っ気無い態度に呆気にとられていた様子の奈々だが、仕方がない。彼の頭の中は、フロリバでの冒険で頭がいっぱいなのだから!
翼は、自宅に着くなり簡単に夕食を済ませ、自室のベッドの上に座りながらフルダイブ用ゲーム端末を頭に装着してそのまま横たわる。起動後フロリバを選択しゲームを開始する。
このフロリバのキャラクター作成は、これまた一風変わっており、名前、性別と年齢の基本三項目の他に、バランス、物理特化、魔法特化と支援特化の四項目からプレースタイルを選択する以外は、脳波からなりたい自分なるものを自動感知し作り上げる、斬新というか大分アレなシステムをしている。
運営から発表されている種族は、ヒューマン、ドワーフ、エルフ、獣人と魔人の基本五種族で、それ以外はゲームを始めてからのお楽しみとされている。
入力項目が少ないため、翼は予め決めていた通りさっさと入力をして最終フェーズへと進む。
「――以上で全ての設定が完了しました。最終確認です。プレイヤー名は、『スカイ』で宜しいでしょうか」
男性とも女性とも聞こえる中性的なシステム音声の後に、「はい」と「いいえ」の仮想パネルが目の前に表示される。
短編小説かとも言える長い利用規約を読まされた後のこの質問……、はやる気持ちを抑えきれない様子で素早く「はい」のパネルに触れる。
「承認されました。それではこれより『フロンティア・オブ・リバティ』の世界へ転送します。あなたの意志で自由を掴んでください」
そんなこと言われなくても掴んでみせるさ、と翼はこれから始まる冒険に期待を膨らませる。急に眩い光が辺りを照らし視界が奪われる。いよいよ開始だ。……ほんの数秒後暗転し、また数秒後にゆっくりと視界が回復してくる。
やがて視界が回復し、「おぉぉ……」非日常的な様子を目にし、思わず声を漏らす。
辺りを見渡すと、いかにも魔術師です、と己の職業を体現するように杖を片手に目深にフードを被った人や、獣人と言われる人間のそれではない耳を頭に乗せ、尻尾を左右上下に振りながら歩いている人が目に入り、ゲームのファンタジー世界に来たことを認識させる。
暫く辺りを見渡し街並みを楽しんでいたが、翼もといアバターであるスカイが立っている場所は、新規プレイヤーが転送されてくる場所であるようで、時間を追うごとにどんどんプレイヤーが転送されてくる。そこは町の広場というにはいささか狭く、滑り台と砂場しかない小さな公園もかくや、転送されてきたプレイヤーであっという間に埋め尽くされた。
「そろそろ移動したほうがよさそうだな」
スカイが適当な場所を探していると、周りのプレイヤーも思い思いの方向へ足を向けだす。彼も比較的他のプレーヤーがいない方へ歩き出す。
「ステータスオープン」民家だろうか、軒先に置いてあった木箱の上に腰を落ち着かせ、早速ステータス画面を呼び出す。
表示されたステータス画面を上から順に確認していく。やばい。年齢がデフォルトのままで十五歳だ。まあ、それはよいとして、それよりも種族はどうなったっ? 心臓の鼓動が聞こえてきそうなほど胸の辺りが熱くなり、緊張しているのをスカイは感じる。そして種族の欄を確認し目を見開く。
【種族】竜人族
ヨッシャーと右手でガッツポーズを作る。基本五種族意外のためレア種族を引き当てた。
種族によっては、気に入るまでリセットを繰り返そうと覚悟をしていたが、その場合は、入力項目は少ないが利用規約の確認が長いため、やり直しには約三〇分かかる。そうならずに済み一安心だな、とスカイは安心する。
竜人族か、ドラゴンに変身して空を飛んだりできるのかな。
よしよし、幸先は好調なスタートだ。その他はどんな感じかな。
スカイは、ワクワクしながら自分のステータスを確認する。
【名前】スカイ 【性別】男性 【年齢】十五歳
【種族】竜人族 【称号】冒険者
【レベル】1
【体力】100/100(D)
【魔力】120/120(D+)
【能力】総合 D
腕力:110(D)
知力:110(D)
素早さ:75(D-)+5
器用さ:65(E+)
物理耐性:80(D)+5
魔法耐性:85(D)+5
幸運:165(C)
【スキル】
竜化魔法(G)、火魔法(G)
【魔法】
ドラゴンフォーム、ファイア
【加護】
竜神の加護
「おお、これはかなり強いんじゃないか!」
詳しくは調べていなかったが、スカイは覚えていることを思い出してみる。
確かランクは、G、F、E、D、C、B、A、S、SS、SSSの十段階で、Gから順に強くなっていく。これはプレイヤーだけではなく、モンスター等も同じ基準であったはず。つまり、下から四番目のDランクということは、序盤の戦闘で苦しむことは無さそうだということを意味している。
それに『竜化魔法』、想像通りに空を飛べるかもしれないとスカイは思い、自然と頬が緩むのを感じる。
詳しい効果を調べるのは後にして、先ずはクエスト受注と情報収集から始めるとしよう。だって、お楽しみは後にとっておきたいしね。想像以上の高ステータスにスカイの足取りは軽い。
恐らくNPCだろう、道行く人にここがスカラーランド王国のペンシルという町ということを教えてもらった。町といっても僻地といってもいい位の田舎町であるため傭兵ギルドは無く、仕事等の情報は酒場に行くしかないということも教えてくれた。
「始まりの町だから小さいのは仕方がないよな」
スカイは教えてもらった情報通り酒場を目指し歩いて行く。
「さすがファンタジーの酒場だな」
早速酒場にやって来た。中に入って感じたのは、よくアニメ等で目にするような光景で、革製の鎧を着こみ剣を腰に差した柄の悪そうな人たちが、酒を片手に騒いでいる騒がしい酒場。ゲームの中での飲食ってどんな感じなんだろう、後で試してみよう。クエスト受注と情報を仕入れるために、店主らしい大柄で厳つい顔をした親父に声を掛ける。
「すみません。ちょっとお伺いしたいのですが」
「いらっしゃい、うちのエールとオーク肉は最高だよ。食事か? それとも他に用があるか?」
「食事は済ませたので結構です。クエストについて聞きたいのですが」
オーク肉とか気になるけど今は後回しだな。スカイは一先ずクエストのことを聞いてみることにした。
「討伐クエストのゴブリン狩り、討伐クエストのウルフ狩り、採取クエストの薬草採取、採取クエストの魔草採取の四クエストから選んでくれ」
「先ずは小手調べにゴブリン狩りにしようかな」
「ゴブリン狩りは、このペンシルの東側にあるインクの森に生息している。そこのゴブリンを五匹倒してくれればいい。もう一度説明するか?」
「いや、大丈夫です」
「クエストの内容を確認したくなったら、クエスト欄の説明欄を確認してくれ。では、討伐クエストのゴブリン狩りを受注するか?」
なんだろう。ゴブリン狩りにするって言ったのに再確認されてしまった。なんか少しめんどくさい。
スカイはムッとした表情をする。
「はい、受注します」
そう答えて直ぐ、視界上部に『討伐クエストのゴブリン狩りを受注しました』というテロップのようなものが流れた。
「ふーん、こういう仕様なのか」
説明書を読まないタイプの性格のせいか、一つずつスカイは確認していく。
「あっ、すみません」
聞き忘れていたことを思い出し、スカイはもう一度酒場の店主に声をかける。
「いらっしゃい、うちのエールとオーク肉は最高だよ。食事か? それとも他に用があるのか?」
「え……。いや食事はさっき断ったじゃないですか。マジックショップの場所と後竜人族について何か知っていることはありませんか?」
酒場の店主は、最初と同じ反応と台詞を繰り返してきた。
そのやり取りに辟易するが、他の魔法を手にいれるために場所を知りたいのと、スカイの種族である竜人族が、この世界ではどういった立ち位置なのか知りたいため、その感情は無視する。
「ここにマジックショップは無いよ。王都スカラーかブックのような大きな町に行くしかないな。ここペンシルの北の街道を進むとブックがある」
「そうですか、残念です。ありがとうございます」
しばらく、ユニーク魔法であろうドラゴンフォームとファイアで頑張るしかないかな。
「他に聞きたいことはあるか?」
あっ、駄目だ。なんかイラっとした。竜人族についても聞いたのに……。
「竜人族についても聞いたじゃないですか」
言葉遣いは丁寧なままだが、イライラしているのを隠しもしない。これで知らないとか言われたらキレてしまいそうに眉間をピクピクさせ始めた。
「おにーさんっ、もしかして説明書とか読まずにいきなり始めちゃったりする人ですか?」
スカイが酒場の店主の反応にイライラし始めたとき、その声に振り向いてみると、満面な笑みをした少女がそこに立っていた。