017話 ドラゴンサモン
従者を作成してから三か月がすぎ色々なことがあった。
スカラーへ行き魔法ギルドの試験を受け、研究所の使用権を得たスカイたちはマジックアイテム作成の資料を調べた。そこで魔法定着に必要な合成素材がマナタイトだということはすぐにわかった。
ただし、その装備品を作成するには、鍛冶魔法と合成のスキルをBランクまで上げる必要があった。
そのため、トモエは装備作成に精を出し、鍛冶魔法と合成のスキルがもうすぐBランクになろうかというとき、スカイたちはマジックショップでエアルという上級風魔法を見つけた。
興奮したニーナは、後先考えず二〇万ゴールドを注ぎ込み試したものの、結果は失敗で大泣きして慰めるのに何時間もかかったりした。
そもそも、エアルは、宙に浮かぶ魔法で空を飛ぶことはできなかったのだ。
それならば、エアルとウィンドを各部位に付与すれば浮力と推進力を得られるのでは? と試しているものの結果は芳しくない。
スカイはというと、傭兵ランクをCまで上げ、NPC傭兵を用いて国境線の小競り合いイベントに参加したりして過ごしていた。
所属としては、ブック傭兵ギルドを離れ、直接ブック伯爵と契約するまでとなり、なんと騎士爵を下賜された。
新しい発見としては、貴族になると家名を名乗れるようで、安直だがスカイはブルーウッド家と名乗ることにした。
そのときのトモエの視線がひどく冷たく、スカイはかなりのダメージを負った。
スカイにはそんなつもりはなかったのだが、トモエが傭兵の名前をツバサにしてアピールしたことの当てつけと思われたのだろう。いい加減お互い白状すればいいのだが、なかなか素直になれないでいる。
現実で少しずつだが会話できるようになってきたので、もうしばしの辛抱だろう。
そのあとも戦果をあげ続けた結果、傭兵ランクはBとなり、ペーパーウェイト鉱山のふもとにある小さな町ロックを下賜され、爵位も準男爵、男爵と順調にいき、子爵まで上がった。
子爵となってから他のプレイヤーからは、「下剋上のスカイ」という微妙な二つ名で呼ばれるほど有名となった。子爵の次が伯爵となるため、伯爵以上になるには、ブック伯爵を倒すか王と契約を結ぶ必要があるためである。
更にスカイたちは、自分たちの傭兵ギルドを立ち上げ、「竜風装騎士団」と名乗ることにした。
かなりの入団希望者がいるのだが、面接でスカイが出すお題「空を飛ぶためにどこまでできるか」をクリアできるプレイヤーがなかなかおらず、未だ新規加入者は〇人である。
そのことをアレックスに話すと、これまた周りがぎょっとするほどの大声で腹を抱えて笑うのである。
アレックスは、王都スカラーを中心に活動しており、既にスカイの十倍の領地を治める辺境伯にまでなっている。
実力主義のヴァルード帝国との国境線を守る辺境で、ヴァルード帝国のプレイヤーがひっきりなしに攻めてきてそれを撃滅していたらあれよあれよと爵位が上がっていったそうだ。
それに、プレイヤー千人以上を抱える大手ギルド長兼領主でもあり、ユニーク種族が他に三人おり、軍勢の総数が二十八万とスカラーランド王国のNPC兵士の総数三十万まで肉薄している。
アレックスとしては、新しく国を作る予定で、スカラーランド王国を害するつもりはないらしいが、それも怪しいところだ。
スカイもビルディングシステムで治めている町の柵を木製から石造りの城壁にしてみたがかなり大変だった。
一から町を作ったりするのは俺からすると想像もできないが、やはり数の力があればできるのかな。なかなか侮れない存在である。味方のうちは良いが敵となったらと考えると恐ろしい。
そんなことを思い出しながら今日の盗賊退治を終えて、自分の館に戻ってきた。
「兄さんお帰り」
「トモエか、ただいま。これ凄い威力だったよ」
スカイは腰に下げていた一人振りの剣を抜き身に見せる。
剣の周りが赤いオーラに包まれており、魔力の圧力を感じると錯覚するほどにうねるように魔力が剣の周りをうごめいている。
「うん、渾身の出来だから」
トモエは、鍛冶魔法と合成のスキルがBランクまで上がっておりマジックアイテムを作成できるまでになっていた。
千人以上のNPC傭兵用の装備を合計五千を軽く超えて作成したため当然なのだが、苦行だったことは想像に難しくない。
「そうだ、ニーナはどこだ?」
「いつもの草原でまだ実験中だと思う」
「そっか、見せたいものがあるから一緒に付いて来てくれ」
トモエたちを連れて、ニーナがいると思われる平原まで向かうことにした。
そこは、ロックの南の林を抜けたところにあるため騎乗して向かう。道中モンスターが現れるが、ヴィルが短剣を投擲してあっさり屠る。
林を抜けて平原まで至ると、丁度ニーナが勢いよく地面に衝突し突っ伏しているところだった。
「あわわ、お姉様大丈夫ですかー」
慌ててシルが駆け寄り、引き起こそうとする。
「大丈夫か?」
スカイは、馬上からニーナに声を掛ける。
「いろんな意味で大丈夫じゃない……」
シルが腕を持ち引っ張るが、ニーナは寝そべったままだ。
「でも勢いよく飛んでたじゃないか」
「もー、スカイくんの意地っ。飛んでいたんじゃなくて、勢いよく落下したの、落下!」
急に立ち上がり涙目になりながらスカイの言葉に反応する。
「ごめん、真剣なのに軽薄だったよ。休憩がてら見てほしいんだが大丈夫かな」
「別にいいわよ。本当のことだし……。それで見せたいものって何かしら?」
「ついに俺の竜化魔法がBランクになったんだよ。それで新しく覚えた魔法が当たりかもしれないんだ」
スカイはそう言って、ニーナたちにステータス画面を見せた。
【竜化魔法】竜族の魔法が使用可能。ランクが上がるにつれてできることが増える。可能性は扱う者の意志に影響され無限大。
New! 【ドラゴンサモン】
竜化魔法の上級魔法。ドラゴンの真の姿を召喚させ身に纏う。
「スカイくん、これはドラゴンフォームと何が違うの?」
意外とみんなの反応が薄い。
「ドラゴンフォームは竜族の力を宿すだけだろ。範囲を全身にまでできたが、見た目がいかにも竜人になっただけで、このサモンならドラゴンそのモノになれるから飛べると思っているんだが……」
「軽い身体で飛べなかったのだから、大きくなっても無理じゃと思うが」
めったに話さないツバサにそう突っ込まれる。
「ツバサ、それ以上は兄さんがかわいそう」
トモエにまで同情されてしまう。
「ああー、いいよっ。今から試すから結論をそう急がないでくれよ」
今度は、俺が泣きたくなってきた。ニーナはいつもこんなみじめな思いをしているのだろうか。そうスカイは思ってニーナの方を見るとニーナが近寄ってきて、ほら泣かないのヨシヨシと言っている。
「ニーナ、これで俺が飛べても恨みっこなしだからなっ」
スカイは、強がってみるが試す前から自信がなくなってきたようだ。
そうしていても埒が明かないので、スカイはドラゴンサモンを選択しさっさと実行することにした。
その瞬間、スカイを中心に半径十メートルほどの巨大な紫色の魔法陣が発生する。
「みんな、魔法陣から離れて」
予想よりその魔法陣が大きく、みんなが魔法陣内にいたためスカイはみんなを離れさせた。
みんなが離れてすぐ魔法陣の輝きが強まり、みんなを見下ろすようにスカイの目線が高くなる。
輝きが納まると、スカイの姿がドラゴンに変わっていた。体長は十五メートルほどで、ドラゴンフォームのときと同じような青い鱗に全身が包まれているのが見て取れた。
「うわー大きいよ、お姉様っ」
「そ、そうね。これはなら本当に飛べるかもしれない。スカイくんどんな感じ? 翼は動くの?」
なにやらニーナが叫んでいるが、よく聞こえない。身体も思うように動かせずスカイは異変を感じた。
『汝ガ我ヲ呼ビ覚マシ者カ』
スカイの頭の中に誰かのくぐもった声が響く。聞き辛いがそう言ったのだとスカイは理解できた。
すると、スカイの意志とは関係なく首を捩らせ、口の中から発光する何かに気付く。
ドラゴンの姿になったスカイの身体は、スカイの意志とは関係なくニーナたちに向けてドラゴンブレスを撃ち放とうとしているのだった。
「なんか、兄さんの様子がおかしい」
「げっ、あれってまさかドラゴンブレスじゃないかしらっ。私たちに向けて撃つつもりじゃないわよね」
「さっき……珍しく怒ってた……本気かも……みなさん逃げた方が宜しいかと」
「ヴィルちゃんはどうするのよっ」
「ドラゴンフィールドを展開します」
みんながヴィーヴルの後ろに隠れるのがスカイから見えた。ドラゴフィールドで守るつもりなのだろうが、ドラゴンサモンによって、ステータスが大幅上昇したブレスを防ぎきれるわけがない。
スカイは必至でブレスを撃つのを止めようと抗うと同時に、ドラゴンプロテクションをみんなにかけようと試みた。
「みなさん……来ます」
ドラゴンブレスが放たれるが、直撃コースを外れて地面を抉りその衝撃波がヴィーヴルのドラゴンフィールドを襲う。黄色からオレンジ、そして赤色になりはじける瞬間、新しいドラゴンフィールドが展開されてる。
――――――
「ここは……」
辺りを見渡すと、平原のようだがさっきニーナたちといた場所とは明らかに違う。
そしてスカイの目の前には、さっきドラゴンサモンでスカイがなった姿より一回りも二回りも大きいドラゴンがいた。
「ココハ我ノ世界ゾ」
「あなたは?」
透視スキルを使用しても何も表示されない。
「我ハ汝、汝ハ我。我ヲ倒シ汝ノ力トセヨ」
つまり自分自身なのかとスカイが考えているとドラゴンは、翼を広げ空高く舞い上空からドラゴンブレスを撃ってきた。
「なんじゃそりゃあああー」
上空に行かれては、スカイに成す術がない。
なんとか、スカイはドラゴンフィールドでドラゴンブレスを防いだ。
攻撃するにしても魔法は、ケイヴンドランと同じで効かないだろう。そうスカイは考えて妙案が浮かんだ。
ファイアストンでは効果がないだろうが、今の合成魔法のランクはDで魔法を四つまで合成できる。
ドラゴンの攻撃をなんとか凌ぎながら、合成する魔法を手持ちからスカイは考えていく。
防戦一方で考えるのも大変だったが、なんとか考え効果的な魔法を三つ決めた。
上級土魔法メテオストライク、中級氷魔法アイスジャベリンと初級補助魔法アクセラレート――魔法名は「メテオジャベリン」。
上空からの圧倒的な質量、槍のような鋭さに速度を加えて避けるすきを与えさせない魔法。スカイの今の魔力量では一発撃つのが限界だろう。これを外したらスカイの負けが確定する。
何度も窮地に陥ったことはあるスカイだが、プレイヤーとの戦争でも死んだことない彼は、その自分自身に負ける訳にはいかなかった。
タイミングを計りながらその時を待つ。
「いまだっ、いっけえええ!」
ドラゴンブレスを撃つべくタメの姿勢にはいったところへメテオジャベリンを発動させる。
正にスカイのイメージ通り、遥か上空から十数もの炎に覆われた槍のような巨大な岩が凄い速度でドラゴンへ迫る。
その威力は絶大で、ドラゴンフィールドに阻まれるかと思われたが、炎の効果を保ったままドラゴンを串刺しにしていく。
それをまともに受けたドラゴンは、力なく墜落し土ぼこりを巻き上げる。
ドラゴンのもとへ近寄るとまだ息があるようで、何事かを言ってくる。
「汝、我ヲ倒セシ者。我ハ汝ノ力トナルコトヲ約束ス」
それだけ言って、ドラゴンは輝き粒子となり、その粒子は俺の中へ飛び込んできた。
粒子の光が全身を包み、その光が納まったかと思うと、スカイは空にいた。
「うわあああー!」
ドラゴンの姿をしており、一所懸命翼を羽ばたかせるが空を飛ぶどころか、勢いを消すこともできず地面に衝突しドラゴンサモンがとける。
「いてて、あ、痛くないか」
一瞬痛いと錯覚するも、ゲームなので痛みは感じない。ただ、空から落下したことでスカイの心臓はバクバクである。
「ちょっとーさっきのアレはなんなのよ、もう」
座り込んでいたスカイは、近寄って来たニーナにグーで軽く頭を叩かれてしまった。
「え、アレってなに?」
話を聞いてみると、ドラゴンの姿になったと思ったら、いきなりドラゴンブレスを撃ってきて、ヴィーヴルがとっさにドラゴンフィールドを展開して防いだと説明してくれる。
「ヴィルちゃんが守ってくれなかったら私たち死んでたわよ」
「いえ……私のは突破されました。……スカイ様のドラゴンプロテクションがなかったら……はい、死んでました」
「まじか……」
ブレスを撃つのをなんとか抗い、ドラゴンプロテクションをかけられないか考えていたが、後者の方は上手くいったんだなとホットする。
「それにしても残念だったわね」
「ん、何がだよ?」
「何がって……。一瞬、宙に浮いただけですぐ墜落しちゃったじゃない」
ニーナがそう残念がるどころか嬉しそうな笑みを浮かべて勝者のように言ってくる。
はて? 一瞬とはどういうことだろう。
「なあ、俺がドラゴンサモン使ってからどれくらい時間が経ってるんだ?」
「三分くらいだけど……兄さん大丈夫? 頭打った?」
「そんなバカな!」
トモエが心配してきたが、それよりも三分しか経っていないだって……。
スカイの体感では十分以上は戦っていた気がする。
ドラゴンの世界だったか、そこでの出来事をみんなにスカイが説明すると、ものすごく心配されてしまった。
トモエは、演技も忘れて、ログアウトして一緒に病院へ行こうと提案してくるほどだった。
スカイは、何か変わりがないかステータスを確認してみた。
「あったっ。これ、これを見てくれ」
称号を見てみると……
【称号】Bランク傭兵(竜風装騎士団ギルド★)、子爵、ロックの町領主
竜神を倒せし者
「うわ、本当だ。てか、加護してくれてる神様を倒すってどうなのよ」
「知らんよっ、強制戦闘みたいな感じだったし、倒せと言われたんだよ」
「それにしても、兄さん。よく倒せたね」
「ああ、それはな……」
「スカイ様……ですから……」
ヴィーヴルよ。それは説明にならんよ。
「それより、もう一度試してもいいかな?」
「「「「「だめ」」」」」
パーティーを組めばダメージは入らないのだが、みんなに断られてしまった。その場からみんなを返し、スカイ一人残ってドラゴンサモンを再び使う。
大きな翼を羽ばたかせていざ大空へ飛び立とうと、しきりに動かすが一ミリも浮かなかった…………。何度も、何度も試みるが結果は変わらない。
スカイが空を飛べる日は、本当にくるのだろうか。