白い球根
天気の良い日のことです。
花壇の前にしゃがみ込む男の子と会いました。
「どうしたの?」
「これ」
男の子は目の前の花壇を指さしました。
小さな指の先には、たくさん水仙が咲いています。
しかし、ぽっかりと穴が空いたように土が見えている所があります。
「あのね、ぼくがずっとそだててたんだけど、このこだけね、めをださなかったんだよ」
「そうなんだ」
「うん。だから、かなしいなあって」
男の子は土をつまらなさそうに見ていました。
「ねえ、どうしてめをださなかったの?」
ぽつりと、男の子が呟きます。
「ぼく、たのしみにしてたんだ」
花がない所に向かって、男の子は語りかけます。
「ほかのことおんなじだったのかな。ぜんぜんちがうこだったのかな」
「周りの水仙と同じなんじゃないの?」
「うん。でも、めがでなかったからわからない」
周りに咲いているのは水仙です。
芽が出なかった所に植えたのも、水仙です。
しかし、芽が出て花が咲かなければ、それが水仙かわからないと男の子は言います。
「このこは、どんなこだったのかな」
男の子はぎゅっと眉を寄せました。
「ぼく、このことあいたかったな」
しぼり出すように男の子は呟きます。
「あっ」
突然、男の子ははっとしました。
「もしかして、このこは、つちのなかがいやだったのかな」
土が見えている所を真っ直ぐ見つめます。
「ほかのこといっしょにつちにうえたけど、つちじゃないこだったのかな」
男の子は眉を八の字にしました。
「ぼく、このこにひどいことして、だからめをださなかったのかな」
「どうだろう? そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。難しいね」
唇を噛んで、男の子は考えました。
「うーん」
男の子は考えます。
「ううーん」
ぐっと身を乗りだして、花壇に頭を突っ込みながら考えます。
「うーんうーん」
芽を出さなかった所をじいっと見つめながら考えます。
「うん!」
そして、手で土を掘り始めました。
小さな手が土で汚れていきます。
「みつけた!」
男の子が身体を起こすと、その手には土まみれの球根がありました。
芽を出さなかった球根です。
「ごめんね」
男の子は球根に顔を寄せて、そっと囁きました。
爪の間には土が詰まっています。
「ぼく、あらってくる!」
男の子は元気よく駆け出します。
近くにある水場に行くと、優しく球根の土を落とし始めました。
「いいこ、いいこ」
男の子が土を落としていくと、球根がその姿を見せてきました。
水に濡れて、つやつやと輝いています。
「きれいになったね」
男の子は手のひらの球根を真っ直ぐ見つめています。
小さな手にのった球根は真っ白でした。
まだ何も知らないような姿です。
「ぼくね、きみにあいたかった」
男の子は球根に語りかけます。
優しい声でした。
「きみはどんなこなのかなって、たのしみにしてたんだ」
男の子は球根に語りかけます。
球根は輝きを増したように見えました。
「だからね、まいにちみずやりして、こえをかけたけど、いやだったかな」
男の子はちょっと沈んだ声を出しながら、球根の先をつつきます。
球根はぐらぐらと揺れ、まるで頭を振っているようです。
「ぼく、きみのこと、なんにもしらないんだ」
男の子は真剣に語りかけます。
球根は男の子の声に、じっと耳を傾けています。
「だから、おしえてほしいな」
男の子はちょっと照れたように笑いました。
そんな男の子を、球根はじっと見つめます。
「きみは、めをだすの? はながさくの? そのままなの?」
男の子は楽しそうに体を揺らしています。
手のひらの上で球根も揺れます。
「ね、おねがい……あっ!」
そのとき、球根から何か飛び出しました。
男の子はあっと驚いて、そして飛びっきりの笑顔を浮かべたのでした。
水仙の球根の芽が出なかったのは実話。
そういうこともあるだろうと特に気にしていませんでしたが、その球根を掘り起こしたときは少し寂しかったです。
掘り起こした球根は、植えたときと同じ姿でした。
これは、そんな出来事から作られたお話です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。