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彼の者は往く  作者: 菜月水仙
第2章「過去との闘争」
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第2章 第13幕「反撃の狼煙」

第十三幕「反撃の狼煙」


「我は信じない、人間が結婚した後に幸せになれるわけがない」


それはベルフェゴールに纏わるお話、悪魔達の座談でとある議題《幸福な結婚はあるのか》というものに対してわざわざ彼は人間界に降り、ありとあらゆる人間の私生活を見てきた。


その答えは〈ない〉と言うものだった。

最初に見た家庭では夫に実権があり、妻に手を出し挙句に子供にさえ…

次に見た家庭では妻が実権を持っていた。夫は尻に敷かれ、妻が欲したものはすぐに買いに行った。例えその着飾りが夫に向けではなく違う男に向けてのものだと知っていても。


他にも教育放棄、事故によるどちらかの欠如、負債を抱え込み借金をし最後には首を吊ったり、周囲の家からのあらぬ噂によっていじめられる家庭もあった。


それは多くの家庭を見てきた。どこかのバカ兄弟の一人が言っていた。

〈人間とは素晴らしく、僕は嫉妬してしまうよ〉と

何を抜かしたことを、現に幸せな家庭はなく、日々どこかの家庭で涙は流れている。これのどこに共感を覚え、素晴らしさを知り、尊さを抱えるのだろうか、真なる幸福は己自身で掴み取る。他者に幸福を預けることなど《怠惰》に他ならない。


ーーー


「貴様らそれまでか?人間の尺度で強き者だった奴はもう少し粘っていたぞ?」


我の眼下では、複数の神が地に伏している。その姿は神と呼べず、ただ愚かな人間のようだった。


「ではまず一人消すとしよう。そこの水神でいいだろう」



周囲の風が力を増す。立ち上がることも、立ち向かうこともできず、ただただそこで見ていろと言わんばかりの強引さで奴は歩く。

死の鎌を持つ神は一歩、また一歩と歩いてくる。その歩が対象者の前に止まればその者の命は直ちに刈り取られる、それが神であったとしても。


「貴様が今回の大将というのは依り代の中から見ていたから知っておる。昔から戦とは難しいものよ、偉き者が打たれればその軍は滅ぶというのに、後ろで指揮していたら内部から馬鹿にされる。己自身がその立場に立ったら何もできんのに批判する、怠惰な者達」


立ち抗うことも出来ない水神の前に立ち、自分の経験談を語る神は少し上機嫌だった。


「やはり人を貶す話が好きみたいなんだな」


「好きも何も、それが生きがいだ。それだけは明言してもいい、我が生まれ今まで生きてきた意味とは怠惰とは何かという疑問を解くことではなく人間という愚かな存在を眺め、楽しむことだったのだ」


「それは娯楽というんじゃないか?」


「そうとも言うか、しかしならば遊ぶことが生きることと言えるのだろう」


「そんな主神居てたまるか」


「アァ?我になんと言った下級神の分際で」


「居てたまるかと言ったんだ」


「小蝿よりも弱き者が小蝿よりも威勢がいいことだ。貴様ら一族滅ぼすぞ?」


「それは脅しか?なら言っておこう。これは遊びじゃなくて真剣そのものだと」


「真剣そのもの?自由に立つ事も出来ずに何を言う」


「遊びで生きてる神なんざに負けたくないと言うことだ」


「小蝿以上に勘違いしているが、遊んでる事は弱いことではない。実際、身で感じておるだろう。余裕がないことを、遊べると言う事はつまり強いと言う事、強いが故に遊べるのだ」


「遊ぶがために生まれ、遊ぶがために生きてる神なんざ誰もいらないって言うことがまだわからないのか?」


「貴様とは平行線のようだな。よい、分かり合えぬ人種、いや神種がいることも知っていた。寛大なる処置、貴様の命を取り己の掲げることが正しいと証明しよう」


長く続いた睨み合いは、突如として終わりを告げた。それはベルフェゴールによる強引な幕引き、分かり合えないと知ったら己にとって必要のない存在を消すと言う今までと変わらないことを繰り返そうとしていた。


「さらばだ、抗弁を垂れた若き神よ」


振り落とされるのは存在を刈り取る鎌、当たれば消え失せる。そう当たれば。


直後鎌を持っていた右手が、いや右腕が消し飛ぶ。しかしなぜ起きたのか主神は瞬時に理解した。


「ほう、あの風に対し動けるとは小蝿よりも優秀ではないか」


まだ余裕な笑みを浮かべている神に対し、彼らは動く。


ベアーは身体に炎を纏い、周囲の温度を上げ、ベルフェゴールの暴風服を剥ぎ取る。

ポセイドンは水を操り、鎌を無力感化し、アテナ、ヘラクレスは武器を持ち突撃し、それをヘルメスが投げナイフでカバーする。


多彩で最も効果がある攻撃だった。問題があるとすれば奴が錬金術を使えたと言うことだ


「見る事叶わぬ深淵の先よ、万人の血を啜り、億人の智慧を結集させた石よ、今ここに練りて金を作る秘術の先を体現させよ」


強く握りしめた左手を天に掲げ詠唱する悪魔。それは錬金術の先、いわば昔の人々の悲願。その伝説の品物が姿を現わす。


「貴様ら人間がなぜこの石を手に入れることができなかったのか、それは単純明快。貴様らが食に飢え石を選ばずバナナを得ようとしたからだ」



神話の一つとして《バナナか石か》という選択を人間はさせられたという。バナナを選んだことにより人間は養分が必要になり、すぐに枯れてしまい、子を為さなければいけないようになってしまったと言われている。


「だからこそ人々は懇願するのだ。この石に、この賢者の石に」


紅く反射するその石は卑金属を貴金属に変化させることが出来ると呼ばれているが、その行程はどうゆう物か多くの者は知らない。


「知らないからこそ金属を手に入れるための品物と勘違いする愚か者が多い。これの使い道はまだ他にもある、この場で適した解はこれである」


強く握りしめ遂にはその石を砕け散らせた神はニヤケ顔である。


万人の血、いわゆる人のDNAを記録するこの媒体にはあらゆる人の記憶が詰まっている。

億人の智慧、人間の生命的に残されている記録の上に生きるために必要な知識が詰まっている。


この飽和しそうな記憶媒体で何を作ることが出来るのか、無から有を作り出すのは不可能。ならば元に戻す事は可能なのだろうか。


「錬金術の元となる考えは分解と構築、この世界の全てはそれでできており、人間も例外ではない。ならば今ここでこの記憶媒体を解体した、ならばつぎに構築されるものはなんなのか。考えた事はあるか?」


笑うことを我慢しようとしているのだろうがそれは溢れ、歪み、邪悪な悪意を持った笑みに変化していた。


「賢者の石を作るときに成功の副産物と言われる物がある。それは知性を持ち、感情もあり、話すこともできるが人間とまでは呼べない。だからこう言った。ホムンクルスと」


砕け散った紅の石から手が、足が、頭が、体が生える。その数三人、しかし形は完全なら人間ではなくいわゆる奇形児に分類されるような容姿であった。


「オギャァァ!」「ウギャァァ!!」



生まれたての人間は何故泣く事しか出来ないのか。それは声帯の不慣れ、存在を知らせる一つの行動と呼ばれている。しかし当の本人に意識があり、喋りたいことが言えない《声帯の不慣れ》が事実ならそれは凶悪である。その知識が両親の行ってきた記憶なのかそれとも輪廻転生説ならば言わずもがな。



「我が下僕なるホムンクルスに勝てるのであれば再挑戦してやろう」


そういうとベルフェゴールは後方に下がっていく。それと比例しホムンクルスは前に歩き始め…


「お前ら」「殺す」「骨も」「残さない」


三人が交互に声を発し一文を伝える。

直後に手が多い《手人》は土と炎を操り攻めてくる。それを足が多い《足人》が風と熱冷を扱いカバーする。

顔が多い《顔人》は水と湿乾と愛憎を持ち入り二人とは違う動きをする。



ポセイドンは三人に対処すべく即座に行動するが、ヘルメスは風にやられ、アテナとヘラクレスは土で足止めされ、ベアーは水に押さえつけられ、スパットはヘルメス戦で起きた風圧により着弾地が変化してしまい攻撃できず…詰みの流れ確実に来ており、その1手がいつやって来るのか。ただ言えるのはどちらかの詰みはまだ決まってない。なんせ、


3名のホムンクルスの首が消し飛んだ。



「悪夢はもう飽きた、これから始まるのは綺麗でスカッとする喜劇だ」


意味を守ることさえ出来なかった英雄が戦場の有利不利を変えていく。それはあの時の少女のために自分ができる最大の贖罪と知っているから。

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