第2章 第11幕「ラストバトルは唐突に」
第十一幕「ラストバトルは唐突に」
「よくここまできたねェ。英雄さん」
「あぁ、紆余曲折してやっと黒幕さんだ」
「勝手に黒幕って決めつけられるのは心外だからとりあえず意見を聞こうかァ」
「ふざけんな、これは推理小説じゃない。強いて言うならばお前をぶち殺す痛快バトル小説だよ」
「…変わりましたねェ」
「何がだクソ野郎」
「もしくは変わらないとやってけないィ。そんなところでしょうかァ?」
「散々クソ野郎の声を聞いてきたんだ。前向けねーときぐらい一つ二つある」
「あのとき一緒に混ざりたかったんだけどねェ」
「安心しろ、あの場に関与してなくても打ち首だ」
「それは嬉しいことだァ」
英雄は武器を二つに分ける。
怠惰は片腕を合掌の所作のように動かす。
「勝ったら官軍、負けたら賊軍…分かりやすいだろう?」
「ましてや7対1なのに格好がいいことですゥ」
右手に大剣、左手に細剣を持ち英雄は前を睨みつける。
周囲にあった空気というものを成形するために必要な元素を集め怠惰は嗤う。
ーーー
先手を打ったのは英雄、策を練ったのは怠惰
勝つのはどちらか
ーーー
怠惰は集めた元素を小分けにしこちらへ飛ばしてくる。問題があるとすれば集めた元素によって被害のレベルが変わってくる点のみ。
飛んで跳ねて立ち止まって伏せてと動き回り、右へ左へ上へ下へと方向も一定にせず動く。
剣できることも体が触れることも禁じ得る。難易度が高い弾幕ゲーに思えてきた。そんな雑念を覚える頃には奴との近さが刀身五つ分ぐらいになっていた。
「捕まえた!!」
速度を上げつつも動き回るその姿はまるで
「蜚蠊か何かかなァ?ましてや逃げてないしィ。あと足元注意ィ」
戯言に耳を貸すほど余力があるわけなく、そのまま駆け抜けようとするも足が滑った。
「自分の目だったらあと2、3秒早く気づいただろうねェ。問題があったとすれば俺の発言かなァ?」
ニタニタと嗤いながら一歩、また一歩と
こちらに向け歩いてくる。
「たらればの話をする気は無い」
「なら死んでもらうよォ?」
周囲の土が盛り上がり、英雄に向かって落ちてくる。
「残念だが、それも毛頭ない。フォスオーロの能力そのままなら攻略できる」
そう言うと立ち上がり剣を一振りする。
仮定であるがフォスオーロの力で動いていた土はあくまで地面と繋がっているという前提条件がある。槍のような形状をした土も能力で飛ばす、操ると言う類ではなく、ただ自由落下した結果に過ぎない。ならば
「ならその根元を切ればただの土だ」
「フォスオーロの穴を探したのですかァ。さすがですねェ。ですがァ、根元を操り切られた土と繋げればもっと悲惨なことになると思わなかったのですかァ?」
嘲笑う怠惰は一つの仮説を口に出す。
「例えば根元の土が伸びて散らばっている土に繋がるとかァ」
直後、地面が蠢くのを足から感じる。
「確かにそこまで考えてなかった…なんせ吹き飛ばしたのは茎じゃなくて根元から先なんだからな」
動かした先に土がないことを知った奴は舌打ちをし、次に水を起こす。
「下は泥濘みィ、上は水の槍ィ。どうだいィ英雄ゥ!!」
「逆にこれでよく討ち取れると思うよな」
泥濘みは流血を吸い取り、赤くなった土で慣れた。水の槍は剣を振れば消える。
奴の顔がさらに険しくなり、次に発生したのは炎だった。
「これで終わりだァ!!」
「三流のモブレベルにおれはブチ切れてたのか?」
三度剣を振る。すると炎はたちまちと消え底に残ったのは恨めしそうにこちらを見やる怠惰。
「合わせ技もやってこい。全て斬れ伏すから」
「…お前は怠惰をどう思うゥ?」
ただ立ち尽くす奴はそう呟いた。
「次は時間延ばしか?」
「そう思いたいなら結構ゥ。躱しながらも語るだけですゥ」
「なら遠慮なく」
剣を握りしめ加速する英雄に対し攻撃的な事はせずただこの一撃、その一撃を防ぐために奴は能力を使う。
「そもそも1番最初の怠惰とはなんなのかァ。そもそもの由来はなんなのかァ。俺と同じく怠惰を知ってるお前ならわかんだろォ?」
「生憎、答えられる解答を持ってないからお前を切り捨てるが答えと受け取っていいぞ」
尚も斬ろうとする英雄を見据え怠惰は語る。
「…そもそも人間の感情での怠惰とはァ、ただの面倒くさがりの意味を持つゥ。学ぶ事を、動く事を、考える事を面倒くさがるそんな意味で使っているゥ」
「実際それが真実だろ」
「いいや英雄ゥ。間違ってるゥ、間違っているんだァ。ならばなぜそもそも面倒くさいと感じるゥ?人間とは一度体験した事、考えた事、知り得た事に対して関心を持たなくなるゥ。これが続くことで人は《面倒くさい》と思うようになるんだァ」
考えている顔をしながら斬りつけてくる英雄を躱しながらも語る。
「ただでさえ一度行えば飽きるのにそこに《簡単な道》があると知ってしまったらどう思うゥ?今までやってきた事が全て否定され馬鹿らしく思えてしまうゥ。結果的に人間という物は重複するのも近道するのも怠惰へ繋がる一つの過程なんだァ。《怠惰》とは面倒くさがることではなく否定されるのが怖くて何もしないことを指すんだァ」
「一理あるかも知れないが、なら万物、いや万人全てに《怠惰》という禁忌を持っているということになるぞ?」
「その通り、その人個人の環境、実力、人脈、感情によってさらに過程が複雑化して《怠惰》にたどり着くだろうゥ」
「なら一つ疑問がある。なぜお前は人間を物と呼び、自分たちはそれじゃないという風に語る?」
「それは言えないが元となった事は言えるゥ。今までの話はあくまで人間のみにスポットを当てた話だァ。この世界にはもっと怠惰に繋がる道があるゥ」
「例えばなんだ」
「例を出すならばァ、免罪符さァ。あれは己の罪を免れるために作られた紙ィ。それを買い、自分は救われると思っていた市民が大勢いたなァ。他にも宗教そのものに罪を免れる方法があるらしいしなァ」
「己の罪を神に免れてもらう。これをお前の中では怠惰なのか?」
「そりゃそうだろうゥ!神に祈れば人を殺してもいいのかァ?神に願えば家畜を殺していいのかァ?断固違うと俺は言うゥ。神という免罪符を作り己の罪を己自身で見ないように消していくゥ。これを《怠惰》と言う他無いだろうゥ!!」
熱弁する怠惰に向けさらに攻撃をし続ける。
「だが祈りだけでは食は、飢えは解消されないぞ」
「確かにそうだァ。だから暴食とはいつも戦争紛いなことまでするゥ。奴の顔は見たく無いねェ」
「なら怠惰、お前が人間達に、いやおれ達に何を言いたいんだ?」
その時会話と常に鳴り続けていた金属音が止んだ。
「君達はまた怠惰をしているゥ。己自身で知る事を面倒くさがり、ケイタイという物で次は怠惰をしているゥ。何度も行うことを面倒くさがる君達はその行いを他者に投げやって生きているゥ。そしてそれに感謝するわけもなく、ただただ[それが当たり前]だと思う貴様らに何かを寄越そうとするものかァ。そもそもこちらは働いているのに、その働きは全て貴様らの手柄になっているゥ。おかしいだろうゥ!!なぜ何もしないお前らが得をし汗を流しているこちらが損をせねばならんのだぁ!!」
その場には、最上階では叫び声が反響する。それは怒り、何もかもを面倒くさいと片付けていた奴の口から発せられた怒り。
そして奴は宣誓する。
「これから手抜きなしの冗談抜きで貴様を殺す。怠惰とは他者に否定されるのが怖い、ただの小心者のことを指す。それを助けるために俺は動いた。今からその借りを返してもらう」
奴の周囲に白い光が集まり奴を包む、シルエットだけ見え、そこには無いはずの左手と右足がまた生え始める。さらに背中には翼が生え、背は縮み…女性になっていた。
「我が名はベルフェゴール。これより人間を掃討する」
突如告げられたのは人間の絶滅。
怠惰の名を冠する悪魔が今解き放たれた。




