君の隣が落ち着く理由
夏の朝、蝉の声と眩しい日差しに照らされた部屋の中で目が覚めると、数件の着信が携帯に残されていた。
「やべぇ、今何時だよ」
時計の針は10時17分を差している。
慌てて服を着て煙草に財布、携帯という、自分の中での三種の神器をポケットにいれて外に飛び出す俺。
外のフェンスに寄っ掛かり、呆れた顔を帽子で隠す女子。
「1時間と17分の寝坊だね?私との約束より睡眠が大切なのはわかるけど、せめて寝坊は30分にしてほしいなぁ、汗だくになっちゃうよ。まったく」
「ごっめん!目覚まし気づかなかったんだ」
「いいよ、アイスと飲み物で許してあげる、さあ行こう」
俺の寝坊はいつもの事だ、そんな駄目な俺を何時も笑って許す彼女は何時も眩しい存在だった。
彼女の名は、エリ。俺の二つ上の先輩で真面目な人だ。
俺は正反対で、バイクと煙草にバイトばかりで学校でも少し浮いた仲間とつるんでいる、言わば駄目な方の人間だ。
ーー
そんな俺と先輩だったエリが出逢ったのは高校入学式の後だった。
俺は問題ばかりで地元のバカ校に入る予定だったが、そのバカ校が他の高校と統合され、偏差値があがり諦めて定時制高校を承ける事になった。
むしろ中学の教師に本気で未来を心配され高校に行く気がなかった俺の親まで呼んで三者面談に号泣するような熱血漢であった。
入学式が終わり校門の外で煙草に火をつけた時だった。
「駄目よ!校門の前で煙草なんか吸うと全日の先生に見つかるわよ」
いきなり後ろから、きゃんきゃんっと俺を叱るように話かけたお節介者がエリだった。
「前日とか、関係ないし?てか、誰?」
「私は定時制の2年のエリって言うの、其れより煙草、捨てて!」
余りにしつこく食い付いてくるエリにしぶしぶ、加えた煙草を足元に捨てる。
「これで満足ですか?センパイ」
俺の態度にムッとするエリは、煙草を拾う。
そんな時、後ろから全日制の先公が声を荒げる。
「お前ら!また煙草か」
「うわ、ダル……走るぞ」
そう言い走ってくる先公、それを見て駅に走り出す俺。
「え、ええーー」
間抜けな声をあげるエリはその場で止まっていた。
「嗚呼ァァァ、たく!」
直ぐに戻りエリの手を引っ張り駅まで走る俺とエリ。
「なんで逃げるのよ!ちゃんと謝れば済むでしょ?」
「お前さ!少し考え緩くないか、俺はともかく、先輩まで、巻き込めないでしょ!男として」
走りながら喋る俺とエリ、駅までは走って8分程、気付けば後ろには先公の姿はなくなっていた。
「はぁ……はぁ……たんま、もう走れない」
「先輩、体力無さすぎじゃない?」
「私は文系なの……肉体系は無理……」
使い方が間違ってるように感じるが俺はそんなエリに少し興味が湧いた。
「もう、君のせいで私まで汗だくだよ」
「いや、俺はそうでもないけど?」
「なんでよ!あんなに走って汗だくにならないの?」
「いや、ほら……毎日の事だからなれたって言うか?日常みたいな」
それを聞き呆れるエリ。
そんな呆れる顔を見てもっと色んな顔が見たくなった俺がいた。
「先輩、この先にゲーセンがあるんだ行こうよ」
「なんでそうなるのよ!行かないわよ」
「マジか、せっかく俺のクレーンゲームの凄さを見せてやりたかったのに」
その言葉にチラチラと此方を見るエリ。
ーー興味はあるみたいだなぁ?
「でも……先輩がゲーセン嫌いなら仕方ないな、楽しいのになぁ」
「いや、あの嫌いって訳じゃ」
ーーもう一押し!
「それに、巻き込んで悪かったから飲み物くらい奢らせて欲しかったんだけど、迷惑だよな、ごめんね先輩」
「あ、少しなら、行ってあげる」
「なら行こう!」
駅の裏にあるショッピングモールの外に作られた大型のゲームセンターの中に俺とエリは入っていく。
黒塗りの天井にライトで星をアレンジした店内には家族連れや、他の学生の姿がチラホラと見受けられた。
そんな中、俺は最初に御菓子のクレーンゲームに100円を入れる。
それを見たエリも同じく隣の御菓子のクレーンゲームに100円を入れて俺より先にアームを動かす。
エリは見事に入り口付近の小さなチョコを二つ落とした。
エリのどや顔を見て笑ってしまいそうになる俺はアームを後ろ側にあるディスプレイに狙いを定めると上手く引っ掻ける、そしてディスプレイがアームに引っ張られて前に引っ張られると其に引っ掛かったチョコが、なし崩しに雪崩となり落ちてくる。
「先輩、袋そこにあるからとって」
「え、あ……うん」
見たことないやり方に唖然とするエリの手をひき、次のぬいぐるみコーナーに向かう。
エリはカエルのぬいぐるみをずっと見ている、まるでにらめっこのようだった。
「先輩?やらないの」
「こんなデカイの取れないもん」
ぬいぐるみのサイズは横30×縦50といったサイズで差ほど大きくはなかったがアーム事態は大型だが、かなり力が弱そうに見える。
「先輩、もしこのカエル取れたらお願い一つ聞いてくれない?勿論拒否権ありでいいからさ」
「なんでそうなるのよ、待って1回やってから決める」
エリがアームを動かしアームの開く幅と降りる際の角度の変化を見る俺。
エリは足を狙ったがやはり重たいのか軽く上がるが直ぐに足が下に落ちる、それを確認したエリは頷き。
「わかったわ!なら500円で取れたらお願い聞いてあげる!でも、聞くだけよ」
「よしゃ、なら500円で6回だな」
俺は最初にエリと同じく足を狙う、しかし、エリよりもギリギリにアームを降ろし足の角度を動かす。
最初の一回目が終わるとエリはやっぱりと言う顔をするのが見えた。
次に体を狙いアームを動かす二回目も失敗に終わる。
そして三回目、俺は取れると確信していた。
ぬいぐるみを体のしたから僅かに引っ張り出されたタグ目掛けてアームを調整する、珍しく緊張するのが分かる、失敗したらまたタグが下に潜るかもしれない、そうしたらチャンスは無くなるかもしれない。
そして、ゆっくりとボタンから手を離す。
アームが開き、ゆっくりと下に降りていく、固定の位置で少し角度を変えるアームがぬいぐるみのタグと体を掴み上にアームが上がり始める。
ーー頼む、上手く引っ掛かってくる!
アームからぬいぐるみの体が外れた。
そして、全てが終わった。
「ふぅ」っと大きく息を吐く俺。
その隣にはカエルのぬいぐるみを抱えるエリの姿があった。
タグかけは、成功したのだ。
しかし、余りの重さにエラーになり、従業員のお姉さんを呼び、ぬいぐるみを貰うことが出来た。
本来は出口まで運ばないとアウトらしいのだが、しっかりと引っ掛かったタグを見てお姉さんがぬいぐるみをゲットにしてくれたのだ。
ベンチに座るエリにジュースを手渡す俺。
「ありがとう、君には驚かされてばっかりだよ」
「意外性が売りなもんで、にひひ」
ベンチに腰掛ける二人の姿は傍から見たらまるでカップルのように見える事だろう。
「そうだ、先輩?約束だよな」
「何をお願いする気?言っとくけど、Hなのは無しだからね……」
はにかむ、先輩の顔にドキッとする俺は、顔をそらす。
「な、なにいってんだよ、そんな事いわねぇよ」
「なら、何をお願いするつもり?」
「その、先輩が良かったらプリクラとか撮らない、せっかく仲良くなったしさ」
照れながらそう口にする俺に先輩が、笑う。
「あはは、なんか女の子みたいだね、意外すぎるよ」
「嫌ならいいし、いってみただけだから」
「ごめん、ごめん、笑いすぎたね。いいよ。なら行こう」
二人だけの空間に流れる音楽とアナウンス、フラッシュに照されるエリの姿に見とれる俺、不思議な空間だった。
「ほら、君も笑って?はい!チーズ」
撮影が終わるまでの5分程の短い時間でありながら俺の鼓動はその何倍もの時間を一気に迎えたかのように早くそして、激しく高鳴っていた。
外に出て落書きコーナーに移動すると二人でアレやコレやと話ながら完成させていく。
完成したプリクラを半分に切ってくれたエリが楽しそうにそれを俺にくれた。
そんな時だった。
「アレぇ、エリじゃね?あんた何?高校デビューした訳?見た目、全然違うから別人だと思ったし」
エリが下を向き口をグッと閉じる。
「冷たいなぁ、中学以来じゃん?相変わらず暗いんだから」
俺とエリの目の前に現れた三人組がエリの過去を喋り始めるとエリは黙ったままだった。
頭の悪い俺にもわかる、コイツらが少なくともエリが定時制を選んだ理由の一つだと、勝手な妄想かもしれないがその時はそう思ってしまった。
「悪いけど、今、俺達デートなんだ、またにしてもらえる?行こうエリ」
そう言いその場を離れようとする俺とエリ。
「待ちなよ?私達が話てんだよ、男はすっこんでろよ」
イラッとした。
イラつくと煙草を吸う癖がある俺は直ぐに煙草に火をつけると煙を女達に向けて吐きかけた。
「俺は今を楽しんでんだよ、お前らこそ、少し理解しろよ」
騒ぎを聞いて女達の連れが姿を表すと直ぐに状況がかわった。
「おい、いくぞ、アイツに関わるな、マジにややこしくなるから」
男達はそう言うと、女達を連れて姿を消した。
何がなんだがわからない様子で此方を見るエリ。
俺は依然、妹のストーカーをしていた男を捕まえて、顔面から歯が飛び出すまで殴り続けた事があり、地元では『怒らせると危ない奴』として有名人になってしまっていた。
実際は顔面ではなく、奥歯と前歯を折っただけだが、噂に尾びれがついて今にいたる。
ゲームセンターを出た俺とエリは近くの公園に移動した。
元気のないエリを見て心が痛くなっる。
「なんで、あんな事言ったの、嘘はよくないよ」
俯きながらそう口にするエリ。
「あのなぁ、先輩、時と場合ってあるじゃんよ」
「そうだね、それに嘘で固めた私が言える台詞じゃないね、私も自分を偽ってるし」
そう言うと涙を拭いエリが上を向いて俺に微笑んだ。
「嘘とか偽るさ、今の先輩が先輩なら良くないかな?」
「なにそれ、意味わからないよ」
「だからさ、人って変わるじゃんか、今の先輩は偽ってる訳じゃなくてかわったんだろ、ならそれでいいじゃんかよ」
「格好よすぎるから、私はそんな格好よくなれないよ」
「なぁ、先輩?もう一つお願いがあるんだ」
エリが黙って頷く。
「さっきの嘘を現実にしないか……その、先輩一人だと心配だしさ……」
「なによ……心配って、好きな人と付き合うのが幸せなんだよ?そんな心配だからなんて言われても嬉しくないし」
複雑な表情を必死に見せないように隠すエリの体は震えていた。
「俺、バカだけどさ、先輩の表情見てたら、こんな人と一緒に居たいなって思ってさ、だからプリクラなんかも誘ってみたし、初めてだったから緊張したけどさ、先輩の笑った顔見たら余計に好きになっちゃったんだよな」
「私の気持ちは無視なの?」
「出来たら今は無視したい……って言うのは嘘で何べんでもアタックするよ!諦めて頷いてくれるまでさ」
「バカ、私が折れなかったらどうするのよ」
「それでも、諦めたくない。だって先輩を好きになっちゃったんだもん」
「嫌いになったら直ぐに別れるわよ、私飽きっぽいんだから」
「俺は意外性が売りだから、飽きさせないよ」
「バカ……」
ーー
そして今日も俺達はゲームセンターに来ている。
今年でエリの定時制の夏は最後になる。
俺は3年、エリは4年だ、定時制の四年間、最後の夏休み、俺はエリと笑っている。
俺は4年になり、また夏がきた。
俺の机はエリの使っていたものだ。
「御早う、バイトお疲れ様」
「エリもお疲れ様、具合は大丈夫か?」
「うん、もう平気よ、まさか君と同じクラスになるとは、人生はわからないわね」
「いや、ここの定時制、各学年1クラスだから」
エリは夏休み明けに盲腸で入院してしまい、結果、卒業試験と単位を落としてしまい留年になったのである。
通信で足りない単位を取得する事も出来たが俺と同じ教室で一緒にいる。
「私はともかく、君が卒業出きるか私は心配だよ?」
「大丈夫、俺は意外性が売りだしさ、それにエリと一緒に卒業したいから」
「バカ……」
ーー
そんな俺とエリは今、子供が4人の6人家族だ。
「エリ、まだ俺に飽きそう?」
「バカ、私が離してあげないよ。君といるのが一番落ち着くんだからさ」
そんな俺とエリの子供達のお気に入りは、あのカエルのぬいぐるみである。
そして、今日は日曜日、買い物をしてから、思い出のゲームセンターに家族でいく。
家の中は、此れからもぬいぐるみが増えるだろう。
ーーENDーー
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