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虚空回廊  作者: 相川隣家
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空に浮かぶ街03

 女性の表情は険しい。そしてその目は主に自分に注がれているようだった。管理者? 騎士団? ライルがお疲れ様です、と普通に挨拶している様子からして少なくとも悪い人たちではないようだ。

 「穴から落ちてきた者がいると聞いたのですが、お話を聞きたいので「管理塔」までご同行願えますか」固い声。詰問するような調子である。

 「彼は巻き込まれた被害者ですよ。最初から疑ってかかるのはやめてあげてください」穏やかな、しかしきっぱりとした口調でライルがこちらを庇うように前に出る。

 「こんな状況で彼が単純に被害者、となにをもって判断しているのですか? あなたたちならご存知のはずです。近頃の街中でのバグの出現、それに周辺の偏差が異常なこと」また自分には理解できない話が出てきたが、ライルとレイジには心当たりがあるらしい。表情を曇らせる。

 「彼が関わっていると?」

 「可能性はあるでしょう」

 女性とライルのやり取り。制服を着こんだもう一人の男性が口を挟もうとしたが、それを制止して彼女はさらに続ける。

 「穴ができるような偏差の場所にそんな軽装でいたというのですか? それにその服装は外を出歩くようなものではないのでは」そう言われて自分の恰好を改めて見やる。装飾という概念すらないような、ただ薄緑色の上下。特に上は前を腰より少し上の紐で結ぶだけの簡素なもの。バグに引っ張られたときに裾が破けてしまっているが、そこまで裂け目が大きくないのはその簡単な紐がほどけたおかげだったようだ。というのはさておき、確かに外を出歩くのに適した服装とは言えない。

 「そういえばどこかの病院の服……? この近くの病院とデザインは違うけど」とレイジは首をかしげている。これまで服のことは特に疑問に思わなかったらしい。なんとなく細かいところまで気がつくような印象があったが、大雑把なところもあるようだ。

 「第一あれに巻き込まれて無事とは、にわかには信じがたい。本当に巻き込まれた、のですか」巻き込まれた、の部分をやけに強調する。しかしそんなに危ないものだったのか。気絶くらいですんだのは幸運だったらしい。

 「無事じゃないですよ! 彼は記憶を失ってしまっているみたいで……!」レイジが彼女に反論する。それには彼女も驚いたようで、本当かとこちらに問うてくる。穴に落ちる直前のことは覚えているがそれ以外は名前すらわからないということ、少なくとも自身にかけられた嫌疑は身に覚えがないということを話す。

 「記憶を失ったのは今回の件ではない、ということですね。それに記憶を失っている、というのも自己申告でしかありません」彼女はあくまで疑いの姿勢を崩さない。そんな女性にレイジが更に食って掛かる。

 「確かに彼は知り合いだったわけじゃないですけど、もし彼がこの事態を引き起こしていたんだとしたら誰かを庇ったりはしないでしょう!」出会って間もないというのに、レイジは必死に自分を庇ってくれた。

 「市民を庇った? 武器は持っていない、武術の心得があるようにも見えませんが」

 「狙われていたところに割り込むしかできなかったけど……」そんなことしかできなかったし、結局自分もレイジに助けられたのだ。庇った少女も銃を持っていたから、むしろ自分に気を取られていなければ大丈夫だったのでは? と考えてしまって言葉が尻すぼみになる。

 「だから丸腰で自分も危なかったのに庇ったんです! そんな人がこんな騒ぎを起こすはずがありませんよ!」

 女性はかなりひるんだようで、それでも引っ込みがつかないのかまだ何か言おうとしていたが、それを止めたのはライルだった。

 「それでは彼は我々が預かる、というのはどうでしょうか」突然ライルから飛び出した言葉に驚き二人を見やる。記憶喪失の自分をこの状況で庇ってくれるのは嬉しいが、状況からみて自分は相当怪しいらしい。それにおそらく騎士団というのはこういう事態に対応するための組織だろう。彼らに着いて行って事情を話した方がいいのではないだろうか。

 あの、と言葉を挟もうとしたがライルが話し続ける。

 「よろしいでしょうか? ルナリさん、イクシュ君」

 「先輩がそこまで言うなら」これまでどんどん話す女性の横で口を閉ざしていたイクシュと呼ばれた青年が返事を返した。彼とライルは顔見知りらしい。隣の女性が文句を言いたげに口を開こうとしたが、まあまあルナリ、とイクシュがなだめた。

 「そもそも少し怪しいってだけで捕まえることなんてできないしなあ。最近のことをどうにかしたいのはわかるけど焦りすぎだよ、落ち着いて」

 ぐ、とルナリは口をつぐむ。焦りすぎていた自覚はあるらしい。イクシュがこちらに向き直り、済まなさそうな顔をして謝罪を口にする。

 「いきなり疑うようなことを言ってしまってすみません。ですが、昨今の不安定な状況ですので今後何かあれば協力をお願いいたします」といって頭を下げる。

 「頭を上げてください。この街を守ることに関してはもちろん、これまで通り私たちは全面的に協力しますよ」

 「……ほんと、頼りにしてますから、よろしくお願いしますよ」ライルの言葉に、少しだけ小声で冗談めかした調子でイクシュが呟いた。

 「この街に害をなす者に私は容赦しません」ルナリというらしい女性が、まるで捨て台詞のような言葉を残して、しかし苦笑いしているイクシュが自分の為に頭を下げたことはわかっているのだろう。自分も納得していない表情のまま、礼だけの謝罪をして去っていく。それを見送ってから、一転穏やかな笑顔を浮かべてライルは言った。

 「では、私たちも帰りましょうか。私たちの上司に紹介します」

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