第七話
リアのお兄さん、篠原 蓮視点です。
急いで傘を取って、リアの元へ行く。
廊下に出ると、さっきより雨が強くなっていた。
空も暗い雲で覆われていて、少し不安になる。
リアは雷や、大きな音が苦手だからだ。
それは…、たぶん虐待の影響もあるのだろう。
リアの母親はリアを殴るときに、大声でリアを罵倒したのだという。
だから、リアは大きな音、そして暴力が嫌いになってしまった。
その様子を見ると、震えが止まらなくなり、ひどいときには倒れてしまうらしい。
リアがこうなったのは、俺のせいでもあるのだ。
母が、何をするかわかっていたはずなのに、止めなかったから。
そのせいで、リアは心に大きな傷を受けてしまった。
拳をぎゅっと握り、俺は目を瞑る。
…もし、リアがこの事実を知ったら、どう思うのだろうか。
俺を、嫌うだろうか……。
それは、俺が受けるべき罰なのかも知れない。
知っていたのに、誰かが傷つくと分かっていたのに…。
ふと、考える。
もし、傷付く相手が、リアじゃなかったら俺は同じように心を痛めていただろうか。
ーー当然だ。そんなこと、当たり前だろう。
ー…本当に、そうだろうか。
リアじゃなくても、こんなにその相手を思うだろうか。
…いや、それはない。
心を痛めはしただろうが、それだけだったはずだ。
その相手を守ろうなどとは、絶対に考えない。
それは断言できる。
ははっ、結局、俺も母さんと同じじゃないか。
思わず浮かんだ嘲笑の顔を、すぐに消す。
もうすぐ、リアのいる昇降口につくはずだ。
いつも通りの兄でいよう。
せめて、リアが気づくまでは……。
「お兄ちゃん!」
声が聞こえて、顔をあげる。
そこには、リアが笑顔で手を振っていた。
なぜか、その姿に安心する。
「リア、ごめんな。待ったか?」
「ううん、全然だよ。ほら、帰ろうよ」
俺の手を引いて、リアは進んでいく。
昇降口のドアを開けると、風が入ってくる。
リアの髪が、風にさらわれてふわりと揺れた。
それに誘われるように、俺は一歩、前に出て、リアの隣に並ぶ。
傘を開いて、リアと入った。
この傘は普通より大きいからか、二人で入っても、どちらかが濡れることはない。
「…ごめんね、お兄ちゃん」
「え?」
いきなりリアが謝ってきて、驚く。
「今日、勝手に剣道部を見に来て」
「…そんなことか。別にいつでも見に来ていいぞ」
「でも、女子の先輩が最初に警戒してたみたいだから」
「あぁ、あれはな、女子が見に来て、騒ぐことがあるからなんだ。そのせいで、大会近くの練習を邪魔されたことがあるから、ちょっと、警戒してるんだよ」
そう言うと、なぜかリアは関心したような表情になる。
「さすがお兄ちゃん…!」
「え」
「女子にモテるんだね!」
「いや、そんなことはないぞ」
「別に謙遜しなくていいよー!事実だし!」
すごい!と、リアは褒めるが、リアのほうがすごいからな。
それに…、俺には好きな人がいるから。
…その相手は全く気付かずに目の前で笑っているけど。
まあ、そんなところも含めて、全部好きなんだから仕方がない。
そんなことを思って笑うと、不思議そうにリアは俺を見つめる。
「お兄ちゃん、うれしそうだね!何かいいことあった?」
「…いや、でもこうやってリアと帰れるのはうれしいな」
「私もー!久しぶりだから、余計にうれしい!…また一緒に帰ってもいい?」
「あぁ、もちろんだ」
俺の言葉にうれしそうなリアの髪をくしゃりと撫でる。
そんな様子に柄にもなく、このまま時間が止まってしまえばいいと思った。
読んで頂き、ありがとうございました。




