第三話
今でも、時々夢に見る。
私を救ってくれたときの、雪菜の姿。
強い意志がこもった目をしていた。
――そのとき、私は一生かけても、この恩を返そうと思ったんだ。
・・・・・
私は、5歳のときから、母親から虐待を受けていた。
辛くて、苦しくて。
どうして、こんなことをされるのか、わからなかった。
でも、私はお母さんが大好きだった。
いつか、あの優しい笑顔を浮かべてくれると信じていた。
このごろ、お母さんはいつも以上に暴力を与えてくる。
でも、暴力よりも、言葉のほうが傷ついた。
「いらない子」「あんたなんか生まなきゃよかった」「どっか行って」
そう言われるたびに、もう麻痺しているはずの心が痛む。
きりきりと、締め付けられて、涙が溢れそうになる。
でも、涙を流すと、もっと酷い言葉を言われる。
私は必死で、感情を押し殺した。
……表情が、無くなるくらいに。
―――
私は6歳のときに、小学校に入った。
そのとき、最初に声をかけてくれたのが、雪菜だった。
「あの…、梨亜ちゃん」
驚きすぎて、声が出せなかった。
今まで、私に話しかけてきた人なんて、いなかったからだ。
「…」
私は、戸惑ったように、相手の顔を見るだけだった。
「えっと、わたしは“さくら ゆきな”。よろしくね」
「……うん」
可愛らしく、雪菜は笑った。
・・・・・
私と雪菜の出会いから、もうかなりの年が経ち、私たちは中学一年生になっていた。
本当は雪菜が私立の中学に行く予定だったのだが、雪菜自身が、私と一緒にいたいといってくれたので、同じ学校になった。
知らない人ばかりで緊張するから、私も雪菜と同じ学校でよかったと思えた。
なぜか、中学校に入ってから、よく呼び出しを受けるようになった。
最初はいじめかと思って怖かったけど、そのときは助けるからと雪菜に苦笑されて仕方なく、私はその場所に向かった。
「あの、篠原さん!好きです、付き合ってください!!」
「え…、と…?」
目の前には、真っ赤な顔をした男子生徒がいる。
これって、私に言ってるんだよね…?
初めて、告白というものを受けた。
でも私は、あまりそういうものに、興味がなかったので、すべて断った。
「えー!?リアちゃん、響先輩からの告白、断ったのー!?」
「え、うそー!!」
「先輩、イケメンじゃーん!!」
「うん…。でも、私は自分が好きになった人と付き合いたいから…」
「さっすが、美少女は言うことが違うねー!」
「いいなぁ、あたしも、篠原さんみたいになりたーい!!」
「あんたじゃ無理無理!!」
そう言って、ぎゃははは!!と笑う女子生徒たち。
私はちらっ、と雪菜を見た。
「皆さん方、リアが困っていますわよ」
「えー。わかったぁ。じゃあ、またね」
「リアちゃん!今度、いい先輩いたら、教えてねー!!」
「ばいばーい!!」
「うん。またね」
女子生徒たちが去った後、私はほっとした。
「…ごめんねー。毎回、雪菜に任せちゃって」
「これぐらい、なんてことないですわ」
「もう、その口調も板についてきたねー」
雪菜は、私を守るために、キャラを変えた。
すべてにおいて、完璧な“佐倉 雪菜”を作り上げた。
そうして、自分の権力を絶対にして、私になんの被害もないようにしている。
「ごめんね」
重いものを、持たせてしまって。
…私の気持ちがわかったのか、少し寂しそうに雪菜は笑った。
「リアは私を、頼らないのですわね」
「頼ってるよ。雪菜は、一番の親友だから」
「表面上、笑っているようでも、リアは傷ついているから、余計に心配ですわ。
リアは本心を、隠しすぎです。もっと、わがままを言ってもいいですのに」
わがままなら、たくさん言った。
――もう、十分だ。これ以上、雪菜の人生を私なんかに使って欲しくない。
その言葉を、心の中にしまった。
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