最弱6:過去2
次の日、桜月は紗織と実の家に向かっていた。遊びにいく時も、紗織と手をつないで向かっていた。まだリア充になる歳ではないと思うが、他のクラスメイトから見ても2人は彼氏と彼女のように見えていた。その為か、朝2人が学校に来てみたら黒板に傘が書いてあって、その傘の中に桜月と紗織の名前が書いてあった。もちろん桜月はすぐに消して、顔を赤くしながら席に戻った。
その様子を見ていた紗織はからかってるとわかってはいたが、紗織が桜月のことが好きなのは事実だった。そんなことがあってから少し桜月の見方が仲のいい友達から、自分の好きな人という感じに変わっていたような感覚もあった。
(いつ、桜月くんにちゃんとした好きが伝えられるのかな……)
紗織は桜月の方をチラチラと見ながら考えていた。すると、チラチラ見てくるのに気づいた桜月は話しかけてきた。
「紗織?どうしたの?」
「ふぇっ!?う、ううん、何でもないよ!」
「?そう。あ、そろそろ着くよ。」
いきなり話しかけられて変な声が漏れてしまったが、桜月はあんまり気に止めていなかったようだ。
(ばか……さっき話しかけられた時に言えば良かったじゃん……)
紗織は表情には出していないが、心の中はずっとざわついていた。伝えたい、でも伝えられない。最初にあった時、桜月に水をかけられた時に助けに入れなかったように、好きという感情を伝える勇気がなかった。
(……今日の帰り道で、絶対に伝えよう。きっと大丈夫、大丈夫だもんね……)
紗織がそれを決意したちょうどのタイミングで、桜月達は実の家の前に着いていた。
「あ……いつの間に……」
「さっきもうすぐ着くって言ったじゃん。何か考え事でもしてたの?」
「ううん、ちょっとね……ほら、早く行こ!」
「あ、うん。行こうか。」
恋心が全くわからない桜月は何も感じとれなかったんだろう。紗織はそんな桜月に少しはわかってほしかったな、と思っていた。
実の家のインターホンを押して、玄関のドアが開くのを待つ。だが、いつまで経ってもドアは開かなかった。待ってる間、桜月達は話して暇をつぶしていたが、いつまでも開かないことに流石に違和感を覚えた。
「開かないね……車はあったしいるはずなんだけど……」
「そうだね……桜月くん、もう一度押して。」
桜月はもう一度インターホンを押した。また待ってみたが出てくる気配一向になかった。
「なんでだろう……実の家はいつもドアは鍵がかかってるから鍵を開ける音でわかるんだけど……」
「ほんとは開いてるんじゃない?」
「まさか。まあやってみるよ……」
桜月が冗談半分でドアの取っ手を引く。すると、ガチャリと音を立ててドアが開いた。
「開いちゃった……でもいつも閉まってるのにおかしいね……」
「きっと実ちゃん、お昼寝してるんだよ。それで、私達が来たらすぐ入れるように開けておいたとか……」
「それならお母さんとかが出るはずだよ。うーん……」
「そんなことは気にしないで、早く実ちゃんのところに行こ!」
紗織は待ちきれなかったのか、我慢の限界がきたのか、実の家にあがり込んだ。
「あ、ちょっと紗織!」
桜月もつられて入り込んだ。開いていたドアはパタンッと閉まった。実の家の構造はだいたい頭に入っていた2人は、いつも遊ぶ2階の実の部屋へ向かった。2階に行く階段を上りきったところで、床にある不自然なものを見つけた。
「桜月、これって……赤い液体っぽいけど……」
「絵の具じゃないかな?ほら、書き終わってない人は書いてこいって言われていたし。」
桜月達は学校の図工の時間で、家族をテーマにした絵を書いていた。期限が終わってない人は書いてくるように言われていて、実もその中の1人だった。
「うーん……そうかもね。あ、ここだね。」
紗織は階段から1番遠い部屋、実の部屋の前までやってきた。桜月はドアノブに手をかけ開けようとするも、鍵がかかっているのか開かなかった。
「あれ?開かない……」
「実ちゃん、鍵かけてるのかな……?おーい、実ちゃ─」
その直後、紗織の後ろから硬い棒状のようなものが紗織に向かって直撃した。紗織はバタッと倒れた。
「紗織!だいじょ─」
紗織に声をかけようとした時、桜月も頭を殴られた。桜月は紗織と並ぶように倒れ、意識が遠のいていった。
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桜月が次に目が覚めたのは、目の前が何も見えない空間……正確には布のような何かで目が覆われていた。手で解こうとするも、手が縄で結ばれていて動けなかった。
「ここはどこなんだ……?そ、そうだ、紗織!大丈夫!?」
「ぁ……桜月くん……?」
紗織は弱々しい声で返事をした。近くから聞こえたので多分隣にいるかと思われる。
「紗織!大丈夫!?痛くない!?」
「私は大丈夫……それより、実ちゃんが……」
「えっ!?くそ、まずはこの縄を……そうだ!」
桜月は手をガチャガチャ動かし始めた。他の人が見たらただがむしゃらに手を動かしているようだが、桜月はマジックや手品の知識がある。その中で、脱出マジックで使われる手法をやっているのだ。素人が結んだ縄くらいなら、桜月でも簡単に縄を外せた。桜月がマジックの知識がなければずっとこのままだっただろう。
「よし!解けた!」
桜月は覆っていた布を外すと、そこは実の部屋だった。窓の外を見ると、既に夜になっていた。綺麗な満月が目に映った。部屋を見回すと、手だけ結ばれていた紗織がいた。さらにその奥には、桜月達よりもひどい状態の実がいた。目には布が巻かれており、口には猿轡がつけられていた。体も縄で縛られていた。そして、皮膚が露出してる部分には、大きなあざや傷が出来ていた。
「実!大丈夫!?今助けるから待ってて!紗織、手伝って!」
「う、うん!」
桜月達は実の拘束状態を解放した。実の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていて、桜月は持っていたハンカチで拭いてあげた。拭き終わると、実は桜月に抱きついた。
「さつきぃ……!怖かったよ……!」
「大丈夫……もう大丈夫だよ。」
桜月が優しく背中をさする。
「お父さんが……いじめてくるの……私が産まれてきたから……不幸になったって……!」
「実ちゃん……そんなことで……」
「……実、とりあえずここから出よ──」
その時、部屋の扉がバンッと大きな音をたてながら開いた。そこには、実の父が立っていた。実の父は実の方に近づき、実の長い髪をガシッとつかみ、実のことを立たせる。
「痛いっ!!」
「うるせぇ!!黙ってろ!!お前なんでこんなやつらを家に呼んだ!!」
「い、今までも呼んでたもん……」
「そんなことはどうでもいいんだよ!この馬鹿が!!」
そう言って実のことを殴った。殴られた時に、実の口から血が出ていた。
「うぅ……ひっく……」
「実、大丈夫か!?」
「ひどい!自分の子供なのに!!」
紗織がそう言うと、実の父は紗織のことを蹴飛ばした。紗織は後ろの壁にぶっかった。
「きゃあ!」
「紗織!!実のお父さん……それが大の大人がやることですか!!」
「そんなものは関係ない!!お前ら子供は大人しく大人の言う事を聞いてりゃいいんだよ!!」
「お父さん!!桜月達に手を出さないで!」
「黙ってろって言っただろうが!!」
実はまた殴られた。今度はお腹に何度も拳を叩き込まれた。
「桜月……にげ……て……」
「もういい!お前は後でしっかり教育してやるよ!」
実の父は実を壁に投げ捨て、桜月の方を向いた。そして、ポケットを漁ると、手にはナイフを握っていた。
「っ……!」
「おい小僧。これで刺されて死にたいか?嫌だよなぁ?なら大人しくしてろ。」
「そんなもので……僕は見捨てたりしない……!」
「ちっ。やっぱガキはうるさくて困る……ならその体で教えてやんよ!!」
実の父は桜月に向かってナイフを振り下ろす。桜月は思わず目をつぶった。が、ナイフは桜月に刺さってこなかった。桜月が目を開けると、目の前には手を広げ、胸元にナイフが刺さった実の姿があった。
「ぅ……ぁ……」
「み……みのり……!」
「ちっ、くそが。」
実の父はナイフを抜き、桜月の方へ実を蹴飛ばした。紗織も実の方へ近づく。
「実……!」
「ごめんね……桜月……全然遊べなくて……」
「そんなことはいいよ……!早く……血を……!」
「もう、無理だよ……わかるもん……」
「諦めないでよ……!実……!それでいいの……!?」
桜月が叫んでいると、実は桜月の頬にそっと手を添える。
「桜月……最後に……私の思い……受け止めて……」
実は桜月の頬にキスをした。柔らかい唇の感触が桜月に伝わった。そして、実は一言言った。
「さようなら……大好きだよ、桜月……」
実は静かに目を閉じ、頬に添えていた手はスルリと抜けていった。桜月はツーっと涙を流していた。紗織は桜月の後ろで泣き叫んでいた。
「実……」
「別れの挨拶は済んだか?クソガキ共。」
実の父はナイフを桜月に突き立てる。
「……」
桜月は実に、今度は唇にキスをした。そして、実をそっと寝かせた。
「おい、黙ってないで答え──」
次の瞬間、桜月はナイフを持った手を蹴り飛ばした。ナイフは壁の方へ飛ばされた。
「このガキ……!」
「黙ってろ。クズ野郎。」
桜月は実の父の腹に拳を放った。その小さな拳は父親のみぞおちに入った。
「ぐおっ……!?」
実の父は片膝をついた。桜月はナイフを手に取り、実の父の顔に突き立てた。
「ぐっ……!」
「怖いの?ねえ、これが怖いの?僕に突き立てたんだから、知ってるんだよね。これの怖さ。危ないのもわかってるんでしょ?だから実が死んじゃったんだよ?毎日たくさん遊んで、たくさん笑って、幸せだった女の子が。実は最後に僕に伝えたいことを必死で伝えてきた。きっと、未練を残したくないから。そうなるまで追い込んだのは誰?傷つけたのは誰?」
桜月は実の父を押し倒し、馬乗りになりながら、鋭い目、低い声で実の父を言葉で責め立てていた。
「ち……ちが……」
「違わない。自分の子供なのに死んで悲しんでいないんだもの。僕達があれだけ悲しんだのに。何も思わない親なんて親じゃないよ。そうだ、いいこと思いついたよ。死んだら悲しむって気持ちをさ……」
桜月はナイフを振り上げる。実の父は恐怖に怯えた目をしていた。そして、桜月の冷たい一言が飛んできた。
「死んで確かめてよ。向こうの世界で。」
桜月は実の父の顔──のすぐ横にナイフを振り下ろした。頬をギリギリかすめたが、かすり傷レベルだ。だが、実の父は泡を吹いて気絶していた。
「紗織……大丈夫……?」
桜月は紗織の方へ向かい、手を差し出す。
「ぐすっ……実ちゃん……なんで……」
「……とりあえず、ここを出よう……実も居心地が悪いだろう……し……」
その時、桜月はバタッと倒れた。それ以降のことは紗織に聞いたが、紗織は消防に通報して、桜月と実は病院に運ばれた。実は既に息絶えていたが、紗織の必死の頼みで連れていかれた。実の父は警察に捕まり、現在も捕まっている。
桜月が意識を取り戻した時、桜月は両手を握られているのに気づいた。右手には温かい手で、左手には冷たいけれどとても温かく感じる手が置かれていた。目を開くと、右には涙目の紗織が、左には目を閉じている実の姿があった。
「桜月くん!大丈夫!?どこか痛まない!?」
「だ、大丈夫だよ。それより、実は……」
「実ちゃんは……もう……」
紗織は桜月と目をそらした。実は死んだなんて、とても言いづらいことだった。
「そっか……」
桜月は両手を実の顔に添える。
「今まで楽しかったね。3人で遊んだり、授業受けたり、給食食べたり。毎日笑って、時々泣いて、怒ったりもした。でも、毎日が楽しかったよね。」
桜月は実に優しく語りかけていた。返事をしないのはわかっていた。だが、何も言わずにさよならなんてしたくなかった。桜月は話しているうちに、涙を流していた。紗織もそれを見て、涙を服の袖で拭っていた。
「そんな風に実と一緒にいられて、僕は楽しかった。嬉しかった。そして、最後に伝えてくれたこと……聞こえていないと思うけれど、僕も伝えさせて……」
桜月は涙でぐちゃぐちゃになりながらも、自分の中で1番の笑顔を作り、実に伝えた。
「僕も……大好き……だったよ。」
その後、桜月はずっと実のそばで泣いていた。その時は絶対に、実の手を離さなかった。
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