最弱5:過去1
桜月とミノは気配を遮断しつつ、慎重に進んでいく。進んでいる途中にも、爪犬が襲いかかってきたのですべて返り討ちにしていた。
「というか、なんでここは爪犬しか出てこないんだろう……」
「好きだったんじゃない?試練作った神様が。」
「犬愛好家……?もしかして、犬とか狼の神様なのかな……?」
そう疑問に思いつつも、どんどん先に進んでいく。爪犬達は何度も襲いかかってきたが、傷ひとつ与えられることなく、道を引き返していっていた。来た道を戻っていくあたりをみると、拠点にしている場所があると思われる。そんな場所はないかと進んでいるが、全然見つからなかった。ずっと真っ直ぐ進んでいると、ミノが桜月に声をかける。
「ねえねえ桜月。なんであの時、『実』って言ってたの?」
「えっ?」
「ずっと気になっててさ……大切な人なんでしょ?」
「うん。そうだけど……」
「聞かせてほしいな。その実って人のこと。」
桜月は少し考えたあと、ミノの方を向く。
「わかった。いいよ。少し暗い話になっちゃうけど……それでもいい?」
「うん。」
「わかった……じゃあ話すね。」
桜月は、昔のこと……実のことについて語り出した。
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桜が舞い散る季節。初めてのランドセルを背負って、父と母に連れられている。
「桜月、今日から学校だな。楽しみかい?」
「うん!沢山お友達作って、みんなで楽しく遊ぶんだ!」
「桜月なら、お友達が沢山出来るわよ。」
桜月はわくわくしながら学校へと向かっていた。友達を作って、勉強を頑張って、楽しく遊んで……そんな学校生活を送るんだと思っていた。
入学式が終わって、新しい友達になる子達が集まる教室に向かった。教室に向かっている途中、桜月のクラスの扉の前で、もじもじとしている女の子がいた。
「あの子、なんで入らないのかな……」
桜月はその女の子に近づき、声をかけてみる。
「ねえ、なんで教室に入らないの?」
「ひゃあ!?」
女の子は話し掛けられたのにびっくりして、尻餅をついてしまう。
「ご、ごめん!お、脅かすつもりはなかったんだけど……」
「う、ううん、大丈夫……」
「はい、つかまって。」
桜月は女の子に手を差し出す。
「えっ……?あ、ありがとう……」
女の子は桜月の手をつかみ、立ち上がる。女の子はちょっと顔を赤くしていた。
「それで、なんで教室に入らないの?」
「え、えっと……恥ずかしくって……」
「そういうことだったんだ。それならさ、こうしようよ。」
桜月はそういうと、女の子の手を引いて、教室の扉を開けた。
「えぇ!?あ、あの……!」
桜月はその手を離さずに教室に入り、自分と女の子の席を確認する。ちょうど隣の席だった。その席に向かう途中、他のクラスメイトにジーッと見られていたが、それを気にせずに桜月は席のところへ向かった。
「1人で恥ずかしいのは嫌でしょ?2人で行けば恥ずかしくないよ。ほら、席まで着いたでしょ?」
「あっ……」
桜月は自分の席に座り、女の子の席を指さした。女の子は少しおどおどしていたが、
「あ……ありがとう……」
少し笑いながらお礼を言った。桜月はそれを笑顔で返した。
「ねえ、君の名前は?僕は神原桜月っていうんだ。」
「私……?私は……神咲実……」
「実って言うんだ。いい名前だね!」
「……ありがとう……」
「これからよろしくね!」
桜月はニッと笑う。桜月にできた、初めての友達。その初めての友達である実は、ニッコリと笑って返事をした。
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入学してから少したった頃の昼休み。今日も桜月は実と一緒に遊んでいた。初めての友達が出来たあの日から、実は毎日桜月と遊んでいた。授業や帰る時はほとんど表情を変えない子なのだが、桜月と遊んでいる時は笑顔しか見なかった。
「ねーねー!今日もてじな見せて!」
「うん、いいよ!」
そう言って桜月はポケットから1枚のコインを取り出す。それを右手に持ち、ぎゅっと力を入れる。そして手を広げてみると、コインはなくなっていた。
「すごーい!消えちゃった!どこにあるの?」
「それはね……」
桜月は実のポケットに手を入れる。ポケットから手を出した時には、指先にコインが握られていた。
「実のポケットの中でした〜」
「おー!全然気づかなかった!」
こんな風に、桜月お得意の手品をやったり、同じ本を一緒に読んだりして遊んでいた。外で遊ぶ時もしばしばあった。
「もっと桜月のてじな見たいなー!」
「あはは……あれ?」
「ん?桜月、どうかしたの?」
桜月は実の問いに答えずに何かを見ているようだった。
「……?何見てるの?」
実は桜月が見ている方を見てみると、5人くらいの男女と席に座っている女の子がいた。だが、座ってる女の子の方は、髪や服が濡れていた。机や周辺の床に水が残ってるあたりを見ると、ついさっき濡れたばかりなのが推測出来た。
「ぐすっ……うえぇん……」
「あーあ泣いちゃったw」
「やーいやーい、泣き虫ーw」
男女の集団は女の子に罵倒の言葉を浴びせたりしていた。いわゆるいじめだろう。
「ひどい……あんなこと……ね、桜月。」
「……」
桜月は黙ったままだった。横目には、拳を握っていた桜月の手が見えた。そして、桜月は近くにあった雑巾を手に取って、あの集団の方へ歩いて行く。
「桜月……?」
集団の元へ行くと、1人が話しかけてきた。
「なんだよお前。邪魔する気?」
桜月はその質問は聞かなかったかのようにスルーし、女の子の机を拭き始めた。
「ああ、お前掃除当番かなんか?手間が省けたぜ、サンキュー。」
集団は相変わらず女の子をいじめていたが、それを気にしていないかのように桜月は床も拭いた。
(桜月……なんで机を拭いたりしてるの……?きっと、あれを見て怒っていたはずなのに……あの子を見捨てたりしないはず……きっと。)
拭き終わると、最初に話しかけてきた男の子の前に立つ。
「ごくろうさん。感謝する──」
そう言いかけた瞬間、桜月はさっき拭いた雑巾を、男の子の顔に勢いよく投げた。
「痛っ!?きったねー!」
「おいお前、何するんだよ!」
男女達は桜月に文句を言ったりしているが、全く相手にせずに、女の子に話しかけた。
「君、大丈夫?濡れてるけど、寒くない?」
「ぐすん……うん……」
女の子は泣きながら答えた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を見て、桜月はポケットからハンカチを取り出した。
「はい、これで拭いて。そんな悲しい顔でいないで、僕と一緒に笑顔になろうよ。ね?」
ハンカチを女の子に差し出し、笑顔で言った。女の子は少しぽかんとしていたが、それを受け取り笑顔で答えた。
「……うん……ありがとう。」
「いえいえ、気にしな──」
その時、桜月の顔に水が当たった。さっきの男女達が、バケツに入った水を桜月に向かってかけていたのだ。
「……」
「あははは!なに正義の味方気取ってんの?お前がただいじめられるだけだからな?それでもいいのかよ?」
「そんなの嫌でしょ?それなら、大人しくここで謝りなさい。」
これを見ている周りのクラスメイト、いじめられていた女の子、誰もがひどいとは思っていた。が、ここで何かしたら自分がいじめられる。そう思ってしまい、行動に移せなかった。
「ほら、何か言ってみたらどうなんだよ。」
「……よ。」
「えぇ?何言ってるか聞こえな──」
「お前らが先に謝れよ。」
桜月は鋭い目つきで男女達を睨んだ。蛇に睨まれた蛙のように、男女達は何も言えなかった。
「自分たちの行動が何でも正しいって思ってるんでしょ?それは違う。自分たちが強い立場や力を持っているからと言って、女の子をいじめていいなんて理由にならない。それにお前らはその女の子を泣かせた。そんなことをして……許されると思う?他人や大人が見て、これは正しいですと言う人、いると思うの?それでも正しいと言えるっていうなら……」
桜月は目つきを変えずに言った。言葉が出ないかわりに冷や汗と涙が出ている男女達に向かって、追い討ちをかけるように桜月はこう言った。
「死んでもそれを言えるの?」
男女達はその言葉を聞くと、急に寒気立ってきた。教室にいるはずなのに、何も見えない真っ暗な空間にいる感覚だった。そして目の前には桜月……そして、その裏には暗いローブを被り、手には長い鎌を持った骸骨が見えた。
「う……うわああぁぁ!!」
1人の男の子が教室から逃げ出すように出ていった。それに続いてほかの子も教室を出ていった。静寂に包まれる中、桜月は女の子からハンカチを取り、顔を拭いてあげた。
「まだ涙残ってるよ。ちゃんと拭き取らないとね。」
「あの……濡れてるけど……」
「ん?ああ、僕は大丈夫。先生に適当な理由話して体育着に着替えればいいしさ。」
桜月は優しい表情で女の子に接していた。桜月がハンカチをポケットに入れ、体育着に着替えに行こうとした時、女の子が話しかけてきた。
「さっきは……ありがとう……」
「ううん、どうってことないよ。」
「あの……お願いがあるんだけど……」
女の子はちょっともじもじして、顔をうつむけながら言った。
「ん?なに?」
「私……ずっといじめられていたから……友達がいなくって……その……」
女の子は顔を上げて、大きな声で言った。
「私とお友達になってください!」
桜月は大きな声にびっくりして、少しぽかんとしてしまったが、桜月は笑顔で答えた。
「もちろん!」
「あっ……ありがとう!」
女の子はパァっと明るい笑顔になった。
「名前は?僕は神原桜月。」
「私は…時雨紗織。私ね、桜月くんのこと知ってたんだ。」
「えっ?」
「お顔までは知らなかったんだけど、お母さんが教えてくれていたんだ。ほんとは幼稚園も一緒だったんだよ。」
いきなりのカミングアウトに、桜月は驚いた。
「そ、そうだったの!?全然気づかなかった……」
「幼稚園の時、恥ずかしくて話せなかったの……」
「そうなんだ……ごめんね。」
「ううん、いいの。今こうやって話せるから。」
「そっか。これからよろしくね!」
「うんっ!」
桜月と紗織は互いに笑顔を見せた。このあと桜月は紗織に実のことを紹介して、2人はすぐに仲良くなっていた。
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3人は学年が二年、三年と上がっても同じクラスだった。そして毎日、3人で楽しく遊んでいた。さらに、登校と下校の時は桜月を真ん中に手を繋いで帰っていた。今の桜月では恥ずかしくて顔を真っ赤にしているだろう。
そんな4年生になったある日、今日も3人で仲良く手をつないで帰っていた。
「今日もいっぱい遊んだねー!」
「うん!桜月くんと実ちゃんと遊んでると、すぐに時間が経っちゃうね!」
「そうだね。もっと遊んでいたいね。」
3人で仲良く話していると、紗織がいきなりこんなことを言った。
「ねえねえ桜月。桜月は私のこと、好き?」
「もちろん好きだよ。」
「友達としてじゃなくて……異性として。」
「え?」
桜月は少し驚いた。こんな時、どう答えればいいか悩んでいると、実は紗織に言った。
「紗織ちゃん、桜月は私のことが好きなんだよ!ね、桜月?」
「えぇっ?」
「違うよ!私のことが好きなの!」
桜月を挟んで女の戦いが始まっていた。桜月はどうしたらいいかわからず何もできなかった。
「紗織ちゃんでも桜月のことは譲れないよ!」
「私だってそうだよ!桜月くんは私のおむこさんだもん!」
「違う!私のおむこさん!」
「ええっ!?ちょ、ちょっと待って、落ち着いて!!」
桜月はとりあえず2人の戦いを止めに入る。
「むぅ……桜月が言うなら……」
「実ちゃん、私あきらめないからね!」
「私だって、負けないんだから!」
「えぇ……結局……?」
なんだか困った状態になってしまったが、桜月は別の話題を切り出した。
「そ、そうだ!明日誰かの家で遊ぼうよ!」
「うん!いいよ!誰の家にする?」
「うーん……今回は実の家で遊ぼうよ!」
「いいよ!じゃあ明日の1時ね!」
「うん!じゃあ、また明日!」
3人はそれぞれ自分の家の方へ帰っていった。こんな感じの毎日が続いていた。それは、この日を堺に終わってしまうのだが。
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