最弱4:十試練
桜月とミノは、洞窟から少し離れたところにある建物までやってきた。建物というよりは神殿に近いような建造物だった。
なぜここに来たかと言われれば、ミノに頼まれたからである。桜月は宿舎に戻ろうとしたのだが、考えてみたらいきならうさ耳生やした女の子がやってきたら、驚くか斬り捨てに来るかのどちらかだろう。ミノの安全を考慮して、近場に見えた大きな神殿に向かったのだ。
「大きな神殿だなぁ……」
「あー……ここは『神代十試練』の1つだよ。」
「神代十試練?」
「うん。神代って言うのは私達獣神種のこと。人間達は知らずに言ってるんだろうけど。それで、獣神種達が石になる前に造ったのを総称して神代十試練っていうの。」
「なるほど……つまり、もしかしたらミノが知っているやつが造ったかもしれないんだね。」
そう言って、桜月は神殿を見上げる。
「試練、か……乗り越えてやるさ。目的のために、絶対攻略してやる。」
そう決意した桜月は、ミノを連れて神殿の中へ入っていった。
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「あっ、輝斗くん!どうだった……?」
宿舎の食堂にて、紗織が心配そうな顔をして輝斗に話しかける。
「だめだ……どこにも見当たらなかった。」
「うそ……!桜月くん……なんで……!」
「すまない……私がしっかり見ていなかったがために……」
「紗織……」
雪音が優しく紗織の背中をさする。紗織はテーブルに顔を伏せて泣いていた。
「……大変言いにくいことなんだが……あの洞窟は、夜になると昼間と比べ物にならないほどの強さの魔獣が出現するんだ。もし、あの洞窟で魔獣と遭遇してしまったら……」
ニック隊長はうつむく。どうしても、次の言葉が言えない。
「……ません。」
「紗織……?」
「桜月くんは死にません!絶対!だって……私のこと、守ってくれるって言ったから!!約束したから!!私を守らないで死ぬはずないもん!!」
紗織は涙を流しながらいった。心からの必死の叫びだった。
「……」
その場にいた全員は声を出せなかった。誰もが紗織のこんな姿を見たことはなかったし、紗織がここまで桜月のことを考えていることも知らなかった。それに、ニック隊長の言ってたことがある。紗織の思いはわかるが、桜月が生きている確率はどう考えても絶望的であった。
「紗織さん、気持ちはわかるけどよ……明日になって探すとしても、見つかるわけないっすよ……だいたいあんな無能なやつが生きてるわけ……」
そんな紗織の思いを理解していないような言動をした庸介が、紗織に近づいて手を近づけたが、紗織はその手を思い切り弾いた。
「えっ……?」
「なんでそんなこと言うの!?桜月くんは無能なんかじゃない!!みんなが見ていないところで頑張って訓練してたんだよ!?そうやって努力していたのに桜月くんのことを無能って言うの!?庸介くんに何がわかるの!?」
誰よりも好きだった紗織にここまで言われてしまった庸介は、何も言い返せずに立っていた。
「どうせみんなもそう思ってたんでしょ!?桜月くんは無能なんだって!桜月くんのことはどうでもいいって!」
「さ、紗織、落ち着いて……」
「落ち着いていられるわけないじゃん!!こうしてるうちに桜月くんが危ない目に合ってるかもしれないんだよ!?」
雪音の言う事も聞かないほど、紗織は冷静さを失っていた。
「……私、探してきます。」
紗織は食堂を出ようとする。
「お、おい!夜は危ないってさっき言ってただろ!」
輝斗は紗織を引き止めようとするが、紗織は振り返り、笑顔で行った。
「それでも行くよ。桜月くんには、ちゃんと約束守ってもらうんだから。それに……言いたいことがあるから。」
紗織は食堂を出ていった。その場にいたみんなは立ち尽くしていた。
「……紗織……そんなにあいつが大事なのか……?」
「私の静止を振り切って……そんなに桜月が大事だっていうの……?」
庸介と雪音は紗織に言われた言葉を引きずっていた。
「俺のことは……」
「私のことは……」
「「見てくれていないの……?全部、あいつがいるから……!」」
雪音と庸介に、桜月に対する小さな憎悪が生まれたような気がした。
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宿舎を出て、洞窟の方へ向かっていた紗織は不安な足取りで向かっていた。
「桜月くん……大丈夫だよね……きっと……でも、もし何かあったら……」
紗織はブツブツとつぶやいていた。ここまで不安になったことはなかった。当たり前のように隣にいた幼馴染みが、無事なのかすらわからない状態にあるのだから。
「ううん……こんなこと考えてちゃだめだ……桜月くんは絶対大丈夫。そうに決まってるから。」
紗織がそんなことを言っていると、いつの間にか少し広い場所に出ていた。真っ暗でよく見えないが、入口のようなものが見える。
「なんだろう……建物の入口……?」
紗織は入口に近づく。入口は扉になっているようで、その扉は押しても開かない。
「う〜ん……どうやって開けるんだろう……」
近くの壁をぺたぺた物色していると、『カチッ』と音を立てて扉が開く。
「あっ、開い…」
と、同時に地面も一緒に開いた。紗織はそのまま落下していく。
「きゃあああ!!」
開いた穴はバタンと閉じた。そこはまるで何もなかったかのようだった。
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神殿の内部はそこまで広いというわけでもなく、地下に道が続いていた。
「さて……攻略を始めようか。とりあえずコールのマッピングを……」
そういって桜月はコールを起動させると、『限界突破が可能です』と表示された。
「え?限界突破……?」
限界突破とは、文字通りステータスの上限をあげる能力だ。突破出来れば相当ステータスが上がることが期待される。桜月はステータスの欄を開き、下にある『限界突破』の項目を選ぶ。が、何も反応はない。
「あれ、出来ない……なんで限界突破出来るって出たんだろう……」
「桜月、何見てるの?」
ひょこっと肩に頭を乗せてミノが覗いてくる。すると、『限界突破が可能です』と表示された。
「あ、限界突破が出来るって表示された。ミノが近くにいるからかな……?ミノ、ちょっとそのままいてくれる?」
「うん!ずっとこのままでもいいよ?」
「そしたら移動とか大変でしょ……よし、限界突破してみよう。」
桜月は『限界突破』の項目を押す。すると、桜月の身体にオーラのようなものがまとわりついた。黒に近い紫色で、ミノからうっすら見える薄紫色と全く正反対だった。
「すごい……なんかオーラのようなものがまとわれた……」
「お〜……私が戦う時みたい〜」
「そ、そうなの?さて、ステータスは……」
桜月はコールに書かれているステータスを見ると、驚きのことが書かれていた。
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名前:神原桜月
年齢:17
職技:死神Lv.1
筋力:0
体力:0
敏捷:0
知能:0
マナ:0
スキル:20個 《表示》
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そこには、職技にはっきりと『死神』と書かれていた。ステータスは0のままとはいえ、スキルはかなり増えていた。
「……えっ??」
「死神……だからオーラが出たのかな……?」
「え、オーラって出る条件あるの?」
「うん。本来は獣神種にしか出ないって聞いたことあるよ。」
「そっか……」
つまり、オーラが出る条件で考えられることは2つ。ミノが言ったことから、『獣神種である』こと。もう一つはまあまあ乱暴だが、獣神種は種族名に神と入っている。つまり、仮にも神様なのだ。そういう意味で、『神である』ことが条件と考えられる。この場合は後者だと思うが、まさか死神だとは思わなかった。今思えば職技に書かれていた『DEATH/』はこれを暗示していたのだろう。なんて紛らわしい。
「それにしても……神様になったのか、僕……」
「人間種から神様になる人なんて見たことなかったなぁ……凄いね桜月!」
「う、うん。喜んでいいのかわからないけど……」
神様になった実感がないのに神と言われるのは、流石に苦笑いを返すしかなかった。
「あ、そうだ。スキル増えたんだし、ちょっと見てみよう。」
桜月はステータスのスキルにある『表示』をタッチする。すると画面が切り替わり、スキル一覧が表示される。
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スキル一覧
気配遮断《察知》・鎌使いLv.1『連鎖』『派生』『魂狩』・威圧『神圧』・魔法不可・光速Lv.1・影使いLv.1『幻影』・召喚『魔獣』・マーキング『転移』・創造《鎌》・感覚麻痺無効
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「……Lv.1からぶっ飛んでるなぁ……」
「私達から見たらちょこっと多いくらいかな〜……」
スキル20個はかなり増えていると思うのだが、神様達にはこれくらいは普通なようだ。これ、神様がチートレベルに強いのでは……
「まあいっか……とりあえず強化するべき能力に予測がついたし、後で訓練のメニュー考えておこう……よし、行こう。」
「うん、そうだね!」
桜月達は試練に挑むため、地下に向かおうとする。が、ミノが桜月から離れないせいで凄く歩きづらい。
「……なんで離れないの?」
「このままいてくれって言われたから。」
「もう離れていいんだけど……」
「つまり離れなくてもいいんでしょ?」
綺麗に論破されてしまい、ミノのドヤ顔が飛んできた。桜月はミノを1度引き剥がして、自分の隣に連れてきて手をつなぐ。少し驚いてるミノに、桜月は恥ずかしげに言う。
「これなら歩きづらくないし……いいでしょ。」
「……は〜い!」
ミノは手をギュッと握ってきた。桜月が隣を見ると、無邪気で嬉しそうな笑顔を見せていた。
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ユグドラシルの街が寝静まる中、ポツリと明かりがついた場所がある。食堂には、雪音と庸介が向かい合って座っていた。
「なあ、雪音さん……なんで紗織さんはあんなにあいつのことを心配してんだ……?」
「知らないわよ。知ってたらあの子についていってるわよ。」
雪音は飲み物を口にして、ため息をつく。あんなに感情的になって話す姿は、クラスの中でさえ誰もいなかった。それほどになるまで、あの神原桜月という男のことが大切なのだろうか。
「紗織さん……仮にあいつに惚れているとして、あんな無能で役立たずなやつのどこがいいってんだ……」
「全く同意。私にもなんにもわからないわ。いつも一緒にいる理由が……」
「……理由は違えど、俺らは似たもの同士っすね。」
「あまり一緒にされたくないんだけど……まあそうね。」
庸介と雪音はしばらく互いを見つめあっていた。
「……案外悪い気分じゃないっすね。紗織さん以外の女といても。」
「ただ利害が一致しただけでしょう……光栄ではあるけど。」
「じゃあ俺とt」
「断る。」
庸介が全部言い切る前に雪音は答えた。
「まだ何も言ってないじゃないすか……」
「大体予想できるわよ……それより、紗織のこと、なんとかしないと……」
「俺らも探しに行くんすか?あいつのこと……」
「まさか。さっきも言ったでしょ、利害は一致してるって。」
庸介は少し考え、それを理解すると口元がニヤけた。
「なるほど……雪音さんも悪いっすね〜」
「たまたまよ。あんたには負ける自信しかないわ。」
「そうっすね……神原ぁ……待ってろよ……ハハ……」
「紗織を取り戻して……あなたには……フフフ……」
食堂内には不気味な2つの笑い声が響いた。2人は自室に戻り、プランを考えていた。時雨紗織を自分たちの元に連れ戻し、神原桜月を消す方法を。
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道幅が5mほどある、うっすらと明るい洞窟のような道を黙々と進んでいた桜月達。道なりに歩いて数分くらいした頃、道の先からなにやら鳴き声が聞こえた。
「……何かいる……ミノ、構えて。」
「は〜い。」
桜月は創造《鎌》使って鎌を生成し、ミノはファイティングポーズを取る。桜月の鎌は全体的に黒が多く、紫のラインが入っている。持った感じでは鎌はかなり軽く、振ったこともないはずだがかなり使いこなせるレベルだった。きっとスキルのお陰だろう。対してミノは素手である。歩いている時に聞いたが、ミノは武器を使った戦いが苦手らしい。つまりは近接型なのだろう。
「……来た。」
桜月達の前から、ゆっくりと近づいてくる魔獣の姿を捉えた。全長1mくらいの、指先から20cmくらいの爪を生やしたハイエナのような魔獣だった。素晴らしくネーミングセンスのない桜月は、ハイエナが犬に見えたので『爪犬』と名付けた。ミノはそれを聞いて影で笑っていた。
「ミノ、爪犬が飛びかかってきたら、左右に分かれて攻撃するよ。合図なしでもいける?」
「もちろん!それくらい感覚でなんとかなる!」
「わかった……じゃあ、やるよ。」
2人が爪犬の方を見ると、爪犬は既に2人の目の前まで飛び込んでいた。
「っ!速い!」
桜月とミノは左右に散らばり、間一髪で回避する。爪犬はすぐに桜月の方を向き、飛びかかる。
「こっちか!いくよ!」
飛びかかってきた爪犬を、桜月は鎌でガードする。力で押し負ける……と思いきや、桜月は簡単に爪犬を押し返せた。そして、スキル『光速』で一瞬だけ動きを速くし、鎌を爪犬の腹に突き刺した。
「よし!ミノ、お願い!」
「はーい!」
桜月は爪犬をミノのいる方へ投げ飛ばす。爪犬はその力に抗うことができずにもがいている。
「『超脚』」
ミノは地面を思い切り蹴り、くるりと一回転した後、飛んできた爪犬に強力なかかと落としを決めた。爪犬は鳴き声を出すことなく絶命した。
「ほっ……そこまで強い魔獣じゃなくてよかった……」
「やった!桜月と初めて魔獣倒した〜!」
「そういえばそうだね。この先もこんなやつがたくさんいるんだろうなぁ……頑張らないと!行こう、ミノ。」
「うん!」
桜月はミノの手を引いて先へ進んでいった。
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