最弱1:最強多数
自らのステータスを見て困惑した桜月は、とりあえず誰かに見られる前にコールの画面を消す。もちろん報告のためにニックには後で見せるが、他の誰かにこれを見られたくない。私は400だったよ、なんていう声が聞こえてくるが、それを聞く限りではかなり良ステータスのようだ。そんな中、自分だけがよくわからないステータス。こんなのを見られてしまっては笑いものだ。
(なんだこのステータス……職技もよくわからないし、必要ないって……?)
深く考え始めたらキリがなさそうだったので桜月は考えるのをやめる。自分のステータスのことは気になるが、とりあえず他の人達のステータスを確認してみたい。紗織の周りには人が寄って集っていて近付けそうになかった。キョロキョロと見回していると、人だかりから解放されたばかりなのか、少し疲れているように見える輝斗がいた。ちょうどゆっくり休んでいるようだったので、桜月は輝斗のステータスを見ようと思った。少し申し訳ないという気持ちを持ちながら近づく。
「あ、あの、輝斗くん」
「ん?ああ、桜月か。ステータスはどうだった?」
「いやぁ……あんまり良くなかったかな……輝斗くんは?」
桜月はステータスのことを濁して輝斗に聞き返す。困っている時にはよく助けてくれたりする輝斗だったが、さすがにこれ以上心配をかけさせるわけにはいかないと思い、声に出そうか迷っていた言葉を胸にしまう。
「俺か?こんな感じだったぞ。他のみんなと比べて、結構優秀なステータスらしい」
そう言って輝斗はコールの画面を見せる。桜月はそれを見た瞬間、思わず声を漏らす。別に自分のようなステータスだったわけではない。あまりにも想像していたよりも強かったからだ。そのステータスはこうだ。
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名前:鮎川輝斗
年齢:17
職技:剣聖 Lv.1
筋力:1500
体力:2000
敏捷:1300
知能:1000
マナ:3000
スキル:8
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職技の名前が『剣聖』であることもあるが、1番ステータスの数値の高さに驚いた。先程ニックが例として自身のステータスを公開していたが、筋力は確か2000だったはずだ。それも、職技のレベルは80まで達していた。しかし、輝斗は職技のレベルが1でありながら1500という破格の数値を出していた。どうやらサロメが言っていた通り、外の世界から来た人間の方が、ここの住人よりステータスは大幅に高いようだ。ただし、その場合桜月は例外となるが。
「け、剣聖……!?すごいね……」
「さすがに俺も驚いたよ。レベル1でこれだけのステータス、そして職技……でも、俺は満足していない。この程度では、きっと魔人には勝てないからな」
確かに、これだけのステータスがあることにはかなり驚く。見かけは十分そうに見えるが、ニックと比べると少し低いくらい。成長すればニックを上回り、さらに強くなる見込みがある。また、桜月たちがこの世界に呼ばれた理由は、魔人への対抗として呼ばれた。桜月たちを呼ばなくてはならないほど、魔人たちのステータスはかなり高いものであることは容易に想像出来る。そのことを考えれば、まだまだ満足できるようなレベルではなかった。
「そうだね……もっと強くならなくちゃ、きっと魔人に勝てないよね」
「ああ。だから、これから訓練に励まなくちゃいけないな。お互い頑張ろうな、桜月」
「うん、輝斗くん。それじゃあ、僕は他の人のステータス見てみたいから」
「わかった、俺も隊長に報告に行かなくちゃな。また後でな」
桜月はニックの元へ向かう輝斗を見送り、今度は紗織の方へ向かう。先程までは人だかりが出来ていて近づける気配がなかったが、今はすっかり落ち着いていた。誰かが寄ってきて何か言われないうちに、桜月は紗織に話しかける。
「紗織、ステータスどうだった?」
桜月が紗織に話しかけると、それが聞こえたのか近くの男子がこちらを睨んできた。紗織にあまり心配をかけさせたくなかったので、周りの視線に気づかないフリをして、平常心を保とうとする。
「あ、桜月くん!私の職技は治癒魔術師だったよ!名前の通り回復に特価した職技みたい」
桜月は紗織らしいいい職技だと感じる。実践的なことを言えば、パーティの中に回復役が一人いるだけでもかなり違うと思われる。ダメージを受けても即座に回復出来るし、魔術師とあるからには多少なり魔法が使えるはずだ。紗織の職技は攻守に転用できるバランスのいい職技だった。
「桜月くんはどうだったの?」
「そ、それがね……」
桜月はコールを起動し、紗織にステータスを見せる。ステータス画面を見て、紗織は驚く。
「えっ……な、何これ?必要ないって……?」
「僕もよくわからない……一応0って扱いなのかな……」
「それに、職技に書かれているこれ……どういうこと……?」
「暗示……ってわけじゃないと思うけど……とりあえずニック隊長に聞いてみるよ」
「そ、そうだね。聞いてみれば何かわかるかもしれないもんね。大丈夫、もし何かあっても私が守るから!」
桜月は少し複雑な気持ちになる。自分のステータスのせいで紗織に守られてしまうことになるかもしれないことに。本当なら紗織を守ってあげるはずなのに、このよくわからないステータスのせいで守れないなんてことになるのだから。
「う、うん。その時はお願いするね。そ、そろそろニック隊長のところに行ってくるね」
「わかった!また後でね!」
紗織は桜月に手を振って他の友人のところへ向かった。桜月も手を振り返して、足早にニックの元へ向かう。ちょうど別の人の対応を終えたところで、こちらに気づいて声をかけてくれた。
「コールのステータスは確認したか?確認したら、名を名乗ってステータスを見せてみろ」
「神原桜月です。あの……これがステータスなんですけど……」
桜月はニックにステータスを開示する。ステータスを見たニックは思わず「はっ?」と声を漏らす。コツコツとコールを叩いてみたり、1度入れ直してみたりするが、特にステータスの表示が変わることは無かった。
「……なんだ、このステータスは……?」
「ぼ、僕もわからないんです……だから隊長に聞きに来たんですけど、何か知りませんか?」
「俺もこんなステータスを見るのは初めてでな……よくわからないんだ。申し訳ない」
「そう、ですか……」
「とりあえず、過去に同じ事例がなかったか、部下に調べさせておく。何かわかったら報告するから、今はそのままでいい。他の奴らにも公開しないでおくから、安心してくれ」
「わ、わかりました……お願いします」
「うむ。これで全員の確認が終わったな。よし、全員集合!今から我が国の王の元へ向かう!無礼のないように!」
ニック隊長は全員を集め、出口の先へ向かう。出口を潜った先には、自然と共生している、大きな街に出た。普通の民家や宿、少し高めの建物もすべて木をくり抜いて作られているようだ。中には大樹の中に作られた建物もある。街中をしばらく歩いていると、一際大きい大樹と一体化した建物が目の前にあった。どうやら、あの建物に王様はいるようだ。入口前まで来ると、ニック隊長は立ち止まり、桜月達の方を振り返る。
「それでは、今から城内に入る。お前達はまだ客人扱いだ、無礼のないように。」
みんなは頷くと、ニック隊長は振り返り、城門にいる兵士に話しかける。
「第一部隊隊長ニック・フォードだ。異世界より召喚された勇者を連れてきた!」
それを聞くと、兵士は大きな城門を開けて、「入れ!」と言う。桜月達はニック隊長に続いて中に入る。内装は中世のお城を連想させるデザインで、城の外見からは全く想像出来なかった。さらに進んでいくと、風格のある扉が目の前に現れた。ニック隊長はその扉を開ける。
中は最初の広間よりもかなり広く、兵士がずらりと並んでいた。そして、1番奥には玉座が2つあり、2人の男女が座っていた。ニック隊長達は玉座に座った2人の前まで近づき、深々とお辞儀をする。
「失礼します!第一部隊隊長、ニック・フォード、勇者達を引き連れ、帰還しました!」
桜月達もお辞儀をする。座っていた2人は微笑みながら話し始める。
「おお、これはこれは勇者の方々。我が国にお越しいただき、歓迎します。私はこの国、ユグドラシルの王のホールと言います。」
「私はホールの妻のマーズです。勇者の皆様には、とても感謝しています。話はサロメの方から聞いていると思います。」
ホールとマーズは勇者である桜月達を歓迎する。
「勇者代表の鮎川輝斗です。サロメさんからお話は聞いております。ここにいる全員は、戦う決意を決めた者達です。」
「おお、大変ありがたいです。では、みなさんには少しだけお話をします。」
ホールは桜月達に、これからのことを話し始める。まず、人間種の国は本来4つあったのだが、魔人種に占領されてしまい、今はこの国しか残っていないようだ。そこで、まずは近くにある砂漠の街、サクリフの奪還を目標に、ニック隊長の指導のもと、訓練をするように言われた。流石に戦い方を知らないままでは何の意味もない。いくつもの戦いを越えてきたニック隊長に訓練してもらえば、確実に戦闘能力があがるだろう。明日から頑張らなければ、と桜月は決意した。自分の目的のためだけに。
その日の夜、桜月は窓から外を眺めていた。ホール達は桜月達のために宿舎を作ってくれて、美味しい食事も出してくれた。それだけ期待がかかっているのだ。
「こっちの世界でも、月があるんだ……」
桜月はずっと、空に浮かぶ三日月を眺める。
「……あの悪夢の日も、三日月だったな……」
桜月は小さく呟く。頭の中に、あの悪夢の瞬間がよぎった。三日月の月明かりに照らされる、刃物を持った男。横たわる、血だらけの女の子。何もできずに、立ちすくむ男の子の姿。
「……実……」
桜月の目から、涙がこぼれる。あの時救えなかった弱い自分に。大切な人を失ってしまった悲しみに。
「……寝よう。」
桜月は涙をぬぐって布団に潜る。眠りについた頃も、また涙を流していた。
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