最弱誕生日
サロメが言い放った言葉に、この場にいる普通の高校生達は理解できなかった。当たり前だ。いきなりこんな所へ呼び出されて、人間を救ってください。それをはいそうですかと返す高校生なんて、いるわけがないのだから。
「……は?人間を救う?お前バカなんじゃないの?俺達はただの高校生だぞ?」
「いいえ……あなた達は、私達よりもとても強い力を持っています。人間を救えるほどの強大な力を」
サロメは落ち着いた声で話す。本を読んだくらいの知識ではあるが、心理学を少しだけ学んだ桜月が聞く限り、その言葉は嘘をついているようには思えない。
「ならどうなんだ?俺らは特殊能力とかいう小学校レベルが考えそうなことが使えんのか?」
「ええ、使えますよ。やり方さえ覚えればすぐに……」
「……それは、ほんとか?」
庸介は興味深そうに尋ねた。桜月は庸介の方を見る。庸介の顔は、半信半疑ではあるものの、「力」と聞いたからか、少し笑っているように見えた。クラスメイト達は、桜月達の街にいる不良を統一するほどの、「暴力」という力を持っていることを知っていた。故に、更なる力が手に入れられるとわかり、話に興味を持ったのだろう。
「本当です。後ほどお話しますので、まずは私の話を聞いてください」
「……わかった。さっさと話せ」
庸介は腕を組み、そのまま座り込む。この体勢が庸介が真面目に話を聞く時の態度である。その意志を汲み取ることが出来たのか、サロメが話し始める。
「では、まずはこの世界……セイクリッドで何が起こっているか、お話します」
サロメの話をざっと要約するとこうだ。この世界はセイクリッドと呼ばれており、人間の他にも様々な種族が生きる世界である。種族は大きくわけると、人間、魔人、魔獣、妖精に分けられる。それぞれを軽く説明すると、魔人は魔法の扱いが得意で、魔獣を従えることができる。魔獣は生態がよくわかってないものが多く、魔人に飼われているものもいる。妖精は争いを好まず、温厚なものが多い。戦闘能力の低さから、魔人に領土を占領されているところもあるらしい。人間はというと、道具や魔法を使って戦闘や生活を行っているが、他と比べて圧倒的に数が少ないらしい。
ここまで話した中でわかるのは、魔人が1番権力が強いように思える。そして同時に、人間がほとんど力を持っていないのでは、と予想できる。
魔人は数が少ないことをいいことに、人間の領地を占領し、人間を奴隷として使おうとしている。人間達はそれに抗い、人間と魔人の間で争いが起こっているようだ。もちろん数と戦闘能力の差があるせいで、人間はとても不利な状況だ。そこでどうにかしようと考えた人間の絶対的な存在、神の意向に従い、桜月達を召喚したようだ。
「ここまで、何か質問はありますか?」
サロメが話を終えると、輝斗はそっと手を挙げる。
「その話を辿るとつまり……俺達に戦え、と?」
「そうです。あなた達はこちらの人間よりもステータスが高いため、魔人と対抗するには充分な戦力なのです。最初は誰もが弱いかもしれませんが、経験を積めば魔人に対抗できる力を手に入れられます。」
「でも、それって……最悪死ぬってこと……?」
雪音がそう言うと、周りがざわつき始めた。戦えば、当然勝敗がつく。勝者は生き残り、敗者は死ぬ。これは当然とも言える運命だが、桜月達はまだ17歳の高校生。まだまだ人生に未練は残しているだろうし、人生これからとも言える年齢。だからこそ命を落とすことに恐怖を覚える。いや、誰でも死ぬことに恐怖を覚えると思うが、他の年代の人と比べればより一層死を怖がるのではないだろうか。
「はい。その時は勇猛に戦った勇者として語られるでしょう」
「ここから帰るには……戦わなくてはならないのか?」
「私からは言えません。神の意向に従っただけですので。人間の危機を救って頂ければ、帰れるかもしれません」
その場の空気が冷たくなった気がした。戦わなければ、帰ることは出来ない。そして、戦いに勝利したとしても、必ず帰れるというわけではない。それも、死と隣り合わせの戦い。誰もが戸惑いを隠しきれなかった。しかし、そのしんみりとした空気をまるで気にしていない人物がいた。
「へぇ〜、面白そうじゃん。俺は戦うぜ。」
その場にいた全員が、声を上げた人物の方に顔を向ける。そこにいたのは、腕を組んで立ち上がっていた庸介だった。その顔は言葉の通り、新しい面白さを見つけることが出来たといわんばかりの顔だ。
「お、おい!庸介、本気で言ってるのか!?死ぬかもしれないんだぞ!?」
「本気に決まってんだろ。俺はその力がほしい。誰にも負けないような強大な力を。だから戦う。それとも、帰れないでこのままずっと突っ立ってんのか?」
庸介の答えに、輝斗は黙り込んだ。庸介の言う通り、戦わなけれこのままで、危険にさらされることはないが、帰ることは出来ない。そんなことをしているくらいなら、戦って力を手にする。そうすれば、自ずと道は開けてくると、本人はそう考えていたのかは不明だが、輝斗はその言葉をそのような意図があると汲み取った。しばらく黙っていたが、何かを決意した輝斗は口を開く。
「そうだな……ここで何もしないわけには行かない。全員で無事に帰るんだ。よし、俺も戦おう」
「仕方ないわね……あんた達がやるなら私もやるわ。紗織、やりましょう」
「う、うん!そうだね!輝斗くんたちに任せっきりじゃ悪いもんね!」
輝斗の言葉を聞き、続々と戦う意思を見せる生徒が現れた。桜月ももちろん戦う。か弱い紗織が戦うというのに、自分だけ戦わないなんてかっこ悪い。そしてもう一つの理由として、ここで生活するための視察、といったところだろうか。元の場所に帰ったところで、いじめが止まないのは目に見えている。どうせまた、重い足枷をつけながら学校へ向かうことになるのだろう。だったら自分だけここに残って、普通の生活を送った方が自分にとって都合がいい。何もわからない世界だからこそ、どんな出会いがあるのかとわくわくする。本当に小説のような世界に飛び込めたのだ。考えるだけで心が踊る。
「皆さんのご協力、誠に感謝します。それでは、祭壇にある箱をお開けください。人数分入っているはずです」
サロメが言う箱は桜月の近くにあった。代表して桜月はそれを開けてみると、中には腕時計のようなものが入っていた。桜月はみんなにそれを配る。配ってる最中、紗織に渡す時だけ、睨んでくる生徒が多くいた。幼馴染みとはいえ、桜月が紗織と話したりするのが、みんなは気に食わないようだ。桜月はいつものことだと言い聞かせつつ配り終える。
「それでは、それを左腕に巻き付けてください。手首にピッタリ締まりますので、締まったのを確認してください」
桜月は腕時計を付けるように手首に巻くと、勝手にベルトがしまった。少し締め付けられて痛いが、ブンブンと振り回しても全く動かない。どうやらしっかりと巻き付いているようだ。
「今から、ステータスチェックを行います。画面に右手の人差し指をおいて数秒待ってください。」
言われるがままに、桜月は人差し指を置く。すると、それは勝手に画面がつき「データチェック中です、暫くお待ちください」と音がした。しばらくすると
「認証完了しました。ステータスを更新します」
腕時計からアナウンスが流れる。周囲の至るところから聞こえてきて、全員が認証終了したようだ。
「それでは皆さん、私の説明はここまでです。ここからは、出口横にいるニック隊長からお話を聞いてください」
声が止み、みんなは出口横をみる。そこには先程までは人影はなかったはずなのだが、鎧を身につけた大柄な男がいた。
「お前達、こちらに集合してくれ!」
みんなは男の元へかけよる。全員が集合したのを確認すると、男は話を始めた。
「先程紹介を受けたニック・フォードだ。隊長でもニックでも好きなように呼んでくれ」
ニックは深くお辞儀する。みんなもつられてお辞儀する。
「それでは、今から腕につけたその道具……『コール』の説明をする。コールとは我々の世界では必需品となっている道具で、生活をする上でも欠かせないものとなっている。ここには自身のステータスや能力を表示させることが出来る。では、まずコールを起動させてくれ。タッチすれば起動する」
桜月がコールをタッチすると、「welcome,神原桜月」と表示された。そして、メニュー画面に切り替わる。コールには様々な用途があるようで、情報のトレースや契約を結ぶこともこれで出来るらしい。
「コールは身分証明の役割を果たすから、無くすんじゃないぞ。まあ、そう簡単に外れるものではないがね。では、さっそくステータスの確認をしよう。項目に『ステータス』があるから、それをタッチしてくれ」
みんなは、コールの項目から『ステータス』を選び、自分のステータスを確認し始めた。確認した人達は友人らと見せ合い、各々ステータスを褒め合う声が聞こえてくる。
「確認した者はわかると思うが、『職技』というのがあるだろう?それはいわゆる適任の職業といったところだ。その職業に関するスキルを習得することができる。それぞれの職技を把握しておきたいから、確認したら俺に報告するように」
桜月はステータスを開く前に、どんなステータスか考えていた。個人的には、すばしっこいことには自信があるから、敏捷の能力が高いのではと考えていた。願わくば他の能力も高い方がいい。そんな期待を胸に、桜月は『ステータス』をタッチする。すると、ステータス画面が現れる。そこにはこう書かれていた。
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名前:神原桜月
年齢:17
職技:DEATH/(現在開示することができません)
筋力:unnecessary
体力:unnecessary
敏捷:unnecessary
知能:unnecessary
マナ:unnecessary
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全く意味がわからなかった。職技に書かれているDEATHの文字。それに開示できないなんてことがあるのだろうか。いや、一番の問題はそこではない。筋力や体力の表示に書かれている『unnecessary』の文字。こちらは大いに問題がある。unnecessary、つまり『必要ない』。
「ステータスは……必要ない?」
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