最弱11:準備
ユグドラシルの清々しい朝が始まる。街には少しずつ住民達の姿が見え、立ち話や店の準備をする姿が見えた。だが、宿舎の食堂は重たい空気に包まれていた。その場にいる全員が暗い顔をしていて、中には泣いている人もいた。
「……結局……朝になったな……」
輝斗がぽつりとつぶやく。みんなは無言のまま、顔をうつむかせていた。
「紗織さん、帰ってこないっすね……」
庸介が輝斗に言った。輝斗は、庸介のことだから紗織が帰ってこなくて暴れだすのではと思っていたが、少ししんみりしていた感じだったので内心驚いていた。
「……冷静だな、庸介」
「グダグダ言ってても仕方ないっすからね……」
「まあそうだな……」
そして、また無言の世界に包まれる。何か言おうと思っても、その場の空気に耐えられなくて声に出すことができなかった。昨日の夜、この宿舎を飛び出していった紗織は未だに帰ってこない。桜月という無能なクラスメイトを探しに。きっと洞窟の中にいるのだろうが、もし魔獣に襲われて、そのまま帰ってこなくなってしまったら……誰もがそんなことを考えていて、とても動く気にはなれなかった。そんな時、食堂の入口から声が聞こえた。
「おはよう。お前ら、よく寝られたか?」
みんなが入口の方を見ると、全身鎧に包まれていて、剣を腰におさめているニック隊長が立っていた。
「寝られるわけないじゃない……!紗織が……紗織が帰ってこないのよ!?」
雪音がニック隊長に声をあげた。ニック隊長は少し足らずとも表情を変えずに言った。
「だったらどうするんだ?このまま帰りを待つのか?」
「えっ……」
「本当に心配なら探しに行かないのか?ここで黙って待っているのか?ここで待っていれば必ず帰ってくるのか?」
「そ、それは……」
「可能性が低くても探しに行くのが当然なんじゃないのか?紗織は可能性が限りなく0に近いのに、静止を振り切って桜月を探しに行った。なら、彼女みたいに探しに行くんじゃないのか?」
ニック隊長の言葉に全員は何も答えられなかった。そう、紗織は生きている可能性が絶望的な状況でも、諦めずに桜月のことを探しにいった。きっと、今も必死に探しているのかもしれない。それなのに、自分たちは何もせずにただ待っているだけ。そんなことでは見つかるわけがないのはわかっていた。その事実を受け入れたくなかったのだ。無能なのは桜月じゃなくて、こんな状況で何も出来ない自分達だということを。
「……私は桜月達を探しに部隊を連れて洞窟周辺の模索を行う。やる気がないやつは来なくていい」
ニック隊長はそういって食堂を出ていった。ニック隊長は宿舎の扉の前まで来て、少し言いすぎたかとつぶやいた。
「……」
食堂にいたみんなはまだ無言のままだった探しにいけば見つかるかもしれない。だが、違った形で見つかってしまうかもしれない。そうだとした時、そんな事実は知りたくない。誰もが事実を知りたくないと逃げていると、1人の男子が声をあげた。
「……俺は先に行っている。紗織達が見つかるかもしれない……」
そういって扉の方へ向かっていったのは輝斗だった。輝斗は入口に置いた自分の装備を手に取り、食堂を出ようとする。
「お、おい、輝斗……」
「みんなは……じっくり考えていてくれ。俺はどんな形であろうと紗織達を見つけたい。どんな事実になるかはわからない。本当のことを知りたい……死を恐れない……そんなやつだけ来ればいい。洞窟前で待っている。やる気があるやつは、9時までに来てくれ。」
そういって、輝斗は食堂を出た。みんなは輝斗の言葉を聞いても、誰も動かなかった。
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お互いに背を向け、顔を赤くさせながら着替える2人。紗織はまんざらでもない気がするが、桜月は思い出す度にうずくまってしまう。勢いとはいえ、あんなことやこんなこと……と言っても、互いに体を流しあったりちょっといたずらしたりしていただけなのだが。お泊り会ではよくやっていたが、高校生2人でそれをやるのは、桜月には恥ずかしすぎた。
(……どうしよう……話しづらい……だいたいなぜ2人でお風呂に入ったのか……紗織の体も見ちゃったし……別に嬉しくないわけじゃないけどあそこまで攻め込んでくるとは……あああ思い出すだけで恥ずかしいんだけどーー!!)
桜月がまたうずくまって髪をわしゃわしゃしていると、着替え終わった紗織が話しかけてきた。
「桜月くん、終わった?」
「ふぇ!?う、うん!お、終わってるよ!な、何か?」
桜月はちょっとビクッと体を震わせゆっくり立ち上がる。紗織はそれをみてクスッと笑った。桜月はみっともないところを見られて少し顔を赤くした。
「これからのこと、聞いておきたくて」
「あ、ああ……そのことね……とりあえず、当初の目的通りサクリフに行こうと思ってるよ」
初めてホール王に説明された、最初の目的である砂漠の街サクリフ。桜月はとりあえず人間種の居所の奪還を実行しようとしている。別にホール王達の頼みを聞くわけではなく、あくまで自分のためである。ユグドラシルは住み心地のいいところだが、これから旅をしていればもっといい街が見つかるかもしれない。魔人種に占領された地域だったらそれは嫌な気しかしないので、魔人種達を追い出して快適な生活を送るために人間種の街の奪還を考えているのだ。
「わかった!じゃあ準備しておくね!」
「あ、ちょっと待って」
準備をするために戻ろうとした紗織を桜月が呼び止めた。
「えっ?なに?」
「確か街にギルドってあったよね?1度そこによっていろいろしてから行こうと思うんだけど……」
ギルドとはいわゆる冒険者達の集まる場所だ。ギルドには仕事が入ってきて、それをこなすとその仕事によって違うが報酬がもらえる。ゲームにもよくあるあれだ。桜月たちは強さがあるかは別として、今は誰もお金を持っていない。無一文で飛び出しては他の街に行っても寝泊り出来ないのが目に見えている。そのために、適当な仕事を1こなしてお金を稼ごうとしているのだ。
「うん、あったよ。確か中心部付近にあったはずだよ」
「よし、じゃあそこに行こう。そこで稼いで、旅の資金にしよう。あと、ミノの服買っておかないと……獣神種ってこともバレないように……」
この世界には4つの種族しか存在しないという常識が定着しているため、ミノのような獣神種が出てきたら大騒ぎするかもしれない。最悪、ミノが研究対象として連れていかれるかもしれないので、それがバレないようにするための細工を少しでもしておきたい。
とりあえず頭に付いているうさみみを隠すために、それが出来そうな服を探しに行かなくてはならない。どのみちお金が必要なので、最初はギルドに行くことになる。
「じゃ、予定も決まったし準備しようか。1時間後に出発するから、その間に準備してね」
桜月はそういって脱衣場を出る。そしてすぐさま倉庫へ向かった。なぜかと言われれば、試しておくことがあるからだ。狼牙との戦いで、『創造』のルールはかなりぬるいことがわかった。鎌として使えるなら鎌の形じゃなくてもいいらしいし、創造は経験を積めば派生が増えたはずだ。それなら、この短時間のうちに経験を積んでおくべきと考えたからだ。
だが、それならここに移動する必要はない。ではなぜ移動したか。それは試したいことがあったからだ。
試練の洞窟をさ迷っている時、ちょくちょくと見かけた鉱石は回収していた。実際、どれもこれも売ればかなりの値段がする貴重な鉱石や、実用性の高い鉱石が多かった。その中に、ベルプルトニウム鉱石というものがある。プルトニウムと聞いてわかった人はかなりの理科脳だと思う。プルトニウムとは放射線物質で、人体にかなりの悪影響を与える。そのプルトニウムを石にして、放射線を出さない無害なものだと考えてくれればいい。ここでは沢山見つかり、もちろんすべて回収した。それらはまとめて袋に入れてある。
ベルプルトニウム鉱石は粉にして水に溶かすと、プルトニウムが気体として水から蒸発する。そして、半減期なんてものは関係なく原子崩壊を始める。どのくらいで崩壊するかと言われれば、人体に影響を与える前に無害な原子に崩壊してしまうほどだ。原子崩壊の時、元の世界の原子力発電所とは比べ物にならないくらいの莫大なエネルギーを生み出す。
そのエネルギーを利用して、桜月は発電機を作れないかと思った。この世界にも電気は存在するが、発電効率はかなり悪いらしく、電気代も高くつくらしい。それなら、自分達である程度電気を作れれば電気代はかからない。もっとも、それが理由で作るわけではない。
1番の理由は、その電気を移動手段に使うことだ。これから旅をするにあたり、長い距離を移動することになる。徒歩で移動は時間がかかって疲れるし、馬車などはお金がかかる。そのために、創造で移動出来る何かを作り、そこに発電機を組み込めば鉱石を投下するだけでかなりの距離を移動出来ることになる。実際、燃費がいいと言っている車よりも何百倍も効率がいいことが計算で証明されている。それなら作らない術はない。なので、まずは創造の派生である『加工:石』の取得をしたい。出来るだけ耐久性が高く、機転が利くものが作りたい。そこまで複雑に作るとなると、創造だけでは持たないだろう。レベルアップと派生取得のため、桜月は延々と何かを『創造』で作り出す作業を開始した。
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紗織は脱衣場から出ると、ミノのことを起こそうと体を揺すった。
「んぁ……桜月ぃ……そこはぁ……」
どうやらミノは夢の中でご慢心の様子。少し前に桜月と紗織の関係が進展したのを知らずに。
「どんな夢なんだろう……気になるけど起こさないと……ミノちゃーん、起きてー」
紗織は揺すったりポンポンと肩を叩いたりしたがなかなか起きる様子はない。何回か繰り返していると、ミノが寝返りをうった。桜月から借りていた服は脱げてしまい、オープンなスタイルになっていた。
「ミノちゃん……ほんとに実と似てる……ふふっ」
紗織はお泊り会のことを思い出す。2日目の朝に紗織が1番に起きてみると、実のパジャマの上が脱げていたのだ。紗織は慌てて実のパジャマを直していたところ、偶然起きた桜月に見られて顔を真っ赤にした思い出があった。紗織は扉の方を確認しつつミノの服装を直す。
「今回は……見られなかった……よかった……」
「ぅん……紗織……?」
紗織が胸をなでおろすと、ミノがゴシゴシと目を擦りながら起き上がる。
「おはよう、ミノちゃん。よく寝れた?」
「うん!気持ちよく寝れたよ!」
ミノは紗織に無邪気な笑顔を見せる。紗織は無意識にミノの頭をなでた。何故かわからないが、ミノには何かなでたくなる魔法でもあるのだろうか。
「起きてすぐで申し訳ないんだけど、あと50分後にここを出発するから、準備しておいてね」
「はーい!じゃあ出る前にお風呂入ってこよっと!」
ミノは脱衣場の方へ向かった。紗織はそれを見届け、台所の方へ向かう。冷蔵庫の中身を確認し、食材を取り出して何かを作り始めた。しばらくはお金がないため、食事についても確保しなくてはならない。ここには豊富に食材があったので、出掛けた時にお昼が食べられるように紗織はお弁当を作っていた。
「美味しく作れればいいな〜」
紗織はお弁当を美味しそうに食べている桜月を想像してニヤニヤしながらお弁当作りを進めた。
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