最弱10:2人の思い
「うぅ……ん……」
桜月は両腕の違和感と共に目が覚めた。まだまだ眠気が襲ってきて気を抜けばまた寝れそうだ。両腕の違和感は何かが乗っかっているように感じる。石でも積まれているのだろうかと思い、桜月は右側に視点を動かす。すると、目の前に広がっていた光景は、桜月の腕に抱きついてすやすやと寝ているミノの姿だった。寝顔はとても可愛らしいのだが、寝ているミノにある問題があった。
桜月が渡した服が服としての仕事をしていなかった。服はちゃんと着ているのだが、特に下の方が完全に仕事を放棄している。
「っ……!ちょっ……!」
桜月は慌てて近くにあった毛布をミノにかぶせた。下手に服を動かして起きてしまうとあの豪脚で蹴られかねないかもしれない。桜月は右側に目のやり場をなくしていたので左側に顔をそらした。
左側には半ば予想通り紗織が腕に抱きついて寝ていた。こちらも寝顔がとても可愛らしい。こっちはミノみたいなハプニングはなく、目に入るものと言ったら服の隙間から見える二つの山の谷間じゃなかろうか。下心はない桜月だが、紗織を見ているとどうしても目に入ってしまう。
桜月は思わずミノの方を見てしまう。気にしていなかったが、ミノもなかなかの大きさだった。さっきは下半身の方の問題点があったため目がいかなかったが、今度は上の方もなんとなく見てみる。
「……実は本人じゃないとはいえ……昔と大違いだなぁ……」
桜月は再び紗織の方を向いて言った。昔は自分よりも結構小さく、その時から可愛かったが、今となっては身長は追いつかれそうなくらいに高くなったし、顔もさらにかわいくなった。スタイルもモデルのようになったし、色っぽさも感じるようになった。最後に関しては桜月は気づいてないが、昔のころとは大違いだった。
次にミノの方を向く。髪の色とかうさみみが生えてたりとか違いがあっても、実を成長させたらこんな感じになるのではという考えとほぼ一致していた。紗織のようにスタイルがいいし、こちらからは色気がミノの周りを漂っていた。桜月はそれを、きっと服のせいだと考えている。
「二人とも街を歩いていたら声かけられそうだね……」
実際、ここに来てすぐのころは紗織は街の人の目を釘付けにしていたのを目にしていた。ここにミノを投入したらそろそろアタックしてくる人がいるのではないだろうか。きっと2人にも好きな人くらいいるのだろうし、玉砕する未来が見えているが。
「……お風呂にでも入ろうかな……」
桜月は2人を起こさないように慎重に腕を抜き、ベッドを出る。近くにある棚に何か入ってないかと見てみると、タオルのようなものが見つかった。桜月はそれを持って浴室に向かう。
浴室の方への扉をあけると、脱衣場のようなものがある。どこか日本の古い銭湯を思い出させるような脱衣場だった。桜月は故郷に似た景色を見られたからか少し嬉しく感じた。故郷に帰りたくなくても、風呂は本当に好きだった。やはり日本人は風呂が好きという遺伝のようなものがあるのだろうか。
脱いだ服をロッカーに入れて、浴槽のある部屋の扉を開けた。やはり中は日本の銭湯のような感じだった。手前には体を洗うスペースがあり、桶と椅子があった。正直ここは日本の銭湯をイメージして作ったのではないかと疑いたくなるくらいの再現度であった。奥には大きな浴槽があり、壁には富士の山の代わりに、この世界では有名なウィンドハル火山の絵が描かれていた。
「懐かしい風景だなぁ……」
桜月はポロッと口からこぼして、早速湯船に浸かってみた。宿舎にもお風呂はあったが、銭湯どころか自宅で入る風呂よりも疲れは癒されなかった。なんというか、桜月の体には合わなかったと言った感じだ。
だが、こちらの湯船は本当に気持ちがよかった。日本なら天然の露天風呂くらいではないだろうか。試練の中にこんなものがあるのがもったいないと感じてしまうほどだ。いっそのこと、ここを開拓して銭湯を営んで稼ぐのもいいかもしれないと思った。
「はぁ〜……疲れがとれる……こんなに気持ちいいお風呂はいつぶりだろう……」
桜月はとろんとした顔で気持ちよさそうにつぶやいた。身体中の力が抜けていって、疲れがどんどんとれていくような感覚が伝わってくるほどだった。気持ちよく湯船に浸かっていると、扉がカラカラと開く音がした。そして音をたてて浴槽の方へ近づいてきた。
「えっ……誰……?」
桜月は振り返ろうとしたが、頭の中で考えがよぎった。入ってきたのが紗織、またはミノであるということだ。ここには桜月と紗織、ミノしかいないわけだし、侵入するとしてもあの狼牙を倒さなくてはならない。そう考えると、紗織かミノの可能性が高い。
そしてもう一つ、桜月が入っていると知らずにタオルを巻いてなかったとしたらどうなるか。言わなくても察しがつくだろう。紗織の場合は強烈なビンタが、ミノの場合はローキックが顔に飛んできてもおかしくはなかった。
(ど、どうしよう……振り向けない……でもこれが敵だとしたら殺られる……!でもここに来るにはそれなりの試練があるはずだし、侵入はほぼ不可能……でもそれを簡単に掻い潜れるやつだとしたら……)
桜月は焦っていて気づいていないが、よくよく考えれば『気配察知』を使えばすぐわかる話である。それに気付かず思考を巡らせていると、桜月の隣からチャポンッと水が音をたてた。桜月は思わず隣を見ると、前面をタオルで隠してゆっくりと湯船に入ってくる紗織の姿があった。桜月は少し見とれてしまっていたが、紗織がそれに気付き頬を赤らめると、桜月は目をそらした。紗織が湯船に浸かると、桜月の方に体を寄せてきた。桜月の腕には紗織の体がぴったりくっ付いていて、顔は肩の上に乗せていた。
「……さ、紗織……?どうしたの……?」
桜月は紗織の方に顔を向ける。距離にして約20cmもないくらいではないだろうか。紗織の顔は桜月が入った時みたいにとても気持ちよさそうな顔をしていた。
「ううん……私もお風呂入りたかったから……」
「ぼ、僕が入ってたのに……?」
「うん……」
紗織は少し頬を赤くしていた。
「……こうしてるとさ……昔を思い出すね……」
「そういえばあったね……皆でお泊り会とかやったり……その時一緒にお風呂に入ってたよね」
小学校3年生くらいの頃、桜月と紗織、そして実でお泊り会をやったことがあった。桜月の家で楽しく食卓を囲んだり、3人でお風呂に入ったり、川の字に並んで寝たりしていた。その日のことは、実がいた頃の1番大切な思い出だった。
「そう考えたら、私達ほんとに成長したね……桜月くんは前より大人しくなったけど……」
「まあね……小学生の時の紗織と違って、今はみんなに人気があるもんね。それに、美人さんになったし……」
「も、もう!からかわないでよ〜!」
紗織は頬を赤らめて言った。実際、小学生の頃と今とでは大違いだった。昔は桜月達とずっと一緒にいたからか友達はそこまで多くなかったし、転んだらすぐに泣いてしまうくらいの泣き虫だった。だが、今ではクラスどころか街中やこの世界の住民達の目を引くくらいの美人になったし、たくさんの人から信頼されている。
「でも、昔から変わってないことだってあるんだよ?」
「えっ?どんなこと?」
「……それは……」
劇的ビフォーアフターを遂げていた紗織だが、一つだけ変わらないところがある。それは桜月は気づいていないことであり、紗織が長年心の中でしまっている桜月に対する思いだった。今になるまでに、桜月よりもいい男とは何人も会っていた。クラス内で言えば輝斗のような、頭がよくてスポーツが出来て性格がいい。そんな人に、紗織はたくさん巡り会ってきただろう。
だが、どんなにいい男と出会っても、恋愛対象として見るほどに好きになる人は1人もいなかった。時には告白されたこともあったが、すべて丁重にお断りした。そして告白してきた人には、自分以上にいい人とはどんな人なんだと聞かれた。もちろん、その質問にしっかり答えたことは1度もなかった。
紗織がどんな男にも目を向けず、告白をすべて断る理由。それは、昔から自分のことを守ってくれて、いつでも傍にいてくれた人がいたから。そして、紗織はその人のことが好きだったから。紗織が惹かれたその人こそ、桜月のことだった。他の人みたいにどこか伸びているところがあるわけでもなく、誰から見ても平々凡々だが、紗織のことをいじめから守ってくれたり、楽しい時も、悲しい時も、どんな時も笑顔を見せて自分と接してくれた、桜月のその心に惹かれたのだ。
紗織自身、桜月がどう思っているかはよくわからない。それでも、勇気を振り絞って伝えた。
「桜月くんのことが……大好きってこと……ずっと一緒にいたいこと……ずっと笑っていたいこと……そして何より……」
紗織は1回息を吸って、はっきりと言った。
「生涯、桜月くんのことを支えたいこと」
桜月は頭の回転が追いつかなくてポカンとしていた。桜月がそれを告白だということに気づくころには、紗織は顔を真っ赤にしていた。桜月はどう返せばいいか戸惑っていたが、深呼吸をしてから言った。
「僕も、昔と違って大人しい性格になったし、いじめられるようになった。その度に、紗織に助けてもらっていた。昔と逆になっちゃったけど……僕にも変わらないものがある」
「えっ……?」
桜月は優しく微笑んで言った。
「紗織のことが大好きだってこと」
その言葉を聞いた瞬間、紗織の目から少し涙が溢れていた。桜月は指で涙をすくう。
「あ……ありがとう……桜月くん……!」
まだ涙をこぼしている紗織を桜月はギュッと抱きしめる。紗織も片手でギュッと抱きしめかえす。桜月達がいる空間だけ、周りの雰囲気と違って独自の空気を作っていた。
「……あのね……私、桜月くんとしたいことがあるんだ……」
紗織は抱きしめるのをやめ、桜月の正面に顔をむける。
「ん、なに?」
「それはね……こういうことっ」
紗織はそう言って桜月と唇を合わせる。桜月は状況を全く理解出来ずにいたが、どんなことになっているか理解すると、背中に手を回して抱きしめる。紗織もタオルを押さえていたタオルを離して両手で抱きしめる。
「んっ……!」
紗織がビクンッと反応した。桜月はそれがちょっと可愛く見えて、少し舌を絡めてみた。
「っ……!」
またビクビクッと体を震わせる。このままいじめてるものいい気がするが、流石にかわいそうなので唇を離した。紗織はトロンとした顔になっていた。
「ハァ……ハァ……」
「あ、えっと……紗織……?あの……」
「ふぇ?あ、ううん、大丈夫!」
紗織はまだ余韻に浸っていて、体をビクンビクンとしていた。だが、桜月が気にしているのはそっちではなかった。
「あ、いや、その……」
桜月は目をそらしながら紗織の体を指さした。紗織が桜月を抱きしめた時、タオルを押さえていた手を離したために、今の紗織は完全に裸の状態だった。紗織はそのことに気づくと、タオルで隠すかと思いきや、桜月の顔を紗織の方に向けた。桜月は紗織の体を見て顔を真っ赤に染めていた。
「あ、あの……紗織……?」
「桜月くんなら……見てほしいくらいだよ」
「……」
桜月はまた顔を真っ赤にする。紗織は頬を赤らめながらも微笑んでいた。むしろもっと見てほしいと言わんばかりに体を近づけてきた。
「ちょっ……紗織……」
「ふふっ……大丈夫だよ、誰も来ないもん……ね?」
紗織はさらに顔を近づけてきた。このあと、桜月は思考を停止し、もうどうにでもなれと紗織といちゃいちゃしたのは言うまでもない。
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