プロローグ
暖かい空気が漂う春。新学期が始まったばかりだが、今年は珍しく桜はまだ散っていなかった。校門をくぐる学生達が、先生に元気な挨拶をしている。今日もありきたりな、ごく普通の朝の学校であった。そんな学校から少し離れた住宅街の中を歩く神原桜月は、いつも通り学校に向かっていた。ヘッドホンをつけ音楽を聴き、大きなため息をつきながら。
桜月は普通の高校2年生。名前は女の子のようだが、れっきとした男である。性格は明るく友達とよく話している……わけではなく、コミュ障のせいで全然話せないため、友達はいない。学校ではいつも教室の端っこで本を読んでいる。クラスによく1人はいるであろう少し地味な男の子である。
そのコミュ障のせいで、多くのクラスメイトにいじめられている。コミュ障なのはオタクだから、とか、なんであいつと話してるんだよ、とか。理不尽な言葉や暴力を奮ってきたりする。そんなことが毎日続くせいで、桜月は学校が嫌いだった。
今日も相変わらず足取りが重い。なんでわざわざ行きたくもない学校へ、と思う自分がいる。しかし、行かなければ親に心配をかけてしまうと、重い足を引きずる。
「また……1日が始まるのか……」
桜月はボソッと呟く。さらに足に重りがつき、歩くスピードも少しずつ落ちてきている。きっと、本能が行ってはならないと警告を出しているからだろう。それでも足は言うことを聞かず、そのまま学校へ進ませる。
「いっそのこと、こんな世界じゃなくて……もっと素晴らしい世界にいたい……小説の世界のような素晴らしい世界に」
青く澄み切った空を見ながらつぶやいた。空を見つめながら、桜月はゆっくりと歩き続ける。すると、突然すごいスピードで進む何かが、空を横切る。桜月は一瞬鳥かと思った。しかし、それにしてはありえないスピードで横切っていた。きっと間近で飛行機が通ったときのような、それくらいのスピードである。あわてて進んでいった方に目を向けたが、そこには何も見えなかった。どんな速いものであれ、影の1つは見えるはず。だが、空のどこを見回しても、先程の謎の飛行物を思わせるものは見えなかった。
「何だったんだ、さっきの……鳥じゃなーー」
桜月が最後まで呟く前に、突然足がフッと宙に浮く。そして、急速に体が下がっていく。思わず下を見ると、足元に地面というものが消えていて、人が1人入るほどの穴があいていた。
「なっ……!?」
桜月は穴のふちを掴もうとする。しかし、穴が突然拡大し、縁が離れていく。縁に向かって伸ばした手は空を切る。桜月はそのまま、闇の中へと落ちていく。桜月が落ちた穴は、体が落ち切ったところで一瞬で塞がれる。何も見えない闇の中、体は勝手に落ちてゆく。
「もう……ダメ、なのかな……」
桜月はゆっくりと目を閉じる。体が落ちていく感覚を覚えながら、考えることを放棄した。その瞬間、プツッと意識が途切れてしまった。
ほんのりと冷たい空気が肌に触れる。しかし、その空気は今まで触れていた空気と何かが違った。まるで洞窟などの穴の中にいるような、でもほんのりと温かみがあるような。桜月はゆっくり目を開き、周囲を見回す。どうやら予想は当たっていたようで、薄暗い洞窟のような場所だった。目の前には銅像のようなものが立っており、地面をみると、白いチョークで書かれた俗に言う魔法陣のようなものがあった。銅像の反対側には出口かと思われる光が見える。
「ここは一体……?」
洞窟内に桜月ではない声が響いた。声の方へ振り向いてみると、声の主と思われる男が、起き上がって少し戸惑っていた。その後も続々と声が聞こえだして、ここはどこなの、帰りたい、という声があがり、みな続々と起き上がる。
「う〜ん……ここは……?」
桜月の隣から、聞き覚えのある女の子の声が聞こえた。振り向くと、長い黒髪の女の子が起き上がっていた。桜月はその顔を見て驚き、すぐにそばへ駆け寄る。
「さ、紗織!?大丈夫!?」
「えっ……?あ、桜月くん!」
桜月が紗織と声をかけた女の子は、パァっと明るい顔になる。桜月の手を取り安心した顔を浮かべている彼女、時雨紗織は、桜月のクラスメイトである。小さいころからの幼なじみで、桜月と違って成績優秀、スポーツもこなす。まさに文武両道である。また、クラスの中ではマドンナのような存在で、絶大な人気を誇っていた。まさにパーフェクトガールである。
「な、なんで紗織がこんなところに……!?」
「桜月くんこそなんで……!?私、登校したらいきなり穴が開いて……そのまま落ちちゃって……」
どうやら紗織も同じ目にあったらしい。きっと、周りのみんなも同じだろう。きっと、桜月と同じく空を飛ぶ何かを見つけて、大きな穴に落ちてしまったのだろうか。
「くそっ……いきなりなんなんだ……ん?さ、紗織!なんでここに……!?」
「ほ、ほんとだ!紗織……と、邪魔な桜月……」
「さ、紗織さん!大丈夫すか!?怪我はないっすか!?」
桜月が少し考え込んでいると、紗織の近くにいた男女3人組が紗織の元に駆け寄る。近づいてくると、女の子とチャラチャラした方の男が、桜月のことをキッと睨む。桜月はその視線に反抗することはできなかった。紗織から離れていくと、2人は安心したかのように紗織のそばへ駆け寄る。この3人も桜月同じクラスメイトで、その中でも中心的な3人である。
紗織の手を取って話しかけているのは、クラスの男子の中で最も人気がある鮎川輝斗。輝斗はクラス内でも特に成績が優秀で、成績優秀者として賞を貰ったことがある。部活は剣道部に所属していて、全国大会優勝という成績を残している。正義感が強く、信頼されている輝斗は、桜月のいじめを止めようとしてくれている優しいやつだ。たまに正義感が間違った方向に走ってしまい、問題を起こしてしまうことも多々あったが、正義感ゆえの行動であると理解している桜月は、少しの信頼と尊敬の念を抱いている。
心配そうな顔で話している女の子は、寒条雪音。名前もさる事ながら性格もかなり冷たい。クラスメイトにはクールビューティと呼ばれていて、紗織との人気争いに加わる。紗織一の親友らしく、親友の紗織の前では冷たい態度を見せたことがない。いつも紗織と馴れ馴れしく話している桜月のことを嫌っていて、毎日桜月のことをいじめてくる。噂によると雪音は紗織のことが(恋愛という意味で)好きらしい。
紗織のことを必要以上に心配しているチャラチャラした男は佐村庸介。成績の悪さと態度の悪さはクラス一悪いと言われているが、体育だけはとても成績がいい。いわゆる脳筋という言葉は彼のためにあるのかもしれない。たまに変なところで頭が回るらしいが。そして、クラス、いや、学校内でも紗織のことを1番好きであると言われている。いつも紗織にそれらしいアプローチをしている。本人は全くわかっていないようで、いつもいつもスルーされてばかりだが。それでもめげずに挑戦しているところを見ると本気で彼女が好きらしい。
桜月と紗織、そしてこの3人をみればわかると思うが、全員同じクラスの人間だ。他の人達を見てみると、桜月のクラスメイト達であることが何とかわかった。普段本ばかりと向き合っていたために、こんな人いただろうか、と思うこともあった。
なぜ桜月達のクラスがこんな目にあっているのだろうか。そんなことを考えていると、どこからか知らない声が聞こえてくる。
「皆さん、お目覚めになりましたか?突然のご無礼をお許しください。」
何も無いところからいきなり声が聞こえて、周囲の人達はざわめく。紗織の方を見ると、少し怯えている。そんな紗織に手を伸ばそうとするが、雪音と庸介の睨みによって手が引っ込む。
「私の名前はサロメと言います。以後、お見知りおきを。」
「おいお前!ここはどこなんだよ!さっさと俺らを帰らせてくれよ!」
紗織のそばにいた庸介が声をあげる。
「残念ですが、それは出来ません。あなた達には、やってもらうこと……いえ、やって頂きたいことがあるのです……」
「この……さっさと返せって……!」
「おい庸介!落ち着け。とりあえず話だけでも聞いてみよう。」
声を荒らげる庸介を輝斗が止めにかかる。
「でもよ輝斗……!」
「落ち着けと言ってるだろ!今の状況を見る限り、主権は向こうが握っているんだ。俺達は手を出せない……それに話を聞いていれば、帰る方法がわかるかもしれない。」
「ちっ……わかったよ……」
庸介は落ち着きを取り戻したところで、サロメが声をかける。
「どうやら落ち着いたようですね。それでは続けさせていただきます。」
全員は静かにサロメの話を聞こうとしている。そして、サロメは桜月達、普通の高校生では考えられないようなことを言い放ったのであった。
「あなた達の力で、人間を救ってください。」
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