帝王の雛 一話
「お兄ちゃん!遅刻するよ!」
バン!と勢いよく俺の部屋のドアが開く。
目を開けてみれば真っ白な天井が。
ゆっくりと起き上がると、ドア付近にこちらを睨んでいる妹の姿がある。
「あー・・・もうそんな時間か」
脇の時計を見てみれば、時刻は朝の7時ピッタリ。確かにそろそろ起きないと遅刻してしまうだろう。
「さっさと下に起きて朝食を・・・」
「わかったわかった。五分待っとけ」
「待てるか!さっさと作れ!」
そっちかよ。そういえば今日は俺が作る番だっけ。
母親は仕事で忙しく、基本的な家事は俺も妹・・・明日香も出来る。ていうか仕込まれた。現在俺が十六歳高校一年生、明日香が十五歳中学三年生なのだが、俺が高校に入学した時位から遂に頻繁に出張に出るようになってしまった。
その為家に帰るのは週に数回。下手すれば一週間は帰ってこないので、ご飯当番を決めていたのだが・・・すっかり忘れていた。
「・・・着替えるから三分」
それだけ聞くと明日香は下に降りていってしまった。
「じゃあ、いってくるね」
朝食を食べ終えるとすぐに妹は出発した。俺もそろそろ家を出ないと。
いつものように玄関で父親の写真に手を合わせる。
俺の父親は一年前に行方不明になってしまった。出張から戻ろうと、この町へ戻ってきたところまでは行方が掴めているのだが、それから先がわかっていない。
荷物などは玄関に置いてあったから、自分で何処かに行ってしまったと言われていた。そんな事をするような人じゃ無かったはずなのだが・・・。
当然、受験シーズンの俺には結構響いた。一応置き手紙も有って、ある程度は安心もしてたのだが・・・明日で一年だ。不安も戻りつつある。
出来れば明日香の受験までには帰ってきて欲しいとは思うが、きっと無理なのだろう。
合掌を止めて、写真の後ろに飾ってあるペンダントを身につける。
金色の装飾はほとんど剥がれ落ちているが、中には眩く輝く真紅の宝石が埋め込まれている。唯一置き手紙に俺への贈り物として書かれていた物で、父親がいつも身に付けていた宝石だ。
不思議な力があるかは分からないが、身に付けていればいつか帰ってくるような気もする。
「・・・行ってくるよ」
誰もいない家に、声が響いた。
家から高校へは徒歩で二十分程度。下り坂なので行きは楽だが・・・帰りが辛い。
道中、見知った後ろ姿を見つけて声をかける。
「おーい。瑠璃」
「おはよ、竜斗。・・・寝癖ついたまんまだよ?」
「ん?あー、今日は朝食当番で直す暇無くてさ」
星空瑠璃。両親同士が旧知の仲であるらしく、生まれた時から兄弟同然で育てられた。一年生ながら生徒会に所属し、成績は初回のテストから学年一桁に入るほど。
「そっか・・・明日香ちゃんも大変だね。まだ中学生なのに、両親共家に居ないなんて」
「ああ。内心寂しがったりしてるのかもな」
「・・・そうだ。今度三人で買い物にでも行こうよ。私と、竜斗と明日香ちゃんの三人で」
「俺は良いけど、そっちはいいのか?色々と大変なんだろ?」
この所生徒会は忙しいらしく、夜まで残ったり休日に登校しなければいけない時もあるらしい。
「私から誘ってるんだから気にしなくていいよ」
「・・・そうか。じゃあ適当に伝えとく」
昔から変わらず、明日香には優しいのも特徴の一つだ。
「おーい竜斗?おーいってば」
ん・・・?
「もうホームルーム終わったぞー帰りだぞー」
顔を上げると、前の席の友人、斉藤樹が俺の顔を覗いていた。
「もうそんな時間か・・・」
「よくそんなに寝れるよな。さすがは学年1の睡眠キング」
「誰が言ってるんだそんなこと」
樹は自分を指して頷く。
俺は半ば呆れながら鞄を取って席を立った。
「お?今日は直帰?」
「ちょっと用事があってな。じゃあな」
そのまま学校の外に向かう。
放課後の校庭は部活動で騒がしく、寝起きの頭には声がよく響く。
「竜斗」
校門を出ようとした時、後ろから俺の名前を呼ぶ声がする。
振り返ると見慣れた幼馴染みの姿が。
「・・・なんだ瑠璃か」
「なんだはないでしょ。せっかく声かけてあげたのに」
「・・・で?何か用か?」
「何よ。用がなかったら話しかけちゃいけないの?・・・今日は偶々仕事がないから一緒に帰ろうって思っただけよ」
「なんか微妙に怒ってないか?」
「怒ってません!」
いや怒ってるだろ・・・。
学校が終わってからの上り坂というのは中々辛い。
体力はともかく、足と気力がもっていかれるので結構な苦行だ。小学校も中学校も坂の下に通っていたのだが、一向に慣れる気配がない。
「お、お前よくすらすら登っていけるな・・・」
隣を歩いていた幼馴染みは今やとっくに先に進んでいた。
「・・・竜斗が体力なさすぎなだけ。普通の人はこれくらいなんでもないよ」
「んな・・・馬鹿な・・・」
やっとこさ坂の上にたどり着く。
上から見る町の景色はそこそこ綺麗で、もうちょっとすると美しい夕焼けも見える。
・・・のだが。
「なあ瑠璃・・・?さっきまで晴れだったよな?」
「そのはずだけど・・・これはどういうこと?」
坂を上った俺たちはいつの間にか深い霧に包まれていた。
「霧ってこんなに早く深くなるもんだったか?」
「いいえ。ほんの数分前まで晴れだったのになんで・・・?」
その時、困惑する俺達に更なる恐怖が訪れた。