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入団

 カツカツカツ……

 チョークの硬い無機質な音が響き、周りからはシャープペンの芯が擦れる無機質な音が漂っている。

 そんな変わり映えのない日常中、しいて変わったところを挙げるとすれば、彼、押野見賢の机の隣に松葉杖が立てかけてあるところだろうか。

 彼はペンを走らせる手を少し止め、自分の頬に触れる。

 昨日の朝、あの襲撃の翌日だ。病院で起きたら殴られたところだ。

 はっきりと言おう。

 何も覚えていない。

 そう言い終えた時、柳木は冷たい表情をし、

「じゃあちょっと……ね」

「え?」

 バシンッ!

 である。

 その後、彼女は深くため息を漏らし、何も言わずに部屋を出て行った。

 押野見はただ目をしばしばするしかなかった。

 再び彼女が来たのはその日の夜。

 その時のようやく状況を説明してくれた。が、叩いたことへの質問はむすっ……いや、イラッととするだけで、何も答えてくれなかった。

 聞くとキッと睨まれるので、押野見はそれ以降聞かないことにした。

 ……柳木の話だと、魔術師との戦いは、勝利に終わったようだ。

 が、相手は死亡したらしい。

 倒したのは柳木。

 彼女の話だと、自分は柳木の死体を見て気絶したらしい。よって、記憶は途切れ、目覚めたところから再開している。

 この足の抉られたような小さな穴は、柳木が相手を戦っているときに相手の攻撃が当てってしまったと言っていた。

(なんにせよ……)

 頬をから手を離し、彼は窓の外を見る。

(僕、何の役にも立ってない……)

 ううう……、とあまりの申し訳なさに一人涙を零した。



 昼休み。

 押野見はいつものように三人で席を合わせて座っていた。

 柳木は今日一人で食事をするようだ。きっと屋上にいるのだろう。

 そういえばなぜ屋上に行くのだろう。一人になりたいのだろうか。いや、それならコロニーにいた時に見せたあの態度は嘘だったのか。いやそうは見えなかった。

(……開放的だからかな……確かに気持ちいいし、でもちょっと暑いかったかな……)

「おーのーみーッ!」

「は、はいっ!?」

「やっと気づいた……」

 美月は少し膨れ面をして、しかし寂しそうに言う。もしかしてずっと呼んでいたのだろうか。

「ご、ごめん美月! なに?」

 慌てて押野見の方から聞き返すと、彼女は今度、

「え!? あ、その……」

 とちょっと目をそらし、髪を指先で遊びながら、

「きょ、今日はこっちなんだなぁと思って……」

「え? うん。いつもここにいるけど……?」

「そ、そうじゃなくて!」

 彼女は髪をいじる手を止め、視線は逸らしたまま、

「や、柳木さんと食べに行かなくて……いいの?」

「美月はヤキモチ焼いてんだよな☆」

「ふひゃああっ!!」

「お帰り斎藤!」

「おう! 諸君、待たせて悪かった!」

 と彼は購買から買ってきたものを机に置き、自分の席に着く。

 そして、

「で、前に柳木にお前をとられた時のこいつの話なんだが」

「わあああああああっ! わあああああああッ!!」

 彼がそう言った瞬間、美月は反応し、その発言を阻止しにかかる。 

 顔を真っ赤にして本気で恥ずかしがる美月。彼女は慌てて斎藤の口を塞ごうとするが、それに斎藤はニヤニヤと笑顔を浮かべ、

「んごっ! ……わ、分かったって! 言わねえって! お前が悔しがってめちゃくちゃに愚痴零してたこと何て口が裂けても!」

「っっっ――――――――――――――――!!」

 刹那、彼女の顔がトマトかリンゴくらいに真っ赤になり、

「全部、ダダ漏れでしょう……がッ!」

 回し蹴りが、

「んべごっ!!」

 見事彼の首筋に命中し、そのまま突っ伏すように机のパンたちの上に倒れる。

 それに美月は悪びれる様子もなく、フンと鼻を鳴らす。

 押野見は気の毒そうに苦笑いをした。



 放課後。

 押野見は一人教室を出る。

 日は高い。

 真っ白な太陽は容赦なく地上を熱し、それに喘ぐように道路は陽炎を出す。

 交差点の信号が赤に変わる。押野見はそこで立ち止まる。

 そしてふと考えてから、ある場所へ足を向ける。

 

 人混みの中。

 歩くたびに妙な違和感がジワリと浮かぶ。

 波に抗っているような前の感覚はない。

 自然。それが不自然に思えたのだ。

 ……場所は覚えていたからたどり着くことができた。

 そこは『keepout』の文字が書かれた、黄色いテープで塞がれていた。

 押野見はその前に立ち、二階を見る。

 窓ガラスが全て割れてしまっている。

 ニュースでは火事・・だと言われていたので気になったのだ。

 あの戦いで火を使った攻撃は一切なかった。

 いったいどこから火という単語が出てきたのだろうか。

 そう思って立ち寄ったのだが、結論はすぐに出た。

 二階部分は真っ黒に焼けていた。

 ニュースでキャスターは言っていた。出火原因はガスコンロの不具合が原因だと。

 それ以上は犠牲者はなし等々の情報だけが流れ、他のニュースに流れて行ってしまった。

(……きっと、これも魔術結社の仕業なのだろう)

 隠ぺいのためならビルを焼くことも厭わないし、不明瞭な点を握りつぶすことができるほどの権力を持つ。

 自分は本当に、助かるのか……

 ぞくりと生まれた不安に顔をしかめ、押野見はきびすを返した。

「自分の相手が分かった?」

「うわあッ!!」

 振り返った目の前に柳木がいた。

 思わず驚きの声をあげ、それに周りが反応する。視線が痛い。

「いきなり奇声を上げるなんて、失礼な奴ね」

 そう言って柳木は彼の顔をのぞくように見る。

「き、奇声はあげてないよ……」

 人聞きが悪いなぁ、と押野見は起き上がり、ため息を吐く。

 彼女はクスッと笑うと、

「さ、行こ!」

 押野見の手を引き、速足で歩く。

 それに彼は少し戸惑いながら、それについていく。

 行先はだいたい予想が付く。

 自分で言いだしたことだ。忘れるわけがない。

 彼女の明日は人混みを外れ、狭い路地に入っていく。照りつける太陽は建物によって遮られ、ひんやりとした空気が満たすそこは、やはりどこか異世界じみている。

 そんな中を彼女は迷うことなくサクサクと歩き、そして目の前にドアが現れる。

「押野見君ゲットしたよ!」

『おおおっ!!』

 入った瞬間、パンパンパンッ! とクラッカーが鳴る。

 それにびっくりし、状況がつかめず部屋を見る。

 前に見た顔ぶれがそこにいた。

「お帰り! モエモエ! シオシオ!」

 入ってきた二人を見て、三ツ味が駆けてきて嬉しそうに押野見に抱き付く。それに彼はどう返して分からず、迷っていると、

「なんだ? ちょっと見ない間に無口になったな」

 隅月がそんな風に言ったのを聞いて、紗糸がクスリと笑い、

「おいおい、もとからこのくらい無口だったって」

(無口……私?)

 と音ノ葉は思いながら二人をチラチラと見る。

 押野見は彼女の言葉に少しムッとなり、

「僕は普通にしゃべりますけど?」

「あ、むきになった?」

「……なってませんよ」

 フンとそっぽを向く押野見。それに隅月はハハハと笑って立ちあがり、

「冗談だって! よく戻ってきてくれた!」

 と彼のところに来て肩を叩き、また笑う。

 アハハ、とどうしていいかわからずとりあえず愛想笑いを浮かべる押野見。

 それに今度は柳木がムッとして、

「私が言おうと思ってたのに!」

 ちょっと隅月退いて! と彼をどかして押野見の前に立ち、コホンと咳払いすると、

「じゃあ改めて……ようこそ、『ブレーメンの音楽隊』へ!」

 そう言って手を差し出す。

 押野見はその手を見て、彼女の顔を見る。

 自分はこの山羊という少女にかなり負担をかけてしまった。守ってもらう側なのに、勝手に行動し、命も危険にさらした。

 できることなら、恩返しがしたい。そう思っている。

 だから自分は、

「今度は、僕が君を守れるようになるよ」

 そう、手を取った。

 それに柳木は、少し呆けたような間を置き、

「そう。まあ期待せずに待ってるよ」

 そう言いながらも、少し嬉しそうに手を握り返した。 




      ・・・




「……」

「何を見ているの?」

「歌詠音々が失敗したので、新しいアルバイトを探しているのですよ」

 周りには本をぎっしりと詰められた本棚が並ぶ。書斎だ。

 そこで椅子に座り、アルバイトの紙を見ている彼女はこの部屋の持ち主なのだろう。

 金色の長い、彼女の背よりも長い、人間一人包めそうなほど異常な長髪を持ち、エメラルド色の気だるげな瞳の少女。

 その彼女に話しかけるもう一人の女性も金の長髪の持ち主であるが、こちらは腰までの長さだ。が、その青く、悪戯心をはらんだ瞳は美しく、邪悪である。

 言葉から察することができるように、彼女たちは魔術結社の一員である。

 少女は仕事を一時中断し、凝った肩を解す。それに女性は呆れたようにため息を吐き、

「まったく。上もこんなことをするくらいなら私たちに頼んでほしいわ。アルバイトなんて金と情報の無駄じゃない」

「仕事は仕事です。私はやることをやってから遊びたいのですよ」

 と、少女は大きく伸びをすると、再び仕事に戻る。

 それに女性は少し感心しながら、しかし面白くなさそうな顔をし、部屋を出ていく。

「ふーん。じゃ、頑張ってね」

 バタンと閉じる扉。そのあと、彼女はクスリと笑いを零す。

「転び狼……ちょっとはやるみたいね」


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