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護衛は護衛

 授業が終わって放課後。

 今日は斎藤も美月も部活があるらしい。

 部活に所属していない押野見は特に用事もないので帰ろうとする。

 と、チラリと教室の前の方で部活の勧誘を受けている柳木が目に入った。

 転校生なのだ。あっちこっちから引っ張りだこなのだろう。

 彼女は何か部活に入るのだろうか。

(ちょっと気になる……)

 そう思って少し見ていると、何だか彼女は迷惑そうに愛想笑いを向けているように思えた。と、しばらくするとこちらに気づいた彼女がトコトコと向こうから歩いてきて、

「一緒に帰りましょ」

「え、部活はいいの?」

 と腕を引っ張られて教室から連れ出される。

「本末転倒でしょ。まったくいい加減自覚してほしいわ」

 確かにそうだ、と納得する。しかし何というか、他人のことだが少し心配になる。

 未だ引っ張られたままで廊下を行く。流石に階段は引っ張らないでほしい。

「そう言えば友達できた? うちの学校明るい生徒が多いから」

「っ―――――」

 小さく舌打ちが聞こえた。

 柳木は手を離し振り返ると、

「何回も言わせないで。私、君には仲間になってほしいと思ってるけど、そういうところは好かないわ」

「え……」

 女子に好かないと言われ若干、否、かなり傷つく。

 心臓を槍で刺されるという表現をよく聞くが、押野見は巨大なハンマーで思い切り叩かれたような、響くような感覚を覚えた。

 そして同時に、

(……明日から斎藤のことを尊敬するかも……)

 彼はいつもこんな痛みを、と一人勝手に想像し、涙した。実際のところ、彼はこの痛みをどう感じているのか。胸の内は定かではない。

 その気まずい無言のまま二人は歩き、学校を出て、家路につく。

 柳木は押野見の前をトントンと歩いていく。その後ろを押野見はトボトボに近い感じで歩いていく。

 彼女は自分の家を知っているのだろうか。その疑問はすぐに解決した。初めて出会った日に窓から襲撃したと言っていた。ということは知ってるのである。

 確かに家の方に向かっている。

 はぁ、と彼はため息を吐き、とりあえず家まで様子を見ることにする。

 しばらく。いつもと同じくらいの所要時間だが、いつもより長く感じた頃。ようやく家についた。

 彼の家は住宅地に建つ狭い二階建てで、歳の離れた姉と二人で住んでいる。

 最も、姉は仕事で海外に行っている。連絡もあまりしてこない。

「たまにふらっと帰ってきて、気づいたらすぐにふらっとまたどこかへ」

「へぇ……じゃあこの家はお姉さんの?」

 うん、と押野見は頷く。

「もとは結婚されてたの?」

 ううん、と首を横に振る。

「ならなんでこんな一軒家を?」

「……気分……て言われた」

「……そう」

 特に複雑な家庭事情もなく、いや、それよりも問題点であろう部分を露呈して柳木への家紹介は終わった。

「じゃあ僕はこれで」

 と手を振ってきびすを返し、家の中に入ろうとする。鍵を開け、ドアに手をかけ、後ろを振り返る。

「お邪魔します」

 目の前にその後ろにぴったりと立っている彼女を見てため息を吐く。

「そんな気はしてた」

 あれだけ自覚が足りないって言われたのだ。このくらいはしてくるだろうと思っていた。

 彼女は帰れと言っても帰らないだろう。いや、怒って帰るだろうが、むしろ身の安全的に自己的に居てほしいと思っている。

 姉もいないし、家に上げても大丈夫だろう。しかしあまり気が進まない。

 それを三秒以内に脳内で葛藤し、

「……どうぞ」

 彼はドアを開けた。




      ・・・




「麦茶でよかった?」

「ありがとう」

 ダイニングの椅子に腰かける二人。

 のどを潤し、さて、と押野見は前ふりをし、

「うちに来て具体的にどうするの?」

「今日泊まるわ」

「却下」

「夜襲は基本よ?」

「……」

 夜襲という言葉に何も言えなくなる。襲われる。その恐怖を身をもって体験している彼は、それを聞いただけで少し鳥肌が立ってしまう。

 しかし異性を泊めるというのはいささか問題なのではないだろうか。

「……もしかして、女子を泊めることに抵抗感じてる?」

「えっ……」

 図星みたいね、と彼女はため息を吐く。

「外で寝泊まりしてもいいけど、もし敵が襲撃してきたときに助けられないかもしれないわ」

「……」

「それでもいいなら仕方ないわ。これはプライバシーの問題だし、私は強く言えない」

 もうだいぶ強く言われている気がする、と思いつつも声には出さない。

 しばらく黙って考え、

「……参りました」

「ありがとう。泊めてもらうからには絶対に君を守るから」

 その言葉に彼は柳木の顔を見て、目が合う。そこには、強い意志が感じられた。

「あ、ありがとう」

 それに彼女は満足げに頷いた。

 こうして彼女は押野見家に泊まることになった。




      ・・・




「ごちそうさま」

「ごちそうさま。押野見君て料理できたのね」

「基本一人暮らしだからね。まあ簡単なものしかできないけど」

「それでもおいしかったわ。あ、洗物は私がやるから」

 いいよ慣れてるし、と彼は食器を流し台に運び、

「命を守ってもらってるんだ。それにこんな状況になったのは僕の我儘なんだし。このくらい僕がやるよ」

 でも、と彼女は申し訳なさそうだったが、押野見は彼女の食器を受け取り、洗い始める。

 そう。もとはと言えば自分が我儘を言ったから始まったことなのだ。ならば彼女に文句を言うのは筋違いだ。彼女も自分のことを置いて自分の我儘に付き合ってくれると言ってくれた。ならばプランを合わせるのは自分の方だ。彼女に文句を言える立場に、自分はいない。

 子羊。夜闇に放り出された迷える子羊。

 自分のことをそう思えて、ひどく皮肉に思えた。どちらが山羊か分からない。

「今日はお風呂も沸いてるし、先に入ってくれるとありがたいな。あ、着替えは姉ちゃんのを置いてあるから」

 そう彼女に言って皿洗いを始める。

 背中の方で彼女は少し遠慮気味に返事をしたが、押野見の耳はそれを素通しする。

 しばらくして、

「……ふう」

 皿洗いが終わり、手を洗ってリビングで一服する。

 最近は一人でも特に何も感じなかったが、何だか改めてこの家が広く感じた。今日はもう一人いるからだろう。本当に姉はなぜこんな家にしたのだろうか。

 と、床に寝転がり天井を見る。

 そういえば彼女の寝る場所を決めていなかったことに気づく。

 外でも寝られると言っていたが、こんな硬い床ではさすがに申し訳ない。

(外……)

 ふと外を見る。黄昏はとうに飲まれ、窓からは暗い闇が覗いていた。

 そう言えばその路地裏も日当たりが悪くて暗くて……






『死ね異端者!』

「うわあああああああああッッッ!!!」






 ギラリと光る刃と瞳。一瞬その記憶がフラッシュバックし、心臓が跳ね、部屋の隅に逃げるように後退った。当然それは幻覚で、目の前には誰もいやしない。しかし脳裏に焼き付いたワンシーンは、鮮明に網膜上で再生された。

「押野見君!」

 そのせいで彼は廊下を走ってくる足音に気づかなかった。

 バタンとダイニングのドアが開かれ、いないと分かるとリビングの方にその足は向いた。

「大丈夫!?」

「あ……えっと……」

 その瞬間、押野見の瞼に別のものが焼き付いた。

 タオルは羽織っていない。そのせいか、甘い香りが部屋に広がり、鼻腔をくすぐる。

 白い柔肌。濡れた長く艶やかな髪から滴る雫。

 落ちた雫は肌の上を弾け、伝う雫は首筋を、鎖骨を、やがて谷間に吸い込まれて、へそ、そして足先へと堕ちていく。

 その流れを目で追うが如く、彼女の、柳木萌の裸体を凝視してしまった。

 押野見の悲鳴を聞きつけてやってきた彼女は部屋の中を見回す。が、人影はない。何かをされた痕跡も見当たらない。

「……何かあったの?」

「え……あ……えっとぉ……」

 真顔で尋ねる彼女に、押野見は顔を真っ赤にして口をパクパクと開閉する。

 それに何らかの暗示にかかっているのかと思ったが、その感じはない。

 では何か。そう思ってようやく自分の格好に気が付く。

 そして、今度は彼女も顔を真っ赤にして、

「い……」

 涙目になり、

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」




      ・・・




「……ここで寝てもらうんだけど、」

 とあの悲鳴の事情を説明し、解決してしばらくの後、自分の風呂に入り、柳木に寝る部屋を案内する。階段を上がって真っ直ぐな廊下の突き当りの部屋。姉の部屋だ。滅多に使わないから特に問題はないだろう。

「君はどこで寝るの?」

 それに彼女は聞いてくる。その顔はまだ少し赤い。

「僕は自分の部屋……まさか……だよね?」

「さすがにそこまでは言わないわ。でも、廊下で寝るわ」

「そんな! なら僕が廊下で」

「それはさすがに私が申し訳ないわ! 家の持ち主を置いてそのベッドで寝るなんて、正気じゃないわ!」

 彼女の反論ももっともだ。何も言い返せない。

 しかしならばどうしよう。何がベストな選択なのだろうか。

(警護面で考えるなら…………一緒な部屋だよな)

 思春期男子。想像は少々膨らむ。が、それはいくら何でもダメだろう! 問題だ。

 ならば廊下で寝てもらうか。それはそれで申し訳なくて眠れない。

 それは思春期男子であっても気を遣う。

 ならばどうする。

「……いいわ。私は警護が目的だし」

 と言って彼女は押野見の部屋外、ドアの横に座る。

「ここで寝る」

 それ以外にベターな考えはないだろう。

「……ならちょっと待って」

 と彼は自分の部屋に入り、押し入れから薄い掛布団を出すと、彼女に渡す。

「夜も暑いけど、ないよりある方がいいよね。あとドアも開けておくから」

 と自室のドアを開けっぱなしにして、部屋に入り、エアコンをつける。すると彼の部屋から程よい冷気が廊下にも流れてくる。

 その気遣いを、

「ありがとう」

 柳木はうれしく思い、そう言った。それに押野見も安堵の表情をする。

「じゃあ、お休み柳木」

「お休みなさい」

 部屋の電気を消し、ベッドに入る。

 ……が、眼が冴えて眠れない。

 当然と言えば当然なのだが。

 しばらくじっとしたり、寝返りをうってみたりと試すが、時計の針がうるさい。

 どうしても視界の下。ドアの方が気になる。

 時計を見ると三十分くらい経っていた。

 彼女はもう寝てしまったのだろうか。

「寝られないの?」

 向こうから声をかけてきて、少し驚くが、

「……ちょっと、いろいろ考えちゃってね」

 なんて嘘を吐く。

 それに彼女は「そう」と言って、そのあとにクスッと笑う。

「君ってよく分からないわ」

「ん? どういうこと?」

 いきなり笑われ、思い当たる節がない。

「最初はもっと用心深い人かと思ってたけど、話して見たらなんだか抜けてるし」

「抜けてるのはよく言われる。でも用心深いは初めて言われた」

 そうなの? と彼女は疑問に思ったらしい。

 逆に押野見はなぜ彼女が今そう思ったのだろうと考える。そしてブレーメンの音楽隊の時と合わせて考え、彼女が自分に信用されていないと思っているのではないかという結論に達する。

 彼は柳木を信用していないわけではない。むしろその逆で頼ってすらいるのだ。

 それを慌てて彼は伝えようとする。

「僕は君のこと信用してるよ! 僕が悲鳴を上げた時だってバスタオルもまかずに真っ先に助けにって、あ……」

 そこまで言ってしまい、ようやく自分が墓穴を掘ったことに気づく。が、出てしまった言霊は戻せない。

 顔が熱い。きっと壁の向こうで彼女もそうなのだろう。

 と、思っていると、またクスッと笑い声が聞こえ、

「やっぱり君は抜けてるわ」

「……アハ、アハハハ……」

 それに押野見も誤魔化すように笑った。

 これで誤解は解けたのだろうか。彼女の胸の内は分からないが、なんだか雰囲気がすっきりしたように思える。

「話したらなんだかすっきりしたよ。落ち着いた。ありがとう」

「そう、お安い御用で。お休みなさい」

「お休み」

 こうして、二人の賑やかな夜は、何事もなく終わった。

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