魔術と魔術師
「まずは敵の魔術師の正体を知らないとね」
「……」
「魔術師はあまり群れないの。まあ理由がないっていうものあるけど、自分たちの研究を盗まれるのが嫌いみたい」
「……」
「まあ自分が死ぬ気でやった課題を翌朝写させてって言われたら誰だって嫌よね」
「……ねえ」
ん? と彼女はこちらを向く。一生懸命話してくれているなか、話を切るのはいささか申し訳ないと思う。
しかし……しかしだ。
彼女がうちの制服着ているという事実をどうしても受け止められない!
現在昼休み。
押野見は珍しく屋上に来ており、というか柳木に連れられて来ており、彼女は自分と対面するように座って購買で買った菓子パンを食べている。押野見は持参の弁当だ。
今日で退院して二日。
なぜこんな事態になってしまったかというと、それは今日の朝に遡る……
キーンコーンカーンコーン
「……よし。出席とるぞ」
「セーフおあッ!!」
勢いよく扉を開けた斎藤の頭に黒板消しが落下する。もう投げるのすらやめたようだ。
不意打ちを食らいその場に倒れる彼を放っておき、七釜戸は出席をとっていく。
彼は起き上がると、黒板消しを掴みいつものように投げ返す。
「先生。放置プレイに移行ですか?」
「えー。では今日は季節外れの転校生を紹介する」
「……本腰をいれ始めたな。これは俺も明日からギアを上げるかぶあ!!」
「私語は慎め~」
と黒板消しを放った後に一言。そしてコホンと咳払いをすると、「入れ」と扉に言う。
ガラガラと開き、入ってきたのは、
「転校生の柳木萌です。よろしくお願いします」
使い古された手法だった。
これまでの非現実の中で最もおかしいと感じた瞬間だった。
しかし、それから彼女は転校生らしく振舞い、うまく周りに溶け込んでいた。
ただ見張るためだけに来たのか。ならば変に干渉もしてこないだろう。
と思って安心していた4限目。
そして昼休みだ。
「押野見君、ちょっといい?」から始まり、テンプレートの如く立て板に水。言葉がすらすらと出てくる。
「ちょっと話があるの。一緒にお昼いいかしら?」
その瞬間、斎藤からはニヤリと悪意を感じる笑みが。そして美月からはなぜか邪気の籠った鋭い視線が飛んできた。
(……痛い)
そして現在に至る。
「大まかな魔術師に関しての知識は入った?」
「……あ、うん。まあまあ」
しっかりしてよね、と彼女の機嫌を少し損ねてしまう。
とりあえず魔術師は基本単独行動をするらしい。
しかしそれだと、
「あれ? なら昨日の二人組は?」
「あれは結社の刺客。魔術結社は特殊なやつらよ。自分たちの魔術を持ち寄って利益を求めようとする。まあ基本的に裏方ね。世界の残飯処理係よ」
「……」
「想像できない? 表沙汰にできないことを魔術でチョチョイってやつらよ。まああんまり私も詳しくは知らないんだけど」
「そうなの?」
「だって私魔術師じゃないし」
と彼女はあっさり言い切ってしまう。まあそうなんだろうけど、となんとなく腑に落ちない押野見。
「そう言えば魔術って何なの?」
「ああ。確かに話してなかったわね」
パンを食べ終わり、彼女は目の前に手を伸ばす。
「この世界の外ってあると思う?」
え、と唐突な質問に虚を突かれる。
「宇宙のこと?」
それに彼女は首を横に振り、
「大気圏の外って意味じゃないわ。もっと次元的、別空間的な、何て言うか……世界っていう流れの外かな?」
「え……」
どういうことだろう。言われても全く分からない。
まあ分からなくてもいいわ、と彼女は話を続ける。
「魔術師たちはその『外』にある『外の力』にアクセスして力を使うの」
「……えーっと?」
「つまり、貯水タンクにホースをさして放水する。その放水された水が『魔術』。ホースをさすこと『アクセス』。貯水タンクが『外の力』って感じね」
「でもその『アクセス』ってどうやるの? その『外の力』って見えるものなの?」
「見えないわ。触れることなんてもっと無理よ」
そう彼女は言い切った。ならばホースをどうやってさすのだろう。
と、彼女はポケットからメモとペンをだし、そこに何かを書き出す。そして出来上がったものを押野見に突き付けるように見せる。
「何か分かる?」
「ちょ、近いって!」
と少し離して見ると、それが直線で作られた記号のようなものであることが分かる。ゲームやアニメで見たことのがある。
「ルーン文字……だっけ?」
正解、と言って彼女はそれを押野見に渡す。
「人間には個人差はあるけど魔力があるの。でもそれは万人等しく『外の力』と繋がっている」
そう言われ押野見は思わず軽く自分の胸に手を当てる。正直『外』と言われてもパッと想像できない。未だに宇宙のイメージが頭に残っている。
だからこそ、それを聞いた瞬間想像してしまったのだ。
ブラックホールを。
それを見て柳木はクスリと笑い、
「害はないわ。大抵の人間は微弱だから。まあ、君は『転び狼』だからちょっと分かんないけど」
「そ、そんな……」
「フフ、まあ害があるならとっくに何かしら起きてるわ」
まあ確かにそうなのだが。
(他人事だと思って……)
しかしそうやって笑う彼女は今までのイメージとは違い、少し……なんというか……可愛らしいと思えた。そう言えば音楽隊に初めて連れていかれた時も若干こんなだったような気がする。
「で、話が脱線したわね」
と気持ちを切り替えて元の彼女に戻る。
「ホース自体は最初から繋がってるのね。でもそこには栓がしてあるの。で、魔術師たちはこういった文字や道具、魔方陣や詠唱とかを使って自分に暗示をかけて意識を研ぎ澄まし、魔力の流れを感じる。そしてそのホースを辿り、栓を開けて力を流し込んで操る。って感じらしいわ。まあどんな感じかは私は分からないけど」
「……?」
「ん~こればかりはなんとも説明し辛いわね。……ざっくりまとめると悟りを開くってことよ」
「なんか本当にざっくり言ったね」
なんだか難しい話になりそうだ、と思って時計を見ると、
「もう五分前じゃないか!」
「ふぇ!?」
話を聞くことに夢中になって弁当をほとんど食べていない。が、もう授業開始まで五分しかない。
押野見は泣く泣く弁当を片づけると、
「とりあえず今は授業だ! 早く行かないと!」
「え、あ、、ちょっちょっと待ってよ!」
と急々と階段を降りていった。