我儘な結託
「……」
漂う薬品の香り。白で統一された清潔感のある空間。
ここがどこかの病室だと理解するのに時間はかからなかった。
しかし自分はなぜこんなところにいるのだろう。たしか視界が暗転した後、狼の声が聞こえてきて……
考え事に夢中になっていると、入口の扉が開いた。そして一人の女子が入ってきて、
「目が覚めたみたいね」
「……えっとぉ」
「柳木萌よ。まあいいけど」
彼女はベッドの横の椅子に腰を下ろすとため息を吐く。
アハハ、押野見は笑って誤魔化す。
と、
「いってて……」
「腹を刺されたから笑うと響くでしょ。二日も眠ってたのよ」
「ここは?」
「私の家が管理してる病院。秘密は絶対外部に漏らさないから安心して」
柳木はそっけなくそう言う。怒っているのだろうか。次からは忘れないようにしよう。
しかし家が管理している病院。そういう本家がどうとかみたいな設定が本当に存在するとは。もうなんでもありな気がしてきた。
二日。これは長いのだろうか、短いのだろうか。ナイフに刺された経験がないから分からない。
しかし彼女がいるということは、
「また僕は君に助けられたんだね」
それに彼女は「いいえ」と首を横に振る。
「私は運んだだけよ。駆けつけた時にはほとんど終わってたわ」
「え……」
それはどういうことだろう。自分にはまったく記憶がない。
男にナイフで襲われて、抵抗するもやられてしまって……
「ごめん。気絶してからの記憶が……」
それを聞き、彼女は「ふむ……」と小さく頷き、
「なら無意識かショックで忘れたのか。いずれにしても強いストレスを感じた時に出てくるように感じるわね」
「強いストレス?」
「それこそ、生命の危機とかのね」
確かに先の彼は出血多量で動けず、さらに止めまでさされようとしていた。
(僕の防衛本能に反応しているのか……それとも体の異常に反応しているか……)
後者ならマズい。重病にかかって末期に暴れだすという可能性も出てくる。
「コホンっ」
と考えに更けていると、隣で柳木が咳払いをし、
「で、こんな目にあったのにまだ保留?」
彼女はやはり少し怒ったように言ってくる。最初不機嫌だったのはこのことも絡んでいるのだろうと今思った。
しかし押野見は腕を組み、悩む。
それに柳木は唖然としてしまい、グッと拳を握り、それを彼のベッドにたたきつける。
「いい加減にして!」
「うわッ!」
ボフンッ、と少し体が浮き上がる。
「平和ボケもいい加減にしてって言ってるの! まだ迷うの?」
「え、でも……そうしたら君たちの命が危ないんじゃ……」
え? と彼女はその言葉に思わず疑問符を浮かべる。そして深くため息を吐き、
「私たちには対抗策があるの。でもあなたにはない! そんな無防備なあなたが敵のいるところをフラフラ彷徨われると準備しても無駄になるの! それが今回よ! 分かる?」
マシンガンのように言葉が飛んでくる。押野見はそれに「はい。はい。……」と相槌を打つだけで何も言えなかった。
まったく、と彼女はまたため息を吐く。それほどに自分は深刻なのだろうか。
「……私たちのことを気遣ってくれるのはありがたいけど、あなたが入ってくれることが私たちにとって一番の気遣いよ。だから申し訳ないと思うなら今すぐ入団して」
「で、でもそんないきなり!」
「保留にしたじゃない! もう三日も経ったのよ!」
「その内二日は眠ってたんだよ!?」
あああああもう! と彼女は立ち上がり、押野見を睨む。
「じゃあどうしたら入るの!?」
「……とりあえず今襲ってきているのが落ち着いたら」
「……」
はぁ、と今度こそ本当に面倒くさそうに頭を抱えてため息を吐く。きっと怒声が飛んでくるだろう。それか飽きられるか。
そう思って身構えていると、彼女は顔をあげ、
「分かったわ」
了承した。
そのことに思わず呆けてしまう押野見。
「……なに?」
「いやいや。怒られると思ってたから」
「もう呆れてるわよ」
はぁとまたため息を吐く柳木。
「でもそのかわり、いったん落ち着いたら入ってもらうからね」
保留にした挙句、ここまで面倒を見てもらえるのだ。これ以上彼女に迷惑をかけるわけにはいかない。
「分かったよ。ありがとう」
押野見の嬉しそうな笑顔に、柳木も困ったように笑った。