表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/25

そして日常は跡形もなく

 鳥が囀っている。

「ん……」

 目覚ましはまだなっていないのに目を覚ましてしまった押野見賢は、重たい体を起こす。目覚まし時計を確認すると、時刻は5時57分だった。セットした時間は6時。なんて微妙な……

 アラームを解除し一欠伸すると、顔を洗って歯を磨き、朝食の食パンを食す。マーガリンが効いている。

 その鼻腔を抜ける香りに朝を感じながらも、押野見は昨日の夜のことを思い出す。

 思い出しても夢の中にいたような気分になる。


「ブレーメンの音楽隊に入りなさい押野見賢! そうすればあなたの身柄は私たちが保証するわ!」

 結局そうなってしまうのか。

 よくライトノベルで見る流れだ。

 いきなり厨二病じみた世界に投げ入れられ、訳の分からない理由で命まで狙われる?始末。

 しかも、魔術、魔術師、憑き物、組織、……

 フィクション、ファンタジーな物語でしか聞いたことのなかった単語が次から次へと飛び出してくる。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 押野見は両手を前にだし、待ったをかける。それに彼女は首を傾げ、

「なんでよ? ここまで説明したんだし、入ったほうが得って分かるでしょ?」

「いや分からないよ! というか信じられないよ!」

 信じられるわけがない。あまりにも常識から逸脱しすぎている。

 確かに押野見は見た。編の蜘蛛の足を。

 聞いた。追ってくる足音を。

 あれは紛れもない現実だ。それは分かる。

 でも、それでもすぐに全てを飲み込めるほど、彼の容量は大きくない。

 彼の反応に柳木はムッとし、

「ならどうするの?」

 と腕を組んで半睨みで聞いてくる。押野見はため息を吐くと、立ち上がり、

「今日は帰らせてくれ。考えは保留で」

 

 と、結局入らず保留にして帰ってきたのだ。

 テレビをつけてニュースを見る。深夜に未成年が町を徘徊していた、路地で襲われた、などというニュースは流れていない。

「今日も暑いのか……」

 天気を確認してテレビを消し、最後缶コーヒーを飲んで制服に着替える。時刻は7時を過ぎたところ。

 部屋にいてもこれ以上やることがないので、家を出ることにする。コンビニで雑誌でも漁るとしよう。



 キーンコーンカーンコーン

 朝のホームルームが始まる。

「よーし席につけ。今から入ってきた奴は遅刻とみな」

「おっはようございまぶ!」

 相も変わらずギリギリ遅刻をしてくる斎藤。 

 そして相も変わらずそれを微塵とも悪いと思っていない七釜戸先生。今日も黒板消しが冴えている。

 生徒全員、もうこの光景は日課のようなものだ。

「フッフッフ。先生に向かって『まぶい』とは、中々気の利いたことが言えるじゃないか斎藤」

 斎藤は真っ白になった顔を払いながら、起き上がり、黒板消しを投げ返す。

「先生それ年齢がバレます」


 ※ピンポンパンポ~ン

 『まぶい』……昭和時代に「綺麗だ」「可愛い」「美しい」的な意味で、女性に使われた言葉。例:まぶい女


「shit!」

 七釜戸は黒板についている引き出しを開けると中からチョークを出し、振り返りざまにそれをクナイのように投げる。

「ゲッ!」

 片手に三本ずつ、計六本のチョークは正確に斎藤の額に向かって飛んでいき、

「俺はその愛を全身でうっ、けっ、とっ、めっ、てっ、ごぶはッ!!」

 最後の一撃を受け、彼は仰け反った状態でよろよろと後退すると、壁にもたれるように地面に崩れる。

 しん、―――—――と静まり返る教室。そしてその静寂の後に思うことは、

「今日は早く授業に向えそうだな」

 誰かが呟いた一言に、押野見は苦笑いを浮かべた。

 


 昼休み

 机を合わせ、購買に行った斎藤を待つ押野見と美月。押野見は今日はおにぎりだ。

「今日のホームルームは短かったね」

「いつもあのくらいなら何事もなく授業に入れるんだけどね。で、今日の理由はなんだったの? 先生への告白文でも考えてたの?」

「ハハ。僕もそれを聞いたよ。でも違うってさ」

「そ、そうなの……」

 とさりげなく目をそらし、ほんのり赤らむ美月。が、押野見は気づかず話題を続ける。

「確か、女性に声をかけられたって言ってたな」

「へぇ。あの変態が見知らぬ女性に声をかけられるなんて、世も末ね」

「世も末って……いくらなんでも斎藤がかわいそうだよ」

「そう? あいつの頭のなかってもう末期だ思うわよ?」

「その末期男が購買から舞い戻ってきたのだが?」

 いつの間にか二人の背後に立っていた斎藤に、押野見は「うわッ!」驚きの声を上げる。

 一方美月はフッと鼻で笑い、

「分かって言ったわ」

「冷たい奴! 略して冷奴ひややっこ!」

「私の好物よ。それにあんまり略せてないんじゃない?」

 と、そろったところで昼食をとる。

「んで、今日はどこに行く?」

 買ってきたカツサンドを頬張りながら、斎藤が話題を出す。

「昨日行ったじゃない。それに私部活あるし」

「僕もお金が……」

 が、二人ともあまりノリ気ではないようだ。

 しかし斎藤はその答えを聞き、にやりと笑う。

「世の中は金! ならば、金の使わない寄り道をすればいい!」

「で?」

「考えてある方はどうぞ!」

「「他力本願かよ!」」



 放課後。

 結局寄り道の話はなしになり、斎藤と美月は部活に行った。斎藤は昨日のサボりが先輩にバレてしまったため、今日もばっくれようという魂胆だったようだ。が、それも美月に聞かれてしまってはゲームセット。彼女に強制連行され、部活の先輩に引き渡されていた。

 で、何の部活にも入っていない押野見は一人で家路に、つきたいところだったが、

「……ここだったかな」

 昨日あんなことがあっては気にもなるというものだ。

 目の前にはぽっかりと狭い路地が口を開けている。

 一度大きく深呼吸し、緊張を落ち着けて足を踏み入れる。

 ひんやりとした空気の中をしばらく歩いてみる。が、

「……あれ?」

 彼は一度足を止め、辺りを見回し考える。

 そして、

(これはひょっとすると……)

 迷った。

 別にそこまで複雑な迷路というわけではない。が、多少は入り組んでいる。

 まさか、自分は方向音痴だったのか!?

 そんな事実は今まで一度も確認されていない。

 友達の家からの帰り道、自宅とは真反対の方向に行ったり、コンビニの中でレジの場所に迷ったり、なんて思いはしたことがない。

「……きっと昨日の異常性のせいで気が動転していたんだ。うん。そうとしか考えられない」

 うむうむ、と一人頷き、よし、と意気込んでもう一度歩みを進める。

 が、

「見つけたぞ。邪悪な狼」

 そんな声が背後からし、押野見は思わず振り返る。

 何者かが突進してきたのが見えた。

 かわそう。そう思うが体は動かなかった。

 次の瞬間、体当たりの衝撃と同時に腹部に違和感が生じた。

「え……?」

 冷たい感触。今まで味わったことのない感触だった。

 それは黒いローブを纏った男性だった。見ると奥にもう一人いる。

 体当たりしてきた男が離れる。それと同時に腹部の違和感も変化する。まるで何かが引き抜かれるような感覚に。

 押野見の視線はその男の持っているものに集中する。銀色の鋭利なもの。包丁ではない。それは料理用のものではなく、人を傷つけることに特化した形をした刃だった。

 刺された。

 そう思い、腹部の傷を自覚した瞬間、激痛が襲い掛かってきた。

「あっ―――――――――――――!!!!!」

 声にならず、悶絶という形になり外界に出力される。

 その場に崩れ、傷口を抑える。湿った感触が手に伝わり、痛みのショックかひどい吐き気もしてくる。

 男はそれを見てナイフを逆手に持ち帰ると、警戒しながらもゆっくりと近づいてきて、

「終わりだ」

 それを振り上げる。

 刺される。軌道的に頭だろう。これで止めにするつもりだろう。

 死ぬ。

「死ね異端者」

 男がナイフを振り下ろす。刃が迫ってくる。

(嫌だ!)

 目の前まで刃が迫ったところで、ガッと押野見はその男の手を掴み、抵抗する。

「なっ!」

「うっ……」

 力むと傷が痛む。しかしここで殺されてしまっては元も子もない。

 死にたくない。その一心で押野見は眼前の死に抵抗する。

 それに男も対抗し、より力を強めてくる。

「この……」

 体重をのせる。それに徐々に負け、押野見は地面に倒れ、男が覆いかぶさる形になる。

 しかし押野見は諦めない。体に力が残っている限り抗う。

「くそ!」

 と、男は一度刃を刺そうとするのを諦め、膝で押野見の刺し傷を抑えた。

 その瞬間、

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!」

 激痛が高圧電流のように全身を駆け巡った。そして同時に吐き気が襲い掛かってきて嘔吐してしまう。そこには血もかなり混じっていた。

 それを見て男は勝ち誇った笑みを浮かべ、もう一度ナイフを振り上げる。

「これで終わりだ。異端者!」

(どっちが異端者だ……)

 そう思いはしたが、口にすることはできなかった。もう力が入らなかった。

(……死ね……今度こそ……)

 もうどうでもよくなった。疲れた。

 楽になれるならそれでいい。

 ……ああ……こんなことならあの団体に入っておけばよかった。

 訳の分からない人たちだったが、悪い人たちではなかった。


 後悔先に立たず、と他の人に得意げに言ったことはあるが、何て無慈悲な言葉だっただろう。今なら痛感できる。

 そこで、意識、は、ヤ、ミにお、ち…………………

 



 無意識という黒の海に沈んだ。

 底のない、真っ暗な穴にも感じた。

 そんな場所を沈んでいる途中、僕は……




 狼の声を聞いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ