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ブレーメンの音楽隊

 路地を奥へ奥へと入っていき、案内されたドアを開ける。

「うっ……」

 薄い月明かりしかなかった路地から明るい部屋に入り、視界が眩む。

「お! 帰ってきたか!」

「任務、達成、おめでとう……」

「アミアミちゃんモエモエちゃんお手柄です!」

「アミアミ言うな!」

 編の突っ込みが聞こえる。

 ぼやけた視界が徐々に鮮明になっていく。

 そこで萌が押野見の前に出てきて、

「ようこそ押野見賢。私たちのアジトへ」

 大きく腕を広げる。

 押野見は中を見回す。

 基本コンクリ―トで作られた部屋。その中央だけ一段高くなり、畳が敷かれ、ちゃぶ台が置かれ、それを囲んで男子一人、女子二人が座っている。

 左手の奥には階段があり、上がったところには一つ部屋があるのが見える。

 男子の歳は押野見と同じ高校二年くらい。その隣の暗い印象の女子も同じだ。そして今編に「アミアミ~♪」と抱き付いて嫌がられているツインテールの女子は小学生くらいだろうか。幼く見える。 

 何とも異色の空間と雰囲気がそこに広がっていた。

 と、いきなりアジトに連れてこられて戸惑っている押野見の手を萌は掴み、畳の上にあげる。

「さ、自己紹介をしましょう」

「え?」

「じゃあ俺から」

 と彼がアタフタしている中、勝手に自己紹介が始まってしまう。

 男子は立ちあがると、自分の胸に手を当て、

「俺は『隅月すみつき明夜あけぼの』。『憑き物』は『熊』だ。よろしくな」

 隅月はそう言って押野見に握手を求める。しかし彼は差し出された手に待ったをかけ、

「どういうことか説明してくれ。全く訳が分からない」

 と、それに隅月は首を傾げ、それから編と萌を見て、

「お前ら説明しなかったのか?」

「はあ? 説明しただろ最初に」

 反応した編が今度は押野見を睨む。

 説明? そんなもの受けた覚えはない。それにあんなことがあった後だ。忘れているなんて考えられない。

「僕は受けた覚えはないよ?」

「おいてめえ! ふざけんなよ!」

「アミアミ落ち着きなよ……」

「アミアミ言うんじゃねえッ!」

 苛立ちが募ったところでツインテールの子が話しかけてしまったせいで、矛先が彼女の方に向いてしまった。怒声を放った本人もその直後に「あ……」と気づいたが、すでにツインテールの子の目には涙が浮かんでおり、

「ぐすっ……うええええええええええええええええええええんッッッ!!!」

「ほらぁ泣いちゃったじゃない」

「編、泣かした」

 萌と女子のもう一人は「あーあ……」といった視線を向ける。それに責任を少し感じていた編は一瞬ひるむが、押野見を指さし、

「こいつが覚えてないとか言うからだろ! 大体覚えてないってどういうことだてめえ!」

「覚えてないっていうか、そもそも説明されてないと思うんだけど」

「はあ!? てめえ窓から入った時にちゃんと説明しただろ!」

「窓から!?」

 その言葉に編は眉間にしわを寄せ、額に青筋を浮かべ、殺意に満ちた視線を向けてくる。

 押野見はそれを理不尽に思いながらも、とりあえず収集が付かなくなる前に、自分の聞きたいことを聞こうと話を戻すことにする。

「まあもしかしたら僕も気が動転していたから記憶が飛んでしまったのかもしれない。差支えなかったらもう一度教えてもらってもいいかな?」

「なら俺が説明しよう。あいつじゃ印象が薄かったみたいだしな」

 あ? と返ってくる殺意は無視し、隅月は話に入る。

「まずは『宿者』からか。宿者は『憑き物』と呼ばれる人間とは別の生き物の魂を宿した者のことだ。俺は『熊』。編、紗糸さいと編は『蜘蛛』だ。魂は動物でも虫でも存在する生き物なら何でもだ」

 紗糸編。それが彼女の名前らしい。初めてフルネームを知り、ふと彼女の方を見ると、キッと睨まれる。

(理不尽だ……)

 まあそれはそれとして。

 さっき萌がこの団体、『ブレーメンの音楽隊』は『宿者』のコロニーだと言っていた。つまり皆宿者ということだろう。

 紗糸が自分を攻撃しようとしたときに見たアレ・・は『蜘蛛の足』だったということか。

「ここまでいいか?」

 情報の整理に集中していて黙ってしまっていたようで、隅月が声をかけてくる。

「ああ……うん。一応は」

「それはよかった。で、反応からして、なんで自分が連れてこられたかも分かってないようだな」

「うん。なんで僕はここに?」

 それが一番の謎だ。

 そんなものが憑いているなんて聞かされた覚えもないし、特に症状もなかった。

「『ころおおかみ』……」

 そうぼそりと呟いたのは隅月から見て左側に座っている、先ほどからあまりしゃべらない寡黙な女子だった。

 黒のショートヘアーに青白い肌。視線は落としたままあまり動かさず、ボーっとしているイメージの人だ。

「彼女は『おとつばさ』。『蝙蝠こうもり』だ」

 そう紹介されると、音ノ葉は小さく頭を下げる。それに押野見も頭を下げて返す。不思議な雰囲気の人だ。

「ねえねえ私は!?」

 と、そこにさっきまで泣いていた小学生が押野見に抱き付いてくる。

 それに押野見は驚くが、さっきのこともあり子供に怒鳴るのもと戸惑い、視線で隅月の方に助け船を求める。

 彼はため息を吐き、

「そいつは『あじ瞬火しゅんか』。『猫』だ。で、紗糸編と柳木萌を足した計5人+αでブレーメンの音楽隊は構成されている」

「よろしくねシオシオ!」

 彼女は押野見の頬に自分の頬を摺り寄せ、無邪気に笑う。どうやら歓迎されているらしいが、早くも変な名前を付けられてしまった。

「+αって?」

「ん~……まあ今は気にしないでくれ」

 と彼はそこで話を切る。まあ押野見としても今は特に重要な問題じゃないと思っているので問題ない。それよりも、

「分かった。ならさっきの『転び狼』ってなに?」

「お前に宿っている憑き物のことだ」

「はい!?」

「あなたは宿者なの。私にもしゃべらせてよ」

「ああ悪い悪い。コミュニケーションをとっておきたかったからな」

 と柳木は頬を膨らませ、隅月が笑って返したところで話に戻る。

転生てんせい狼。転び狼。古の魔術師によって生み出された魔術的な狼の憑き物」

「ま、魔術?」

 また突飛な単語が飛び出す。

 魂が憑りついているというだけでも非日常過ぎていっぱいいっぱいなのに、今度は魔術とは。

「……」

「……詳しい話は省くわね」

「とりあえずそうしてもらえると助かる」

 頭を抱えて黙ってしまった押野見を見て、柳木は気を遣ってくれたようだ。

 コホン、と咳払いをすると、彼女は話し始める。

「まあ簡単に簡潔に言うと、あなたは命を狙われているわ」

「省き過ぎじゃないない!?」

「まあ聞いて。転び狼には予言があるの。『世界の終わりのとき、転び狼が現れる』」

「予言!?」

 また出てきた。が、ここで区切るってもらちが明かない。とりあえず全部聞いてみよう。

「いい?」

「ああごめん。続けて」

「それで、この予言には大きく分けて二つの解釈があるの」

「解釈?」

「そう。一つは『転び狼は終わりを知らせる予兆』っていうもの。そしてもう一つは『転び狼が世界の終わりをもたらす災悪だ』っていうもの」

 後者の考えに、思わずごくりと唾を飲む。と、そこでここに来るまでのことを思い出す。

「なら、あの足音は……」

「『異端狩り』。後者の考えの魔術組織、魔術協会の追手で間違いないと思う」

 彼女の焦った表情を思い出す。

 しかしやはりまだ信じられない。

「……君たちは何で僕を?」

「私たちは前者の考えだからよ。地震が来るって分かっても、地震速報が悪いわけではないでしょ? だからなんの罪もない人の命を奪うのはおかしいってことで私たちは行動を起こしたの」

 なるほど、と未だ第三者視点で納得する。まるで何かの物語の冒頭を聞いているような感覚だ。

 まるで反転してしまったコインだ。

 コインの表からいきなり裏に立たされたような……いや、実際そのなのだろう。自分たちが学校に行っていたあれが表、今のこれが裏。本来見えないはずの場所に自分は来てしまったのだ。

 昼間の学校が日常ならここは非日常という表現が最もしっくりくる。

「僕は……これからどうなるの?」

 未だ信じきれないが、これが夢だとも思えない。いったい自分はこの先どうなってしまうのか。根本的なところが知りたい。

 その質問に柳木は短く息を吐き、

「ブレーメンの音楽隊に入りなさい押野見賢! そうすればあなたの身柄は私たちが保証するわ!」


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