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母と姉妹

 あるところに、それはそれは奇妙な一族がいました。

 その一族は代々に渡って『蜘蛛』の力を宿していた異能者の家系でした。

 ある時、当主が二人の子を身ごもってしまいました。二卵性の双子でした。この家では代々当主は女と決まっているのです。そして生まれたその子たちも女の子でした。

 一族は困りました。どちらを当主にしたものか、と。



 そう語りながら(ゆい)は中庭の方に歩いていく。

「懐かしいですね。ここで良く二人で遊んだのを思い出します」

「……ああ。そうだな」

 彼女は鬱蒼とした中庭に出ると中央でくるりとターンする。その姿は誰もいない舞台で女優の真似をしている子供のように無邪気だ。(あみ)はそれを縁側から見下ろす。その目は妹を見るようなものではなく、酷く冷たく警戒している。しかし同時にどこか戸惑いの色も内包していた。

 それを見た結は不満そうに頬を膨らませる。

「もう、編姉さんどうしたんです? せっかくの我が家なのに」

「……」

 編は何も答えない。我が家、と彼女は言うが、網にとってこの場所はもはや楽しい思い出の場所ではない。生々しい記憶を呼び起こす、不愉快な場所でしかないのだ。

 その刺すような視線に結は悲しそうに目を伏せる。

「……まだ。恨んでるんですね」

 そして小さく一息吐くと、天を仰ぐ。その仕草はやっぱり演技じみていて、彼女はさも劇をしているかの如く、語りを始める。さっきの続きを語り始める。



 皆は悩んでいました。どうやって当主を決めようかと。

 しかし幼い女の子はそんなこと知る由もありません。何も知らないまま、無垢なまま母からいっぱいに愛情を注がれて育ったのです。母はずっと一緒に居てくれました。

 起きるときも、

 寝るときも、

 ご飯を食べるときも、

 お風呂に入るときも、ずっと一緒でした。

 ……しかしある日の朝、起きると母は女の子たちの前にはいませんでした。

 女の子たちは拙い言葉で「おかあさんは?」と聞きます。が、皆口をそろえた様に「分からない」と言います。そして「それよりも今日は大事な日」と言うのです。その日は私たちの二歳の誕生日。一族で定められた『離乳食離れの日』でした。

 次の日から母は戻ってきました。でも何だか顔色が悪いような気がします。でも子供たちは母が戻ってきたことを喜びました。これからまたあの幸せな日々が来るのだと、そう思っていました。でも子供達には不思議に思っていることがありました。どうしておかあさんは立たないのだろうか、と。

 しかしまだ幼い子供たちはそんなに気にはしませんでした。そうしてその後も母は度々休むようになり、そしてついにぱったりと部屋から出て来なくなってしまったのです。

 そしてその女の子たちもその部屋へ入ることを固く禁じられてしまったのです。

 しかし女の子たちはどうしてもその部屋に入りたかったのです。どうしても母が愛おしかったのです。

 そして彼女らはとうとうその部屋に入ってしまったのです。

 禁を犯してしまったのです。

 そこに居たのは……











 四肢をがれ、それでも生き永らえさせられている、無残な母の姿でした。











「蜘蛛には子蜘蛛が母蜘蛛を食べる種類がいるけど、まさにそう。これでより力が増し、当主に相応しくなるって考えだったみたい」

「ああ、知ってる」

 そう。思い出すだけでも吐き気がする。私たち……いや、だけに限らず紗糸の直系は『離乳食離れの日』から毎日晩飯には肉料理を食すようになる。

 私たちは知らないうちに自分の母親を食べていたってことだ。

 歩けなかったのは始めに足からとっていくから。そうすれば逃げられなくなる。

 私たちが見た時にはもう、子供に遊ばれて足が散り散りになってしまった女郎蜘蛛のようだった。生きているのか死んでいるのか、パッと見では判断できないくらいだった。

 当然そんな姿で長く生きられるわけもなかった。

 本当に気が狂いそうだった。

 喰ったという事実を知った時、私は一日中食べ物を戻し続けた。胃に物が無くなっても戻し続け、ついには胃液すら枯れて、何もでなくなった。そこから普通にご飯を食べて、肉を食べられるようになるまでにどれだけ、何年かかったか。

「そして……」

 その悲惨な母の姿を見て、結は、

「……お前が皆殺しにした」

「そう」

 結は特に悪びれるわけでもなく、むしろ清々しいといった様子で笑う。

 それに編は顔をしかめる。

 母を見て直後のことだ。気づいた何人かが部屋の中に入ってきたのだ。それを見た瞬間結は飛び出し、入ってきた人たちを殺し、部屋を出て皆殺しにした。私はその間、泣くことしかできなかったのだ。

「編姉さん」

 結は中庭の石の上をヒラヒラとスキップしながら編の前まで来ると、その顔を覗き込み、

「『狼』を渡してください」

「……」

「そして私と一緒に『魔術結社』に入りましょう」

「……」

 なんとなくそう言ってくる気はしていた。結が魔術結社に入ったのも柳木からの情報と合わせて容易に想像できた。

「……お前はどうやって魔術結社に入ったんだ?」

「特に変わった話はありません。追い出されて路頭に迷っていたときに出会ったんです」

 彼女は皆殺しにしてすぐに、分家の者たちによって追い出されてしまう。一銭も与えられず、かろうじて服だけ着たまま門の外に蹴りだされる光景を覚えている。

 その後当主になった私はすぐに分家を解体し、この家も手放した。

 そして結と同じく路頭に迷っていたところを柳木たちに拾われたのだ。

 運命とは、本当に皮肉なものだ。

 こうもきれいに互いが敵対する組織についているなんて。

「なんでお前はそこに居る?」

「私の帰る場所だからです。今の私が帰ることができる唯一の場所」

 それはさっきまでの演技じみたものとは違い、彼女はまっすぐに、意志の籠った目で編の目を見る。

「……嫌だというなら、力尽くでも」

「……」

 その目は本気だ。それはなんというか、編の中で少しだけ嬉しいという思いもあった。

 恨んでいるのか?

 それには、言葉が出てこなかった。自分の中でも結論が出ていないのだ。

 ずっと複雑なモヤモヤが残っている。確かに一族は母を殺した。しかもこれでもかというほど残忍な方法で。しかし、それを愁いている人たちもいたはずだ。全てが終わってから色々なことを思い出す。乳母の(ころも)さんは母の代わりに私たちの面倒を見てくれた。でもたまに目を逸らして、暗く口を引き結ぶ時があった。料理係の人たちも、ご飯を運んできて部屋を出ていくとき、時々申し訳なさそうにしていた。今思えばみんな、後ろめたい気持ちはあったのだ。

 それを皆殺してしまった。何も訊かず、問いただす暇も、弁解する暇も与えず、殺してしまったのだ。

 それが、紗糸編の中でずっと絡まっている。

「……」

 だから、強くなろうと思ったのだ。

 泣いているだけの自分ではなく。

 後悔なんてしないくらいに。

 強く。

 涙を流すだけじゃない。

 みんなを守れるくらいに強くなろうと決めたのだ。

 強く生きるのだと。

「……やっぱり私は、お前とはいけない」

 そして誓ったのだ。

 今度は、絶対に守ると。

 その拒絶の言葉は、はっきりと空気を振動させた。

 結はそれに一瞬、ショックを受けた様に目を見開いたが、次の瞬間には悲しい表情になっていて、

「……分かりました」

 刹那。

 背後の襖から何かが飛び出してくる。それは刀を振りかぶった男で、白目を剥いたままで襲い掛かってくる。どう見ても結が操っている人形だ。

「覚えてますか? 私、子供のころから操り人形が得意なんですよ?」

「ッ、見れば分かるよ!」

 編は腕を蜘蛛に帰ると懐に体当たりし、よろけた隙に蜘蛛の手で刀を叩き落とす。

 そしてキッと結を睨む。敵を睨み付ける。

 結はニヤリと邪まな薄ら笑いを浮かべると、

「一体だけじゃないですよ?」

 そう言ってバックステップで中庭の中央まで行くと、まるで演奏を始める指揮者の様に両手を大きく上にあげる。途端にすべての部屋から計五体の人形が出てくる。手には刀に鎌に角材に包丁に鉄パイプにと言った感じだ。

「安心してください。これは全部殺してありますし、各部屋にまだストックはたくさんあります」

 そう言う彼女はどこか楽し気だ。まるで本当に演奏でも始めるかのように。背後の月光に、彼女の立っている中庭という場所もあいまってか、その雰囲気はいよいよ舞台じみてきている。

 しかしそれよりも、編の目を引くものがあった。

 それらに彼女は唾を吐き捨てて、不快極まりないといった顔をする。

「お前、もしかしてそれ全部……」

「やっぱり覚えてたんですね。流石編姉さん」

 そう、彼女の操っている死体は全て、

「さあ踊りなさい、ウジ虫の分家の皆さん。宴の始りよ!」

 突撃してくる人形に編は舌打ちをし、突撃する。

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