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蜘蛛

 摩天楼、というのだろうか。

 ほかより高いビル。その屋上に少女『柳木萌』は向かっていた。

 ビルの中に人影はない。多少年季が入っているように見えるが、それでも廃ビルというわけではない。平日のこの時間帯なら、まだ夜勤等で働いている人がいるはずだ。しかし、ここに入って上ってくる最中に人の気配はなかった。

 考えられる可能性は二つ。

 一つは人払い。

 もう一つは殲滅。

 後者でないことを軽く祈りながら、柳木は目の前の暗い階段を上っていく。

 昼のあれから何度か人形に遭遇し、その糸を追ってここにたどり着いた。

 電気もつけない階段。途中にある非常口のランプと消火栓のランプが何とも十八番な雰囲気を醸し出している。もっとも、今から行くところに居るのはそんな悪霊みたいな(やさしい)相手ではないだろうが。

 カツン、――――――

 カツン、――――――

 やがて屋上へ出るための扉が見えてくる。柳木は静かに折り畳み式のナイフを取り出す。

 そしてそのナイフよりも鋭い目をして、ノブに手をかける。

 ガチャリ、――――――

 鍵は開いている。

 柳木は扉を開け、敵影を確認する。

 が、確認するまでもなかった。

「……」

 扉を開けたその先、彼女の直線上に背中が見えた。

 少女だ。

 黒く短い髪の自分と同じくらい、いや、少し歳下だろうか。短いスカートにカッターシャツと、どこかの学校の制服。

「こんばんは山羊さん」

 少女は振り返る。白く、透けるような肌が夜闇にぼんやりと浮かび上がる。

 その表情はどこか楽し気で……どこか、見覚えがあった。

 柳木は屋上に出るとその少女に向って歩いていく。

 その手にはギラリと光る鉄の銀色。それは夜に溶けるように浮かび上がる少女の肌とは対照的に、ギラリと闇を切り裂く存在感を孕んでいる。

 柳木は何も言わず、ただ処分の対象を睨み付け、じりじりと近づいていく。

 それに少女は余裕の笑みを崩さない。


 一歩、―――

 二歩、―――――

 三歩、―――――――……


 やがて互いに手の届く位置にまで到達する。

 柳木が手を伸ばすだけで刃は深々と少女の肉体に埋まる、そんな距離だ。

 しかし柳木はすぐには動かず、黙して敵を見据える。

 そんな何も言わない彼女に、少女はクスリと笑いを零す。

「あなた、何も聞かないの?」

「意味がないからね」

 次の瞬間、彼女は躊躇いなくナイフを振った。

 鉄の刃は滑らかに少女の首をとらえ、頸動脈から食堂にかけて滑り込む。

 だが、そこで柳木は違和感を覚えた。

「チッ!」

「残念残念」

 刃が潜り込んだ瞬間、少女の体がバラバラと崩れ落ちる。

 その一個、いや、一匹が柳木の腕の上に乗る。

 蜘蛛だ。

『アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!』

 数百、数千匹の蜘蛛が一斉に笑い出す。

 柳木は腕を振って蜘蛛を振り落とすと、地面に群がる黒い粒を踏み潰す。が、それを蜘蛛たちはひらり嘲るようにとかわす。

『無理だよ。あなたじゃ私は殺せない』

「……」

 蜘蛛の魔術師。

 しかしこんな自分の体の原型をなくすような魔術を使ってくるとは。

 魔術は基本自己催眠によって発動する。変身するだけでも難しいというのに、彼女は自分を蜘蛛に変えて分裂してしまった。並の技術、精神ではできない。

(思った以上に手強い相手ね……)

 少女の挑発には乗らず、冷静に思考を巡らせる彼女。

 と、そこでポケット内のスマホが震えた。

 しかし現在敵の眼前だ。とても出られるような状態ではない。

 が、

「どうぞ。電話でしょ?」

 そこで少女は元の姿に戻り、電話に出るように勧めてきた。

 強者の余裕という奴だろうか。

 だが、殺意は感じられない。

 周りに敵の気配も感じられない。

「……」

 柳木は警戒しながらスマホを取り出す。

 画面には『押野見 賢』と出ていた。

「……」

 通話を押すと、なにやら走っているような足音が聞こえ、上がった息も混じっている。

『魔術師、じゃなくて、魔術師の人形が出た! 紗糸一人じゃ無理があるから」

「……分かったわ」

 そこで彼女は一方的に電話を切る。状況はつかめたからそれ以上は必要ないだろう。

 柳木はスマホを戻しながら目の前の少女を睨み付ける。状況が分かっているのか、少女はやはり余裕の笑みを浮かべている。

「お互い、ほかにやることができたみたいね」

「……」

 柳木はその少女の顔面に向って、ナイフを投げる。それをやはり少女は蜘蛛になってかわし、今度は屋上の出口の方に退却していく。

 それを彼女が追うことはなかった。少女の言う通り、今の彼女では殺すことは不可能だと理解しているからだ。

『繭咲市の西の廃ビル。そこであなたたちを待ってるわ』

 そう言い残して、彼女は忍び笑いとともに闇夜に消えていった。

 辺りは、再び静寂に包まれた。

「……蜘蛛、ね」

 彼女は小さくそう呟いて、ため息を吐いた。

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