公園で
「……」
糸が一本切れた。 どうやらやられたらしい。
思っていたよりは強いかな。ほんの少しだけだが。
彼女の座っている椅子以外、家具が何もない、ライトすらもない真っ暗な部屋。
彼女は表情を崩さない。
否。
もとから崩す表情など持っていない。
彼女の顔には余裕も焦りも、手駒を壊されたことへの怒りや悲しみもない。
人形に、表情などないのだから。
・・・
「ううう……」
「いつまで落ち込んでんだよ」
夕方。
押野見と紗糸は近くの公園に居た。
敵は洗脳の魔術を使う。さっきの規模からしてもうこの町のほとんどが乗っ取られているかもしれない。
よって自宅やアジトに帰るのは場所を知らせることになる。
ということで、二人はこの公園に居るのだ。
紗糸は護衛に残り、柳木は「どうにかしてアジトに戻って対策を講じる」と言って行ってしまった。
押野見はベンチに腰掛け、深くため息を吐く。
自分の無力を改めて思い知った。
敵を前にして怯えるしかできなかった自分。
「……守る」
簡単に口にしてしまったその言葉の重み。
それを初めて理解したような気がした。
自分は一つ、命の危機を乗り切った。
それが少しではあるが自信になっていたのだ。
しかし、それが自惚れに過ぎないことを、今日痛感させられた。
……ショックは思ったよりも大きなものだった。
真っ赤に焼ける黄昏時。徐々に落ちてくる陰鬱な影。
「一回の失敗で諦めるのか?」
その声は唐突だったため、押野見は少し驚き、紗糸の方を見る。
彼女はその挙げた顔を見て、面倒そうに息を吐き、
「ま、そう簡単にできることじゃないってことだな」
そう言って腕を組む。
「命のやり取りしてるわけだし、いきなりこっちに来たお前の戦闘力には誰も期待してねえよ」
「……」
その飾り気のない言葉は容赦なく彼の心を抉る。
いや、分かっていた。一般人の自分には何もできないことくらいわかっていた。
周りは異能者ばかりで皆人間離れした能力を持っている。
そう、僕はあくまで保護対象……出しゃばったことだったんだ……
「いや、その……悪い。言い方がきつかったな……」
押野見の落ち込み具合を見て、紗糸は少し反省する。
そして「ん~……」と頭を悩ませ、押野見の横に座る。
「……あいつと、柳木と一緒にいて分かったと思うが、あいつの攻撃手段は武器だ」
唐突にそう切り出す彼女。
確かに柳木は戦闘の時、銃やナイフと武器を使っている。さっきの戦闘でもそうだ。
「私とか体を変えれる奴らはそれを武器にする。が、山羊はあまり戦闘向きじゃなくて、あいつは武器を使ってるんだけど……」
そこまで言って彼女は少し言葉を詰まらせる。
表情は少し暗くなり、小さな間を置いた後、言いにくそうに再び口を開いた。
「私たちの手足は動物のものだ。これらは行ってしまえば『生活』のために生まれてきた。が、武器は違う。あれは『傷つける』ために生まれてきたんだ」
紗糸は地面を指さす。その先にはハエがおり、彼女はそこに向って指先から蜘蛛の糸を飛ばす。それは見事にハエをとらえ、彼女は糸を引いてそれを掌の上に乗せる。
「生きるための『狩り』と『殺害』は違う。『人を呪わば穴二つ』。『殺し』は相手を殺すとき、自分も殺している。結局故意に命を奪うことは等しく『呪い』なんだと思う。ってあいつは言ってたな」
「呪い……」
「っと、しまったな……着地地点を見失った……」
ん~、と彼女はまた頭を、今度はさっきより少し長い時間抱え、
「まあつまり、お前の欲してる強さっていうのはそんなんじゃないだろ? 平々凡々な生活を無理に捨てなくてもいいんだよ! 分かったか!」
「は、はい!」
いきなり指さされ、ピンと背筋が伸びる。
それに彼女は「よし」と頷くと、ふぅ、と一息吐く。
「あぁ~……どうにもこういう話は苦手だ……口下手になる」
失敗したなぁ、と彼女は頭を掻く。それに押野見は「そんなことないよ!」と少し慌て気味で首を横に振り、
「励まそうとしてくれたんでしょ?」
「……まあ、な」
彼の言葉に紗糸は少し頬を赤らめ、
「私は情に厚いからな!」 と、少しおどけてみせる。
それに押野見は嬉しそうに、
「うん。ありがとう」
とバカ正直に返してくる。
それに紗糸は「う……」とまた顔を赤らめ一瞬固まり、
「お前、面白くないな……」
はぁ、とため息を吐く。
彼女が落胆しているように見えた押野見は、
「え!? ご、ごめん!」
予想外のことに慌てて謝罪するが、紗糸は「いや、今のは……」と言葉を濁し、「やっぱりいい……」とまたため息を吐く。
と、ぐうぅ……とどこからか虫のうなり声が聞こえてきた。それに場の空気は一瞬固まり、
「本当に今日はツいてない……」
紗糸は額に手を当てて嘆きを零す。
時刻はやわら6時を迎えようかというところ。
押野見はなんと返していいか分からず、とりあえずぎこちない、微妙な笑顔を浮かべる。
「とりあえず、コンビニでも行く?」
それに紗糸は「しゃあない」と立ち上がり、拳を出す。
そしてニヤリと笑い、
「負けた方のおごりな」