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人形使い

 学校。

 散々言い争った結果、行っても良いということになった。

「う~ん!」

 朝礼前、外はまだ暑苦しいが、教室はクーラーが効いて涼しい。

 押野見は自分の席に座って伸びをする。

 そしてこの騒がしさに耳を傾ける。

 以前は何とも思わなかったが、今はどこか懐かしく感じる。

「何そんなセンチメンタルな顔になってるの?」

「いや、なんか日常が懐かしいなぁと思って」

 教室を眺めていた彼の前に柳木が立ち、ため息を吐く。やはり彼女は同伴らしい。

 ホントにアジトの時とテンションが違う。

 キーンコーンカーンコーン……

「……チャイム鳴り終わっ」

「セーフ……ティーロック!?」

「いや、鍵をかけただけだが?」

 なぬっ! とガチャガチャと扉を開けようとする斎藤春来さいとうはるき

 それを七釜戸奈南ななかまどななは無視して朝礼に入る。

「今日の連絡事項はなし、あ、放課後に委員会があったな。ちゃんと出席るように。以上だ」

「ならば技能鍵開けで……よっしゃ!」

 カチャ、と音がして扉のロックが解除される。

「おはようございまース○ブラッ!!」

「技能『投擲』だ」

 彼女の投げたチョークが額に命中し、斎藤は某人気ゲームの名前のような声を上げる。

 そして額を抑え、「おおぅ……」と蹲る。

「ま、まさか先生がそっちの知識を持っているとは……あなどっていた」

 そして片手で額を抑えて先生を見て、まるでバトル漫画でのライバル戦のような雰囲気を出してニヤリと笑う。

 それに七釜戸はため息を吐き、

「とりあえず一限目の準備をしろ」

「だが断る」

「お前帰れよ!」

 ノリ気じゃない七釜戸に対し、もう斎藤はノリノリで止まらないレベルまで来ているようだ。

 彼女はため息を吐くと、「しゃあない」とチョークを構え、

「関係ない奴は時計見て動けよ」

 と言われ、全員が時間を思い出して時計を見る。

 8時58分

 一同。

『あと2分じゃねえか!!』



 昼休み。

「あいつは学校に何をしに来てるのか……」 

 美月美陽みつきみよは買ってきたパックの野菜ジュースを飲みながらため息を吐く。

 それに押野見は「人それぞれだと思うよ」と笑い返す。が、その笑いは少しぎこちない。

 そう答えている間も、押野見は別のことを考えていた。

 この少し前。

 柳木に一緒に食事はどうだと誘ったのだ。

 押野見としては彼女に自分の友達を知ってほしかったし、一緒にご飯も食べたいと思っていた。

 が、柳木はそれを聞くと「パスするわ。食事は一人の方がいいの」と教室を出て行ってしまったのだ。

 それを彼は心配そうに見送った。

 交友関係はうまくいっているようだが、食事の時は彼女はいつも一人なのだ。

 いや、交友関係もうまくいっているように見えるのだが、何だか周りと壁を作っているような、そんな感じがする。

「大丈夫かな……」

「ん? 斎藤のこと?」

「え? あ、ううん! なんでもないよ!」

 声に出した覚えがなかったが、自然と出ていたらしく、慌てて誤魔化す。

 それに美月は少しムッと不機嫌そうな顔になり、疑いの目を向けてくる。

 アハハハ……、と彼は笑って誤魔化すが、それで美月は引いてくれそうにない。

「……ねえ。今柳木さんのこと考えてたでしょ?」

「は、はいっ!?」

 女子の勘とはなんと鋭いものか。一瞬で自分の中身を見透かされたような気がした。

 が、押野見は首を横に振る。

 それに彼女はより不満そうな顔をし、

「とぼけてもむだよ? 顔に書いてあるんだから」

「か、書いてないよ!」

 と顔をごしごしと擦る。

「と、というかなんでここで柳木の話が出てくるの!?」

「柳木……ねぇ」

 はぁ、と美月はため息を吐く。そして、

「べーつにぃー」

 と彼女は頬杖を突いて窓の外を見る。

 そう言いながらも彼女の顔はひどく不満げに見える。

 ちょっと気まずい空気が流れ、言葉に困る。

 しばらく沈黙が続いたところで、とりあえず空気を換えなければと思い立ち、しゃべろうとしたとき、

「おお! 珍しく修羅場と化してやがるじゃん!」

 最大の換気扇が帰ってきた。

(ナイスタイミング斎藤!)

 心の中で歓喜で涙を流しながら、「おかえり斎藤」と言葉を投げる。

 彼は「おう!」と返事して席に座り、その瞬間に顔を歪める。どうやら美月に足を踏まれたようだ。

 それに押野見は苦笑いする。と、ふとこの光景が音楽隊と重なった。

 彼らは人外じみた特殊な力を持っている。が、やはり人なのだ。

 みんなとワイワイ騒いで楽しみたいはずなのだ。

(今度もう一回誘ってみよう……)

 そう思い、クスッと押野見はなんだか、自分でもよく分からないが安心して笑った。

 

 

 

      ・・・




 放課後。

 未だ白光に焼かれる街を押野見と柳木は歩いていた。

 二人は家路についている。いや、家路という表現は押野見のみに当てはまる。

「今日も泊まってくの?」

「……変態」

「あれは誤解だって! ていうか僕説明したよ!?」

 ふん、とそっぽを向く彼女。

 さすがにこんな明るいうちに蝙蝠こうもりは飛ばせないという理由でこの時間帯は彼女が付いてくることになっている。

 と、交差点の信号が赤になったところで、対岸に一人、見知った顔を見つける。

「ん? ねえ。あれって紗糸じゃなあ……?」

 と柳木に声をかけたところで彼女もこちらに気づいたらしく、信号が青になると走って渡ってくる。

 そしてその表情には彼女の焦燥浮かんでおり、

 柳木はそれから事態を大まかに予測し、

 押野見は嫌な予感を抱いた。

「二人とも、今すぐアジトに戻れ!」

 少し乱れた息を整えた後、彼女は言う。

「新たな魔術師が現れたんだ!」

「えっ!」

 押野見がその単語に驚いた瞬間、彼女たちは別のものに気が付く。

「チッ、ここもか!」

「ッ! 何これ?」

 その事態に押野見は一拍遅れて気が付く。

「な、なにこれ……」

 それが起こったのは紗糸が二人に接触した時だ。

 周りにいた人、人、人……

 散り散りに飛んでいた視線。

 そのすべてが一瞬でこちらに向く。

「ひっ―――――!」

 その見開き、睨むでも疑問を抱くでもない、ただ『見ている』無感情な視線に、押野見は思わず悲鳴を漏らす。

「くそが! ここもかよ!」

 紗糸はそう吐き捨て、腰を落とす。

「こいつら操られてんだ! 殺すなよ?」

「操ってる魔術師は?」

 そう柳木も懐からバタフライナイフを取り出し、刃を出さずに構える。

「こいつらを操ってるのは魔術師本人じゃねえ……」

「どういうこ」

 その言葉の途中で、相手が一斉に襲い掛かってくる。

 動きは遅いが数で押しつぶす気だろう。

 紗糸は手から糸を出すと人らの足元に付着させ、転倒させる。その転倒した人が邪魔になって、後ろがつまり、勝手に転んでいく。

 柳木は慣れた感じで相手の後頭部をナイフの柄で殴打し、気絶させる。

 押野見は……

「ぼ、僕は……」

 いったい何ができるだろう。

 そう思っていたところに一体、目の前にやってくる。

 振り上げられた腕、

「うわっ!」

 それに、思わず顔を腕で覆う。

 最も無謀な行動。頭の悪い行動だった。

 ……が、その腕は振り下ろされることはなかった。

 目の前でドサッ、と何かが倒れる音がした。

 恐る恐る目を開けると、

 柳木がその男を倒していた。

「あ……あり」

「……」

 礼を言おうとしたが、彼女は男が気絶したのを確認すると、すぐにほかの標的のところに行ってしまった。

 その状況に、彼は何も言葉を発することができなかった。

 自分の無力さを、悔やみ、嘆くのさえ一拍遅れた。

 それほどに……ショックだった。

「魔術師本人じゃないってどういうこと?」

 迫ってくる敵を倒しながら、彼女は紗糸に問う。

 それに彼女は辺りを見回し、

「頭の上から『糸』が伸びてるやつがいるはずだ! そいつがこいつらを操ってる『人形』だ!」

「糸……?」

「ワイヤーみたいな細い奴だ!」

 そう言われ、彼女も倒しながら辺りを探す。 

 そして、

「見つけた!」

 一本だけ、人の群れから天に向かうように伸びている糸。

 しかし同じところを見ている押野見には何も見えない。いや、どう目を凝らしても見えるようなものじゃない。

 柳木はバタフライナイフの刃を出すと、そこに向かって投擲する。

 それは見事に命中し、糸はプツリと切れる。

 ガランガランッ! と軽くて硬い音がなった。きっと人形が崩れた音だろう。

 そしてその瞬間、全員が動きを止め、一拍の後一斉に床に倒れる。

 ドサドサドサ、と倒れる音が連続し、あとには静寂が残る―――――――

 ふぅ、と二人は一息つくと、柳木は、

「誰にも刺さってなければいいんだけど……」

 少し心配そうな顔をしてナイフを拾いに行った。

「あーあ。これ後処理が面倒なんだよなぁ……」

 と紗糸はため息を吐き、自分の飛ばした糸をはがしに行く。

 残された押野見は、

「……」

 何も、できなかった。

 

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