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87]古着

 まだ暑かったが、そろそろ長袖ながそで服とか少し厚目の衣類を出しておかないとな…と糸織いとおりは思った。プラスチック製の行李こうりに収納しておいた衣類を糸織は面倒くさそうに一枚、そしまた一枚と取り出し始めた。そして何枚かを取り出したそのときだった。糸織はおやっ? 確かこれは…と思った。20年以上、着ていなかった長袖服だ…と思えた。しかもそれは以前から見つからなかったもので、とうとうあきらめていた代物しろものだったのだ。不思議なことに、その古着一枚だけで、あとは去年の秋から冬に袖を通したものばかりだった。

おかしいぞ…」

 糸織は独りごちた。そのときだった。

『いやですね、ご主人。私をお忘れでしたか?』

 どこからともなく、かすかな声がした。糸織はゾクッと寒けを覚えた。このアパートには自分以外いないのだから、声などするはずがないのである。それが聞こえたのだ。声は続いた。

『お忘れのようでしたから、私の方から出て参りました。私も着て欲しいですからね』

 理屈は合っていた。

「いや、僕もさがしてたんだよ。どこにいたの?」

 糸織は、いつのにか違和感なく古着と話していた。

『困った人ですねぇ~。クローゼットの片隅かたすみで私だけ取り残されていたんですよ』

 糸織はクローゼットの中も、くまなく探したつもりだった。

「そんなとこに? あの中も探したんだけどねぇ~」

 妙なことに、恐怖を感じず古着と話している自分が糸織は不思議に思えた。

『まあ、いいです。探してもらってたのなら、本望ほんもうです。もし、探していただけなかったのなら引退覚悟でした』

「ははは…なんか、お相撲すもうみたいだな」

 二人は笑い合った。ただ、糸織の顔は笑っていたが、古着は当然、笑い声だけで、手にした糸織にバイブの振動を小刻こきざみに与えるだけだった。

「いい振動だ。ずっと笑っていてくれないか?」

 糸織がそう言ったとき、古着は糸織の首筋にまかれていた。

『嫌だな…着てくださいよ』

 古着は苦笑したあと、笑いを止めた。とうぜん、心地よい首筋の振動も止まった。糸織は、しまった! と正直な自分をやんだ。そうは問屋が古着をおろさなかった。


                  完

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