80]往復(おうふく)
残暑ぎみながら、そろそろ心地よい冷気も漂い始めた月終わりのある日、定年退職した裾川は軽く旅でもするか…と、ひょっこりと家を出た。といっても、これという目的地がある訳でもなく、まあ適当にと、場当たり的にホームに入っていた電車に飛び乗った。ただ、電車で行こうと思ったのには少し理由がある。
電車は快速にひた走り、秋初めの風景が夏の終わりと入り混じり、車窓に流れた。山海電鉄の呼びものは、なんといっても新しく並島駅長に就任したうさぎのオウサだ。並島駅は男女雇用機会均等法を動物版として地でいく謳い文句で、マスコミだけではなく政財界からも注目されていた。女性駅長オウサのお蔭で山海電鉄の株は急上昇し、まあ、持っていようか…気分で少し買った株主の裾川に株主特権で貰った気分ホクホクの招待券が手に入った。裾川は当然、帰りもこの電車で帰る腹づもりでいた。要は、往復である。それも場当たり的で、貰った招待券に往復切符が付いていた・・という、ただそれだけの理由だ。
人気がある並島駅はさすがに込んでいたが、裾川もオウサ見たさの興味本位で途中下車した。区間内ならどの駅でも、さらに何回でも乗り降り自由のサービス付きで、けちな裾川を喜ばせていた。
裾川が混雑する人を掻き分け並島駅を出るとオウサ駅長が駅前の一段高い特等席でチョコンと座っていた。いい迷惑だわ…気分が不思議なことにヒシヒシと裾川に伝わった。いや、今日の俺は少し怪かしい…と裾川が思っていると、ひょんなことにオウサとばったり目があった。
『わあ、いい男ね。こちらへどうぞ…』
そんな気分でオウサに呼ばれているようで、裾川はまた人を掻き分け特等席へ一歩一歩近づいていった。
『なんだ…今日だけ? 私のお世話しない? ここで…』
「ええっ!?」
裾川は思わず叫んでいた。オウサを見ていた周囲の人々が一斉に裾川を見た。そんなことで・・でもないが、裾川は今、並島駅まで往復して並島駅に通う掃除兼雑用係だ。オウサと会話しているかどうかまで、私には分からない。
完




