79]まだまだ…
今年で80になる仙道虎助は持久力のある男で、まだまだ衰えるということを知らない独居老人だ。猛暑のさ中、虎助は庭に出て、裸でドラム缶に入れた水の中に浸かるのである。頭はサト芋の葉を数枚重ね、頭に乗せる・・といった具合だ。もちろん暑さ対策だ。別に始末しよう…とかのケチ意識は虎助にはなく、ごく当然と考える人間離れした感覚の持ち主だった。そういう虎助を人はある種、変人扱いしていた。猛暑により、しばらくするとドラム缶の中の水は湯へと変化する。風呂に入ってる勘定で、虎助としては一石二鳥だった。熱くなり過ぎれば水で適温にすればいいだけのことである。石鹸はただで農家からもらった糠を代用していた。ここまで話せば、ただの風変わりなじいさん話だが、怖いことに虎助は…。まあこれは、おいおい話せば分かってもらえるだろう。
猛暑の夕暮れどき、夕飯を早めに終えた虎助は家を出た。向かうのは、閉店の時間となりシャッターを下ろしたスーバーである。
「おかしい人だよ、あの人は…」
買物を終えて出た人が、そんな虎助に気づき、振り向きざまに呟いた。この買物客が出たあとスーパーはシャッターを下ろしたのだから、変といえば変なのだ。閉じられた店にいったい何の用がある? ということだ。答えは簡単だった。虎助は夜っぴいて待っていたのである。なにを? それは、誰にも開店を、と思えた。だが…。
「もし、おじいさん。ここで何してるの?」
深夜、交番の巡査が不審に思い、新聞紙の上に腰を下ろした虎助にそう訊ねたことがある。
「開店を待っておるんです…」
「朝まで店、開かないよ。夕方見かけたけど、あれからもう5時間は経ってますよ」
「まだまだ…」
「まだまだ…って。お身体、大丈夫ですか? こんなところで…。出直された方が…」
「いえ、まだまだ…。私は待ちます」
「そうお? 無理しないでね…」
虎助の頑固さに根負けし、巡査はスゴスゴと引き下がって去った。
そして今日も、その虎助が閉じられた店前で深夜、待っていた。
虎助が、まだまだ…と夜っぴいて待つ理由、それは二年前、先だたれたばあさんに逢うためだった。虎助がまだまだ…と待ち続けたのは、ただの老人性痴ほう症だったのか? あるいは、本当に先立たれたばあさんに逢うためだったのか? それについては、本人から聞いた話なのだが、まだまだ…いや、未だに分からない謎だ。
完




