75]犯人は逃げてるっ!
その男は、ついに捕まった。だがその男は、がんとして口を割らなかった。
「いい加減に吐いたらどうだ…楽になるぞ」
刑事の皆川は搦め手から自供させようとしていた。
「簡単なことだ。そうです、でいいんだ。よし! 吐けば、今日はうな重を奢ってやる」
「うな重は有り難いんですがね、旦那。やったのはおいらじゃないんですよ」
「馬鹿言え! うなぎ好きのお前が一匹、手につかんで逃げていくところを店の主人が見てんだっ!」
「はい、確かにおいらは一匹のうなぎを手にして走りました。でも、盗んだのはおいらじゃありません!」
「なら、だれが盗ったって言うんだっ!!」
「それを言え! というんですか?」
「当たり前だっ!!」
「だったら言いましょう。それは私に憑依した自縛霊の仕業です」
「馬鹿を言うんじゃないっ! そんな、まやかしが警察で通用するとでも思ってるのかっ!!」
皆川は激怒して机を片方の拳で叩いた。
「通用するもなにも、本当のことです…。まあ今はもう、その犯人は逃げてるんですがね…」
「どういうことだ?」
「だって、おいらの身体から出ていきましたから…」
「皆川さん、こいつ、精神鑑定にかけた方がよかないですか?」
もう一人の若い取り調べ刑事、山崎が小声で言った。
「そうだな…」
「信じてください! おいらはその犯人を見たんだっ!!」
大声に驚き、取調室の前で待機していた警官が慌てて入ってきた。
「連れて行ってください」
皆川は警官に小声で指示した。
「本当だっ! おいらじゃないっ! 犯人は逃げてるっ! おいらは、うなぎを手でつかんで逃げたりなんかしないっ!」
男は喚きながら警官に連れていかれた。
「そうかも知れませんね…」
山崎が意味深に言った。
「だな。警察の手にはおえんかっ、ははは…」
皆川は大声で笑ったあと、すぐ真顔に戻った。沈黙が続き、取調室の空気が冷え込んだ。
完




