74]神の遣(つか)い
世の中には、いろいろな人がいる。この男、牧山正一は炎天下の夏の一日、街の公園の一角で地面に額づき神の儀式と称してお祈りをしていた。牧山の格好といえば、真夏のことでもあり、白い着物風の衣一枚だった。牧山が額づく地面の上には、霊験が有りそうな水晶玉が紫色の豪華な小座布団の上に置かれている。牧山はその玉に向かって額づいていた。ある種の神威的な霊力を人々に信じさせようとする商売行為である。詐欺ではないものの、いわば人の信仰心を利用して金儲けをしようとする詐欺まがいの行為なのだ。もちろん、熱中症対策は万全で、木影の水場近くの涼しげなところを選定していた。牧山のお題目は、「私は神の遣いです。私を信じなさい…」である。公園を通る人々は、そんな牧山を、このクソ暑いのに…と、やや同情を込めた変人を見る目つきで眺め、足早に通り過ぎていった。昼前で、外気温が30℃を超えて茹だっていたということもある。そして日暮れとなった。夏場のことでもあり、時間はすでに7時を回っていた。そろそろ、やめよう…と牧山が地面から顔を離したそのときだった。
「あのう…もし」
一人のうらぶれた老人が立っていた。
「はい、なにか…」
驚いた牧山は、商売風の語り口調ではなく、普段の素で思わず返した。
「あなたは本当に神の遣いなのですか?」
「えっ? …いや、もちろん、私は神の遣いです」
牧山は慌てて商売口調に戻した。
「では、その証拠を私に見せてください」
老人は厳かに言った。
「そ、それは…」
牧山が口籠ったとき、老人は地面の小石を拾うと手の平へ静かに乗せた。
「神の遣いなら、これくらいはできるでしょう」
老人がそう言うと、不思議にも小石は手の平を離れてフワリと浮かび、宙に止まった。牧山はただ茫然と小石を見つめるだけだった。
「私が本物の神の遣いです」
「わ、私も神の遣いです!」
そう返したとき、牧山は急に目の前が暗くなった。
気づくと牧山は病室のベッドへ横たわっていた。どうも熱中症にやられたようだった。俺としたことが…と牧山はしまったと思った。近くには妻の澪がいた。
「寝ごと言ってたわよ。あなたは、間違いなくただの人です…」
澪にそう言われ、夢だったか…と、牧山は思った。
「近くにいたお年寄り、知ってる人? お礼を言わなくちゃ。知らせてくださったの…」
牧山は怖くなり、目を閉じた。
「あの方、元マジシャンなんだって」
牧山は目を開けた。
「元マジシャンと言っておいてくださいって言ってたけど、あの人?」
ナースセンターに向かった澪が通路で独りごとを呟いた。
完




