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72]裏目

 暑気が消えてきた朝、湯浅は庭の剪定せんていでもするか…と思い、はさみを手にすると庭へ出た。そのとき、今まで降っていなかった空から雨粒あまつぶがポタッ、ポタポタ…と落ちてきた。湯浅は思わず空を見上げた。すると、ザザーっと雨が降り出し、あわてて湯浅は家の中へ駆け込んだ。まあ、こういう裏目に出ることもあるさ…と、湯浅は考えるでもなく庭の剪定を断念した。さて、そうなると時間の余裕が生まれる。このまま何もしないのも…と湯浅は、次に何かをしようかと考えた。そして、ああ! と、浴室が汚れていたことを思い出し、浴室へ向かった。

 湯浅が浴室へ入ろうとしたときだった。

「あら! お父さん、どうかしたの?」

 娘の知沙が偶然、通りかかり、怪訝けげんな顔つきで湯浅を見た。

「いや、汚れていたから、風呂掃除をしようと思ってな」

「あらっ! 少し前、お母さんがしてたわよ」

 湯浅は、なんだ、またか…と思った。今日、二度目の裏目だった。だが、この時点でも、湯浅はまだそんなに気にしていなかった。

 続いて起きた裏目は昼の食事どきである。湯浅は楽しみに残しておいたムツの味噌漬けの皿を出そうと冷蔵庫を開けた。だが、皿はなかった。湯浅は必死になって他の冷蔵品を出し、探し始めた。

「あら、あなた? どうかしたの?」

 妻の里美が奥の間から現れ、いぶかしげに湯浅を見た。

「ムツの味噌焼きは?」

「ああ…あれ? あれね、おばあちゃんが朝早く起きて、食べてたわよ」

「ええっ! かあさんがっ!」

 湯浅の心は急にえた。至福の楽しみに残しておいた、あの味噌焼きが…夢と消えたのである。裏目も三度続けばもう…と湯浅は思った。だが、その考えは甘かった。

 そろそろ夕暮れが近づいてきた頃、ひと風呂 びたあと、冷酒を…とまた、冷蔵庫を開けた。酒が切れていた。すずみがてら買いに行くか…と外へ出た途端、ムッ! とする暑気が湯浅を包み込んだ。四度目の裏目にクソッ! と湯浅は少し切れていた。湯浅は車に飛び乗り、エンジンをかけた。バッテリーが上がっていた。五度目の裏目だった。こうなりゃ、なにがなんでも買ってやるっ! と湯浅は意固地になり、ムッとする暑気の中を店へと歩いた。店は閉まっていた。六度目だった。汗だくになり、テンションを下げて帰宅した湯浅に追い打ちをしたのが断水だった。シャワ-でさっぱりしようとしたときだった。

「今、断水中! 水でないわよ。あなた、さっき入ったじゃないの」

 里美が容赦ようしゃなく湯浅に言った。

「ああ…」

 七度目の裏目は、さすがに湯浅にはこたえた。もう、いい…とこわさを感じながら湯浅が思った瞬間、蛇口から水が出た。裏目だったが、七転び八起きの吉転だった。


                   完

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