67]過ぎた日
人の気配が消えた砂浜を海山は裸足で歩いていた。半月ばかり前は人でごった返した海水浴場に秋が訪れようとしている。海山は潮騒の音に幾許かの寂寥を覚えた。ふと、昨日寄った海の家を見ると、店主の鳥居の姿はなかった。海山は、最近観た関ヶ原の戦いの時代劇ドラマを思い出し、ついに伏見城は落城したか…と思ったが、いやいやいや…休日かと思い直した。因みに伏見城の守将は鳥居元忠である。
こうはしていられない…と海山は、なぜか思えた。別に急ぎの用があった訳ではない。ただ、取って返さねば…と、さも徳川勢のように潜在意識が思わせたのだ。海山は砂浜に脱いでいたサンダルを履くと駐車場の車めざして駆けだした。
車が小さく見えたそのとき、海山の周りは暗闇に閉ざされ、次の瞬間、海山は鎧兜に身を包んでいた。傍には近従の武者が指示を待っている風だった。
「殿、いかがなされます?」
「そろそろ急がずばなるまいのう…」
海山はなんの違和感もなく時代言葉を使っていた。そのときである。一人の武者が走り込んで平伏し、海山に侍った。
「申し上げます。一昨日、岐阜城陥落の由。戦目付の本多忠勝殿より注進がござりました。先陣を承りしは、水の手合山道より池田輝政殿!」
「おおっ! 岐阜城が落ちたかっ! それは兆条!」
兆条ならよかったのだが、怖いことに海山は熱中症で魘され生死をさ迷い、過ぎた日の中にいた。もちろん、海山の意識が戻る直前、関ヶ原の戦いは徳川方が勝利した。小早川勢の解熱剤が勝敗、いや、生死を分けたのである。
完




