63]主張
朝から、天界はややこしいことになっていた。
『あんたねっ! いつまで居座るつもりなんです?』
『ははは…馬鹿を言っちゃいけない。だいたい今の時代、相場は9月中頃まで・・としたものだっ!』
えらい勢いで熱風をフゥ~~っと吐いたのは夏の太平洋高気圧である。
『なに言ってるんです。それじゃ、お彼岸になっちまうじゃないですかっ!』
秋の移動性高気圧も負けてはいない。次第に鼻息を荒くして心地よい風を、ソヨソヨ…と強めに吹かせた。ついに両者の主張の差で秋雨前線が発生し、関係に溝が出来てしまった。
『まあまあ、おふた方とも…。そう意固地にならないで、あの雲の下を歩いている人に決めていただく・・というのはどうでしょう?』
発生したばかりの秋雨前線が対峙する二つの高気圧に割って入った。
『どの人?』『どの人です?』
両者は同時に言葉を発した。
『あそこを歩いておられる方です…』
『ああ、風変わりなあの方…。まあ、いいですがね…』
『私も異存などないですよ』
二つの高気圧は了解しながら下界を見下ろした。下界の通りを偶然、歩いていたのは堀川である。堀川にすれば、まさか天界でそんな勝手な話が纏まっていようとは露ほども知らなかった。それは当然で、こんな話が成立すれば、地球科学を否定した怪談である。
「明日は雨だな…。それにしても、まだ暑い」
ブツブツ言いながら堀川は通りを歩いていた。いつもこの道路沿いにある神社へお参りして家へ帰るのが堀川の散歩コースになっていた。犬を連れず、山羊をつれて散歩するというのが堀川の少し変わった日課だった。それが天界の目に止まったのかも知れない。
『あの、すみません!』
俄かに天から声が降れば、誰もが驚くだろう。堀川も例外ではなかった。ギクリ! として、誰だっ! とばかりに空を見上げた。空は晴れ渡り、西空を覆い始めた前線の雲以外、なにも存在しない。堀川は空耳か…と思った。そして、立ち止った足をまた動かせ始めた。
『あの、すみません!』
ふたたび、天空から声がした。んっなっ! と、降る声を無視して堀川は歩き続けた。
『今が夏か秋か、決めてもらえませんかっ!?』
今度は少し大きめの声がした。
「どっちでもいいっ!!」
少し怒れた堀川は、空に向かって叫んでいた。辺りを歩く人とリードに繋がれた山羊が、怪訝な顔つきで堀川を見た。
完




