61]老いらくの恋
大崎は汗を拭きながら、この日も公園の木影にあるいつものベンチで待っていた。雨の日も風の日も、そして雪の日も大崎は待ち続けた。大崎がこのベンチで待っている理由・・それは! それは、この話を聞けば分かるだろう。
話は2年前に遡る。
その日も蝉しぐれが喧しい暑い昼前だった。女性と大崎は公園で偶然、ベンチに隣り合わせた。大崎にとってその女性は一面識もなかった。初め大崎は新しく近所に越してきた人か? と思った。それにしても妙だ。若い美人がこの日中、ベンチに座っている訳がない…と。どこか怪談めいていた。だが、女性は美人で若かった。老いた大崎は年甲斐もなくその女性に一目惚れをした。しばらく、沈黙が続いた。すると、その女性が大崎に声をかけてきた。その声は小声で弱く、大崎には不気味に聞こえた。
「あのう…」
「はい、なにか?」
「この辺りにピーマンの形をした財布は落ちてなかったでしょうか?」
「はあ?」
ピーマンの形をした財布? 大崎は唐突な女性の言葉に面喰らった。
「財布です…」
「さあ…。私も先ほど来たとこですから…。落ちていればお届けしましょう」
「そうですか…。どうも」
女性はそのままベンチを立つと歩き去った。
「しまった!」
大崎はその女性の連絡先を訊ねるのを忘れていた。すでに女性の姿はなく、時すでに遅かった。
翌日、ピーマンの形をした財布を大崎は拾った。財布は座っているベンチの下にあった。その日から大崎の公園で待つ日が始まった。財布を届けたい一心なのか、老いらくの恋で女性に会いたい一心なのか・・それは大崎本人に訊いてみないと、私にも分からない。
完




