59]針山(はりやま)
真夏である。こんな暑い昼に汗が絡んで破れたワイシャツの綻びを修理しようとしている俺っていったいなんなんだ…と自問自答しながら、弁護士の川林護は破れたワイシャツを針と糸で繕おうとしていた。家の外では相変わらず蝉しぐれがやかましかった。仕事で出張した結果が、このざまだ! 川林は縦に小さく裂けたワイシャツを見ながら愚痴ともつかぬ溜息を一つ吐いた。アレコレ思っていても埒が明かない…と針山に刺された何本かの針の一本を手にし、穴に糸を通そうとした。そのとき、信じられないような不自然な現象が起きた。針山が震えだしたのである。川林は地震か? と初めは思った。だが、和室の畳や棚、障子に異変はないし揺れてはいない。当然、川林も揺れを感じていなかった。それなのに針山はカタカタカタ…と揺れている。川林は少し怖くなった。こんな超常現象は現代科学では説明できないし、起きるはずもないのだ。それが現に川林の目の前で起きていた。針山の周囲は揺れていないか? と川林は確認した。針山を置いている長椅子に異変はない。針山だけが勝手に動いているのだ。有り得ない有り得ない…と、川林は目の前の映像を否定した。俺は疲れているんだ…と、糸の通った針を長椅子に置くと、川林は畳の上で大の字になり、目を瞑った。その後の記憶は川林にはない。
気づけば、まだ明るかったが夕方の6時過ぎになっていた。川林は畳上で眠っていた半身を起こした。針山の振動は止まっていた。こういうこともあるのか…と、川林は不可解な今日の出来事を思い返した。だが、こういうことはなかった。それが判明したのは夜の食事時である。
「どう? 俺の電磁誘導装置の磁力は?」
弟の大学生、光司が食べながら川林に訊ねた。なんのことだ? と川林は訝しく思った。そんな虚ろな顔の川林に光司が加えて言った。
「下、揺れてたろ? 針山」
「なんだ! また、お前かっ!」
訳が分かった川林は怒り口調で返した。時折り機械マニアの光司は、この手で川林を困らせていた。話は案外、科学的に解決した。
だが、針山が装置の力ではなく、自然に震えていたことを二人は知らない。その頃、先に食事を済ませ居間に座った父親の浩一は、チクリチクリと母親の美里に針のような嫌味で刺されていた。
完




