51]モツ鍋
へへへ…暑いときゃ、熱いものを食らうにかぎる。それが通ってもんだ…と、鯔背な浴衣の袖をたくし上げ、髭川はフゥフゥ~とモツ鍋を突いた。十分に煮えたモツは柔らかくなり絶妙の味加減になっている。そこへ冷えた生ビールである。これはもう、堪えられない至福の安らぎを髭川に与える以外の何物でもなかった。外は太陽が照りつける灼熱地獄の様相を呈していたが、髭川がリフォームで新たに設けた特別室は快適空間で、むしろ寒いくらいだった。だから、汗などほとんど出なかったのである。曇り除去の処理をした二重構造の大窓からは、茹だる外の様子が手に取るように見えている。それでいて髭川の籠る特別室は快適空間でモツ鍋がグツグツと煮えているといった具合だ。へへへ…暑い夏は、モツ鍋さ、とばかりに髭川はまた、ひと口、モツを口中へ放り込んだ。ほどよく酔いも回り、髭川は眠くなったので火を止め、室内ハンモックに身を沈めた。歯の残滓をシーハーシーハーとやっているうちに意識が薄れ、髭川は夢の人となった。ここまでは、よかった。だが室温設定をうっかり間違え、20℃が2℃になっていたことを髭川は知らない。
気づけば、髭川は凍てつく冬山にいた。ビバークしているテントの中のようだった。辺りすべてが白で閉ざされ、外は雪が舞っていた。身体が寒さで悴んだ。よく見れば、そんな逼迫した状況の中で、モツ鍋がホエーブスの火でグツグツと美味そうに煮えているではないか。どういう訳か食べよと言わんばかりにコッフェル、スプーン、フォークまであった。ならばと、髭川はフゥフゥ~とモツ鍋を突いた。そのとき雪崩の音がし、髭川は雪に流されていく感覚を覚えた。
目覚めれば、髭川はハンモックから落ちていた。室温は真冬並の2℃まで下がっている。二重窓の外は舞うはずがない雪が舞っていた。解けるはずがない浴衣の帯が解け、髭川の浴衣はハンモックに引っかかっている。ということは、髭川の状態は…ご想像にお任せする。
完




