41]雨の道
長い間、降らなかった雨が久しぶりに降り、乾ききった夏の大地は息を吹き返した。それは大自然に限ったことではなく、水不足に喘ぐ都会に住む人間達にもいえた。ただ、激雨だったからか、都心の下水道のあちこちで水が溢れ出し、マンホールの蓋が浮き上がった。アスファルトやコンクリートで塗り固められた都会では、もはや土が水を吸い込む余地はなく、雨の道は消滅しようとしていた。
そんなことがあった数日後である。給水車の運転手、三島はホッ! と安息の溜息を漏らした。ようやく、本来の仕事に戻れそうだったからだ。激雨があったとは思えないような日射しの夏が戻っていた。
三島がようやく仕事から解放され、疲れきった身体を引きずるように家路についた夕方のことである。暗い歩道を歩く三島の耳に、どこからともなく水が緩やかに流れる音が響いてきたのである。それも、どこか三島に語りかけるような音だった。
━ 私ら、いったいどうすればいいんでしょうね? ━
三島には、そう聞こえた。知るかっ! と、疲れもあったせいで怒れた三島だったが、黙って、流れの言い分を聞くことにした。
━ 人間は勝手ですよね。好きなだけ自然を壊して、やれ水害だ、なんなのと言ってます ━
「あんたは?」
━ 雨の道です… ━
「ふ~ん。まあ、それはそうだな…」
驚くこともなく、知らず知らず三島は流れる音に合いの手を入れていた。
━ 私ら、昔はいくらでも流れられたんですよ。今は消える場所もない… ━
「俺には、どうにもならん話だ」
━ 私らにだって、どうにもなりませんよ ━
「どうにもならん同士、黙って時代に流れていくしかないじゃないか」
━ そうですね。…お邪魔しました ━
流れる音は嘘のように消え、都心を走る車の喧騒が俄かに三島の耳を覆い始めた。そのとき、ふと三島は、妻の由紀子に頼まれた流し素麺用の素麺を買い忘れたことを思い出し、小走りに店へと駆けだした。
完




