39]蟋蟀(こおろぎ)夜曲
とある夜のことだった。演歌の大御所作曲家、村船通が廊下を歩いていると、♪♪♪♪♪…と、どこからか蟋蟀の鳴く音がした。もう秋か…と村船は一瞬、思った。だが待てよ、猛暑の今、妙だな…と思えたのは、その直後である。灼熱の太陽が輝く夏に蟋蟀は似合わないし、どうも怪しい。村船は辺りを見回した。だが、どこにも蟋蟀のいる気配はなかった。疲れて耳鳴りでもしたか…と村船は軽く考えることにし、ふたたび歩きだした。廊下を通り抜けた村船は曲作りをする専用の自室へと籠った。
自室へ籠った村船は、愛用のギターを爪弾きながら、何事もなかったように五線紙へペンを進めようとした。だが、思うメロディは浮かばず、ペン先を止めたそのときである。どこからか、♪♪♪♪♪…と鳴く蟋蟀の音がするではないか。村船は、はて? と、室内を見回した。しかし、先ほどと同様、どこにも蟋蟀の姿などなかった。訝しく思いながら、村船が視線を机上に戻したそのときだった。一匹の蟋蟀が、ジィ~っと止まった状態で五線紙の上にいた。不思議なこともあるものだ…と思いながら村船はその蟋蟀を見続けた。蟋蟀は時折り羽根を擦らして、♪♪♪♪♪…と鳴いていたが、しばらくすると突然、スゥ~っと姿を消した。村船は唖然とした。私は疲れて幻を見たんだ…と村船は眠ることにし、椅子を立とうとした。そのとき突然、今まで浮かばなかったメロディが、脳裡に浮かんだ。
「こ、これだ…」
椅子へ座った村船は、さっそくギターを爪弾きながら五線紙の上へペン先を走らせ、譜面を完成させていった。
その曲が発売され世に出ると、たちまち大ヒットした。それがあの有名な♪蟋蟀夜曲♪である。
完
※ ♪蟋蟀夜曲♪はピアノで曲作りされた・・という説もありますが、私はアレコレについては知りません。^^




