37]エレベーター
残業の仕事を終えた浜坂は、疲れ果てた身体を片手で揉み解しながら、法律事務所を出ようとドアを開けた。その途端、ムッ! と咽返るような熱気が浜坂を包んだ。まあ、事務所の冷房で身体は十分過ぎるほど冷やされていたから、すぐ汗が噴き出す・・という心配はなかったが、それでも気分がよいというものではなかった。外はすっかり暗くなっていた。社屋にはもう誰も残っていないようだった。
少し通路を歩き、浜坂はエレべーター前まで来た。八階から下へ降りるには、非常口を除き、ここに設置されたエレベーターと階段しかなかった。
エレベーター乗場の上にある現在位置表示ランプは2階で停止していた。浜坂は乗場ボタンを押した。ランプは上昇を始めた。まあ、しばらく待てば上がってくることは間違いなかったから、浜坂は落ちついて鞄に入れていた作成書類に目を通し始めた。そして、もうそろそろだろうと、ランプを見上げた。ランプは6階まできて停止していた。6階で誰かが乗ったんだろう…と浜坂は瞬間、思った。ところが、である。表示ランプは7階へは上がらず、下へ下りるではないか。そんな馬鹿なっ! と浜坂は目を疑った。システム上は8階まで上がってくるはずなのだ。それが下りている…。浜坂は少し腹立たしく思いながら乗場ボタンを乱雑に何度か押し続けた。すると、不思議なことにエレベーターはそれに呼応するかのように、ふたたび上ってくるではないか。そして、ランプはついに7階まできた。いよいよだ! と思うと、浜坂のイラついた気分は少し解れた。ところが、ランプはピタッ! と7階に停止したまま、また動かなくなった。浜坂はついに切れた。もう、いいっ! もう、いいっ! とばかりに、階段を下り始めた。階段を下り、浜坂が7階へ下りたとき、エレベーター乗り場が見えた。扉は左右に開いたまま停止していた。妙だなぁ…故障か? と首を捻りながら浜坂がエレベーターへ近づいたときである。どこからともなく、不気味な声がした。
『やはり、乗られますかぁ~』
「ギャア~~!」
浜坂は階段を慌てながら駆け下りていた。
「妙な人だなぁ~」
エレベーターから出てきたのは、点検中の保安業者だった。
完




